第六十八話:宝石よりやはり金だな。今回の件でよく分ったよ
太陽が完全に上る頃にはビースキンへと帰還し、部隊は一旦解散した。確保した死狼達は死霊術で与えた命令の性質上、彼らは外敵から自衛する術を持たない。このまま外に放置しておくわけにはいかないため、竜王ベルクトの居る兵舎へと向かった。
「死狼共を人目に触れないようにしたいので、一つ倉庫を借りたいのだが」
「ええ、戦地に物資を運びこむ際に丁度空になった倉庫が幾つか出来た所ですので、そちらをおつかい下さい。しかし何と言いますか、一晩でこれ程の"所業"をやってしまえる辺り、ゾンヲリ殿はやはり恐ろしい方ですね」
「明後日にはそれよりも恐ろしい所業をしに向かうというのに、悠長なことだ」
こうも何度も恐ろしいと言われてしまえば、自覚していたとしても一言返したくなるものだ。
「全くですね。明日には多くの無辜の民に向かって、”獣人国の為に死んでくれ”と、私は竜王の名をもって命じるのです。ははっ……我が身可愛さから戦場から逃げた私如きに、その命令を発する資格などないというのに」
責任の重さとは権力の強さに比例する。言い直せば、将とはその指揮下にある兵士全ての命を背負う立場にあるのだ。獣人国の軍事における最高責任者である竜王ベルクトにかかる心理的負担は計り知れない。彼の一言と号令一つで多くの獣人が呆気なく死ぬ事になるのだから。
「将が弱気なら兵士は尚更弱気になる。泣き言なら全てが終わった後にでもすることだ。それに、此度の戦いの目標は死に向かう事ではない。奪われた尊厳を取り返す事なのだろう?」
「しかし、本当に我々に出来るのでしょうか? 実は、大変情けない話ですが、今更になって震えが止まらないのです」
ヒトは時として分不相応な役回りを演じる事を強いられる。自身の両手に目線を落すベルクトの姿は、何処にでもいる普通の戦士の姿だ。もしも彼が一人の戦士として戦場に向かうのであれば、これ程悩みはしないのだろう。
何も背負っていない私のように、好き放題に剣を振り回し、果てるも逃げるも自由なのだから。
「だが、ベルクト殿の他にそれをやれる者など何処にもいない」
「そう、ですね」
「ただ、そうだな。獣人国だとか竜王だとかで考えると重苦しくなる。何かこう、ないのか? 自分の手が届く範囲の物で大切なものだとか」
「今の私の安月給で手が届く範囲と言えば、あの孤児院くらいでしょうか。思えば、私もかつては孤児でしたから、私と同じような境遇の小さい子供達が飢えずに笑えるように、私を飢えから救い上げて下さったグルーエル様のようにと、剣の修行に暮れていたわけです。いつの間にか私がこんな役職になってしまえる程に、獣人国は痩せ衰えてしまいましたが」
竜王ベルクトもかつては孤児だった。先代竜王グルーエルから繋いでいたのはなにも肩書だけではなかったのだ。
「ならばその孤児院に火の手が迫ればどうする」
「この手で降りかかる火の粉は払い退けましょう。あの子達の笑顔までは失わせません! ……そうでした。私は剣を振るっていた理由を忘れていました。もう迷いません」
「つまるところ、もう一度子供達に肩車をする為に戦場に向かう。それで良いのではないか?」
剣を振るう理由など案外そんなものだ。国の為だの大義の為だの、そんな事を本気で思える者はそうそういない。ただ、余計な物を背負い過ぎると、少しばかし手元が見えにくくなるのだ。
「ネクリア様のお姿でゾンヲリ殿にそう仰られると、妙な気分になりますね」
……少女的美的感覚ではベルクト殿はそこそこ妥協できる獣人である。なら、少しくらいは色を付けておいた方が今後、"私が失敗した時"の為になるかもしれない。
「なんなら、肩車されてあげよっか? お兄様っ」
「それ引っ張るんですか……。ゾンヲリ殿とネクリア様を同時に肩車するだなんて、もはや恐れ多くてできませんよ」
……呆気なく拒絶されてしまった。日頃の行いが積み重なって来ると言う事が信用されなくなってしまうのも然もありなんと言った所だろうか。ならば第二の手で行く事にする。
「……それはさておき、ベルクト殿は小さい子は好きだろうか」
「ええ、好きですね。なんというか、近くにいるととてもいい匂いがします」
「分かる」
「ゾンヲリ殿も分かりますか! こう、守りたい気持ちになるんです」
「分かる」
「発達途上の所と言いますか、日を追うごとに少しずつ成長していく姿を見るのが――」
それから、小さい子と少女の良い所を100回挙げる話に発展したのは言うまでもない。やはり持つべきは同士だな。
(……なぁ、ゾンヲリ。起きてからお前らの話ず~~っと黙って聞いてたけど一言だけ良いか? 今のお前ら、本っ気でっ気持ち悪いぞ)
ただ、少女からの心象は一気に地の底に落ちた。こうして、将来的に私が使い物にならなくなった時の為に、ベルクトに少女の保護役を頼もうかと画策していた私の作戦は、一日で頓挫するハメになったのだ。
兵舎を後にし、最近は常連になりつつある高級異人宿で徹夜明けの疲労を癒しに向かうと、宿屋の出口のすぐ横でちょこんと膝を抱えて座り込んでいるエルフが見えた。こんな場所に現れる可能性があるエルフと言えば、世界広しと言えど一人しかいない。
目が合った瞬間、寝ていた耳がぴょこんと跳ねた。
「もう、何でゾンヲリったら昨晩の内から外に出ちゃってるのっ。おかげで追い出されちゃってここで待つしかなかったんだから」
一言も発しないうちに、表が私である事を見抜いている。というのは置いておいても疑問が尽きない。
「いや、何故貴女がここに……」
「はいっ。これ」
そう言ってブルメアが手渡して来たのは、掌程の大きさの碧風石。前に黒死病の原料を取りに行った際に入手した副産物を、"一つしかない命をかけて私に身体を貸した"せめてもの対価として置いていったものだ。
「それを売れば貴女が鍛冶屋から借りた合成弓の修繕費くらいにはなると思って置いていったものだ。返す必要はない」
「ううん、こんなの貰えない。だって明らかに私だけ貰いすぎだもん。だから返すの」
「返された所で、私にとってそれは無用の長物でしかない。それを綺麗だと言っていた貴女が持つ方がまだ有意義だろう」
いや、私はあの時と同じ過ちを犯したのだ。かつて、ついでに手に入れた"無用の長物"を少女への貢物にしようとし、こっぴどく叱られたという過ちを。
〇
「お前、やっぱり頭まで腐ってるバカか? イチゴって言ったら1万5千Dの事だ。こんなもん食いたいわけないだろうがっ」
「そんなものより"現金"で貰った方が嬉しいに決まってるだろ……」
〇
そう、金だ。金こそが全てに勝る価値のある貢物である。私はあの時の少女の金言から一切学ばず、ブルメアに対しても全く同じミスを繰り返したのだ。もはや救いようのない愚物と言っても過言ではない。
「いや、すまない。気が利かなかった。こんな物を渡されても困るだけだったな」
「なんでゾンヲリが申し訳なさそうにしてるのかが分かんないけど……。それより、ゾンヲリ達の事を手伝いたいんだ」
「私の手伝いをしたいだと?」
「ほら、前はゾンヲリ達に私の都合を色々手伝ってもらったでしょ? だから今度は私がゾンヲリ達を手伝うのっ」
……次の戦でブルメアの目と耳が使えるなら戦術の選択肢は随分と増える。それは実に私にとって都合の良い魅力的な提案だろう。だが、私を手伝うというのは、つまるところ命を懸けた不毛な殺し合いに加担する事を意味する。
「……今度は何が目的だ。自身に全く利もない面倒事を、対価も要求せずに自分から手伝うなどと嘯くような酔狂な輩を信用出来るとでも?」
「……ねぇ、ゾンヲリがその屁理屈言っちゃうの? おかしくない?」
私が戦うのは全て己の為でもある。
「どこもおかしくはないな」
「ええっと、そうだ。それならその石をくれたら何でも手伝ってあげるっ。これなら対等だねっ」
したり顔でブルメアは耳を逆立て見せる。「それこそ屁理屈ではないのか?」と口に出したい気持ちに駆られるが、こう切り返されるとぐうの音も出ないのも事実。
「……やはり貴女は随分と強情だな。加えて酷く能天気だ」
「うわ……私、なんかすっごく馬鹿にされてる?」
「貴女は今までに散々苦痛を味わってきたはずだ。それを、下らない恩義一つで、辛うじて拾えた平穏を自ら投げ捨てようとしている。そんな馬鹿者に呆れて出てくる言葉がそれしか思いつかなかったのだ」
負ければ殺されるか捕らえられて鉱山都市の独房以下の身分に逆戻りし、仮に勝てたとしても得る物は何一つもなく、引けぬ事情だけが増して行く。
これを馬鹿者と称さず何と呼べば良いのだろうか。尤も、人の事を言えた義理もないのだが。
「下らなくなんて、ないと思うんだけどな……」
やはり金の方が良いだろう。(真理)
ゾンヲリさんとベルクトのロリショタトークは108式まで存在する。それをずっと真顔で聞く羽目になったネクリアさん十三歳は何を思ったのか。
やはりロリコンは気持ち悪いな!




