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第七十九話:崖上から覗く者

※数十話前に登場したハルバ君とイサラちゃんのお話。覚えている人いるかな……。

 鉱山都市長の名において"獣人征伐令"が布告されてから、鉱山都市ミンヒルズには傭兵団や冒険者といった戦を生業として生計を立てている者を始めに、日々の食い扶持を求めて都市の内外から多数の戦士や行商が集まった。これに鉱山都市の国境警備隊の大よそ半数である500名を加え、総数にして4000名にもなる獣人征伐軍が結成されたのである。


 そして、獣人征伐軍は獣人国へ最短経路で進む道である日喰谷へと続く山道に差し掛かっていた。


「健康な成人獣人一人の生け捕りで銀貨6枚から12枚、ガキは銅貨10枚、最高額で敵指揮官であるコボルトウォーロードの首をあげた奴には新帝国金貨20枚の懸賞金、ねぇ。白金一枚も手に入らねぇんじゃどうもやる気がでねぇ」


 隣に奴隷エルフを侍らせた紅いスケイルメイルが特徴の戦士は、御触令(おふれ)が記された羊皮紙を見ては、退屈そうに欠伸をしていた。


「ハルバ様っ、でも金貨が20枚もあったら、また美味しい物がいっぱい食べられますね」


「おいおいイサラ、それじゃあダメだな、全然ダメダメだ。俺様の美女ハーレム計画を成就させるには金貨20枚ぽっちでは全然足りんのだ!」


「は、ハーレムですか……。私が居るのに……」


 奴隷エルフのイサラはこれまで誠心誠意ハルバに尽くして来た。それこそ普段ずぼらで家事無能力者なハルバの世話したり、夜には人前には見せられないような恥ずかしい恰好で如何わしい行為に励んでいたりする位である。そして、これからも被所有物として求められた事は何でも尽くし続けるつもりだ。


 なのに、主人であるハルバとくれば別の女を買おうと躍起になるものだから、ついつい悲しみから愚痴が零れてしまうイサラであった。


「なんか言ったかイサラ」

「い、いえ」


「そんじゃ大将首だけとってこんな野郎ばっかのむさ苦しい場所とはさっさとおさらばするに限るぜ。おいイサラ、景気付けにこっちきて胸揉ませろ」


「やん、ハルバ様ったら」

 

 列から外れては公衆の面前で「ガハハッ」と乳繰り合ってる男女は非常に目立つ。むさ苦しい野郎と称された連中のうちの一人が、それを睨んでは舌打ちをした。


「ちっ帝国が凶悪な魔族と戦ってるって時期に、なんでこの辺境にあんな"場違い"がいんだよ」

 

 一人ではぐれワイバーンを討ち果たせる"飛竜狩り"と呼ばれる程の剣士にもなれば、金貨20枚の仕事は誰が見ても明らかに役不足である。しかし、実の所白金貨が支払われる程の大物が常日頃に人前に現れるわけでもないため、時と場所さえ近ければこうして格下の仕事に出向く行為自体は珍しい話でもない。


 ただの気持ちの問題である。


「飛竜狩り様は女横に侍らせていい気なこったな、背後からボウガンでも撃たれてくたばっちまいやがれや、クソが」


 ただし、戦果という限られたパイを奪い合う関係上、"格下狩り"は身の程を弁えた仕事をしている同業者から滅法嫌われる。それが女連れともなれば尚更である。


「おいバカやめとけって、もし飛竜狩りに聞こえでもしたら問答無用でぶっ殺されんぞ。なんせ奴からすりゃどこも治外法権で自由(フリーダム)なんだぞ」


 バルバのように、とりわけ高い実力を持っていても国家や一団にも所属せず、自分最優先で自由気ままに振る舞い続け、時には国家権力や法すらも力一つで踏み倒してしまう者がいる。そんな彼らを縛る鎖や法が存在しない事から、人は皮肉を込めて繋がれざる者(アンチェイン)、あるいは絶対的自由者(フリーダム)と呼ぶのである。


「ふん、ヤツより先にコボルトウォーロードを討ち取って吠え面をかかせてやれば済むだけの事、どの道蛮族如きに俺達"羅漢(ラカン)団"が遅れをとるワケがない。前に進むぞ!」


「ラカン団長……っ! 付いて行くぜ……っ!」


 数百名にもなる漢達の群れが歩幅を早めて日喰谷の入口の山道を進んで行ったが、飛竜狩りのハルバは気に留める様子も見せない。


「ハルバ様、あの人達、先に行っちゃいましたけど……大丈夫なんでしょうか?」


「んあ? おっさん団だか何だか知らんがピーピー騒ぐ事しか知らねぇ雑魚はほっとけ、第一急げばこの俺様にイサラが付いて来れないだろうがよ? 置いてったら置いてったで人攫いのクズ共が寄ってきやがるしな」


 獣人征伐軍は、軍と言ってもその実態は金目当ての烏合の衆でしかなく、個々の集団の目的も別々である。奴隷商は獣人奴隷を安く買い叩こうと行軍に参加し、行商は食糧や薬を高値で売りつけようと躍起になっている。挙句の果てには混乱のどさくさに紛れての人攫いや、山賊同然の輩が現れる事さえもある。


 むしろ、高い名声と高額な装備品を所持している飛竜狩りにとっては"流れ矢"の方が脅威である。一見奔放でやる気のなさそうな素振りを見せてはいるハルバではあるが、実のところ荷物持ちのイサラの周囲に対する警戒だけは怠ってはいない。


「ううっ、ハルバ様は私のせいで前に出れないんですね……」


「ま、そんなすぐに大将が最前線に出てくるわきゃねぇから気にすんな。あのおっさん団が適度にコボルト兵士を減らしてくれるなら面倒ごとが減ってヨシッ、身の程知らずの間抜け共が勝手に突撃して勝手に全滅すれば食い扶持が減って懸賞金もあがってなおヨシッってな」


 それからもハルバ達の横を剣呑とした雰囲気を放つ漢達が通り過ぎて行ったが、時折その列の中には捕虜と思わしき枷をはめられた獣人が殴る蹴るといった暴行を受けながら"道案内"をさせられている事もあった。


「ハルバ様……これからやっつけに行くのって、本当に悪い獣人(コボルト)さん、なんですよね? でも私、なんだか征伐軍の人達の方が、怖いです」


「イサラ、まどろっこしい事を一々考えても仕方ないぞ。俺様達は金を稼ぎに来た。それ以外の事はやるつもりはねぇ」


「でも、獣人さん達が可哀想です……」


 元亜人奴隷であるイサラからすれば、苛烈な亜人差別や虐待を受けている者には思う所があったのだ。


「イサラ、見返りもなしに人助けをやろうなんて奴は胡散臭い偽善者かキチガイしかいねぇ。当然俺様はそのどちらでもないが、美女の味方だ。つまり、俺様のハイパー♂グレート♂ソードが反応しないようなコボルトは運が悪かったわけだ」


 野郎は死すべき、慈悲はない。そのハルバの主義は非常にシンプルであった。しかし、イサラは無言の抗議として浮かない表情を見せるばかりである。


「ふん、行くぞ。()()

「……はい」


 その後ずっと不機嫌そうにしていたハルバだったが、道の左右が断崖で囲まれた峡谷に足を踏み入れてからは、急に表情がより一層険しくなったのである。


「ハルバ様? どうかなさいましたか? もしかして私、また何かやってしまいましたか?」


 そんな訝しむイサラの肩をハルバは優しく抱きよせて耳打ちした。


「イサラ、今から俺様から一瞬たりともはなれるなよ? 崖上から視られてるぞ」


 言われてからイサラは断崖を見上げ、異変の正体に気づいた。


「ハルバ様、あそこから、なんだか凄く嫌な気配が漂ってきます」


 イサラが指さした崖上から匂い立ってくるのは"瘴気"と言っても過言ではない程に濃厚な凶気だ。


「あの野郎、この俺様に生意気にも殺気をぶつけてきやがるとはな」


 ハルバが戦の際に敵に向けて放つ底冷えするような殺意の塊……それは、野生の勘が働く魔獣であれば恐怖から我を忘れて逃げ惑うか卒倒する程の質量の伴ったものである。だが、鈍い人間に本来これを感じ取る事は出来ない。


 イサラが感じ取れているのは、ハルバと共に歩んできた時間があればこそであった。


「それだけじゃないと思います。多分……」


 エルフは"風や空気の音"を繊細に感じ取れる種族である。それ故に、清浄な空気を好むエルフにとっては怖気すらも感じさせる程の"穢れ"をイサラは感じとっていたのだ。


「黒い風が吹いてます。怖い……」


 エルフは死を運ぶような不吉の前兆を黒い風と呼ぶ。


「……へっ、雑魚ばっかかと思ってたが、金貨20枚じゃちっとばかし割に合わねぇ面倒な話になってきたな」


「ハルバ様、大丈夫……でしょうか?」


 武者震い。ハルバがそれを感じたとったのは、天空の支配者たる赤飛竜を狩った時以来である。


「心配はいらねぇぞイサラ。最強の俺様にかかれば、アレ一匹を相手するくらいなら百回やって百回勝つ。まぁ、飛んで火を吐くだけしか脳味噌の詰まってねぇトカゲと違って、得体の知れない所が厄介だけどな」


 飛竜狩りのハルバは、崖上から覗く者に対し静かに警戒を強めながら岩と塩の道を進んで行った。

ゾンヲリさんはただじっと見ているだけ、あまりにもゾンビ臭がきつすぎて"黒い風"とか言われちゃって可哀想……。そんなお話である。


設定補足:

ある程度の実力があるなら「スキル:敵意センサー」とか「スキル:実力測定センサー」くらい搭載されて然りである。逆に言ってしまえば、センサーすら持ってない人達というのは戦う土俵にすらも立ててない人達です……。はい。


そんな感じで"選別"しているわけだったりなかったりする今日のこの頃である。


 正体隠してハルバ暗殺した方がよくねぇ? という意見も実際は正しいのだが、あえてゾンヲリさんが正体を晒すのも、強者にオラオラとツッコんでこられてたらコボルトちゃん達は瞬殺されちゃうので……警告の意味も込めていたりするのさ……。


 というお話があったりなかったりするらしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 黒い風…すごい量のハエかな?
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