7 ルベリオ王国騎士団の訓練
「シャンテル様!? そのお顔はどうされたのですか!?」
医務室で治療を受けた後、シャンテルはその足で訓練場所に向かった。すると、頬に当てられたガーゼを見て、第二騎士団の騎士たちが心配そうにシャンテルを囲う。
「少しドジしてしまっただけだから、気にしないで。そんなことより訓練を始めましょう」
はぐらかすようにシャンテルは話題を逸らす。長い付き合いの中で、騎士たちはそれ以上追求しても彼女を困らせると分かっていた。そのため、渋々言葉を飲み込んだ。そして、全員が訓練用の剣を手に取ると、シャンテル指揮の元、第二騎士団の訓練がスタートする。
第二騎士団の訓練内容は日によってまちまちだ。体力や筋力を付けるため、走り込みや腕立て伏せ等のトレーニングする日もあれば、素振りや手合わせをする日もある。またある日は体幹を鍛えるため、乗馬をしながら訓練することもあった。
今日は剣を腰に下げた状態や剣を手にした状態で走り込む訓練からスタートだ。実際の戦場で手ぶらということはあり得ない。これは実践を想定した訓練を行うことで、いざという時に普段通り動けることを目的としていた。
走り込みが終わると素振りをして、手合わせを行う。勿論シャンテルも参加する。女の体では筋力差が出てしまうが、それでも剣を握れば第二騎士団の団長としての実力を発揮する。
シャンテルは昨年入団したダレンと対面する。
開始の合図と共に、ダレンが真っ直ぐ突っ込んできた。シャンテルは重心を傾けて、身体を斜め右に倒す。そうやって、体の靭やかさと身軽さを武器に相手の剣をいなした。
シャァァァッと、剣と剣が擦れる金属音を響かせて攻撃をいなすと、ダレンがバランスを崩す。その隙にトンッと横へ飛び退くと、寸での所で倒れるのを回避したダレンが振り向いた。
だがその瞬間、決着が付いた。
シャンテルの剣先はダレンの喉元に突き付けられていた。
「ま、参りました……」
流石シャンテル様! と沸く周囲をよそに、シャンテルはダレンに手を差し伸べる。
「ダレン、以前より剣の重みが増した上に、踏み込みも良かったわ。成長したのね」
「ありがとうございます!」
形式的にシャンテルの手を取ったダレンは、彼女の力を借りずに立ち上がる。
「この調子で頑張って」
「はい!」
「だけど、無闇に相手に飛び込む癖は直した方がいいわ」
そんな会話をしていると「お姉様ったら、野蛮だこと」と声がして、シャンテルは振り向く。
「ジョアンヌも来たのね」
先程、彼女はバーバラと訓練所とは反対方向に去った。あの時のジョアンヌはアルツールに怯えて、青い顔をしていた。だからシャンテルはジョアンヌが今日の訓練には顔を出さないと思っていた。
「少し休んだら落ち着きましたわ。ギルシアの脅しに屈するのは嫌ですもの」
どうやら、プライドで気持ちを建て直したようだ。少し前の怯えた面影は霧散していた。
「やはり、王女が剣を振り回すなんて、はしたないですわ」
「私は好きでやっているの。貴女に真似しろとは言わないわ。だから放っておいて」
「でも、十日後には夜会がありますのよ? くれぐれも見える場所に怪我を作らないでくださいませね? 目立つ傷があったらみっともありませんもの。そんな姿で夜会に現れたら王家の恥ですわ」
扇子で口許を隠しながら、ジョアンヌが白い目でシャンテルを見る。いや、正確には頬に当てられたガーゼを見ていた。
今回の夜会は国外から遠路遥々やって来る賓客も多い。その中には、そろそろ到着する賓客もいるだろう。
けれど、私はあまり期待していないわ。
夜会ではギルシア王国の血を引く王女として、そして妹を虐める姉として、シャンテルは周囲から蔑んだ眼差しを向けられる。
そして、ジョアンヌは可哀想な妹王女を憐れむ人々にちやほやされる。それがいつものお約束だ。
ジョアンヌは夜会当日のことで頭がいっぱいのようだが、シャンテルはそれ以前の賓客への対応や準備で頭がいっぱいだった。騎士団に警備も任されているため、シャンテルはここ数日それらの確認を行っていた。
だが、今回の夜会には少し引っかかることがある。国王が何時になく積極的に夜会の詳細を確認し、使用人や部下に指示を出しているからだ。
流石のお父様も娘たちのために、結婚相手を用意しようと頑張っているのかしら? と、シャンテルは考える。
ルベリオ王国は、代々赤い瞳の王族が国を治めてきた。その点で言えば、シャンテルは王位継承順位も一番目で赤い瞳の持ち主だ。だが、後ろ盾が全くない。
ギルシア王国はジュリエットの死後、ルベリオ王国と交流を計るどころか、互いに国境付近を睨み合っている状態だ。しかも、たまに小さな争いも起きる。
たとえ小さな争いでも、国境に配置している兵士や騎士では事態の収拾が付かないことがある。そんなときはシャンテルが第二騎士団を引き連れて現地に赴いていた。
大抵はそれと平行して、ギルシア王国に使者を送り、国境付近での抜刀に抗議を行う。すると、刃を交えた数分後にはギルシア王国側が撤退していく。
ギルシアの言い分は、“武功を上げたい一部の人間による暴走”なのだそうだが、毎回となると怪しい限りだ。
そんな母の祖国に後ろ盾は望めない。それに、そんなことをすれば“ギルシアにルベリオ王国を乗っ取られる!”と、瞬く間に批判を買うだろう。
そうなればシャンテルに王位を継がせては危険だと判断されるだろう。そして、彼女が王位を継げる可能性は低いとわかると、他国の王族や令息たちの殆どが、シャンテルを婚約者にしたがらない筈だ。
「分かっているわ。わざわざありがとう」
シャンテルが心にもない礼を述べると、ジョアンヌが「ふんっ」と、そっぽを向いた。そして、侍女を連れて訓練所の奥へ向かう。そこには副団長の指揮で訓練している第三騎士団の姿がある。
「ジョアンヌ様!」
団長の存在に気付いた騎士が声を上げると、他の騎士たちがサッと動く。テーブルを運ぶ者や椅子を運ぶ者、そしてジョアンヌをエスコートする者。残った騎士は片膝を付いてジョアンヌに敬意を表した。そうして机の準備が終わると、彼女の侍女が運んで来たお茶とお菓子を机に並べていく。
「……」
いつからか、ジョアンヌやバーバラが訓練所に来ると、こうすることが第三騎士団では当たり前になった。
ジョアンヌが第三騎士団団長に就任した頃、「どうしてお茶の準備が出来ていないの!? わたくしが来たのだから、早く用意なさいっ!!」と癇癪を起こしたのだ。
戸惑った騎士たちは慌てて準備に走ったが、予想していなかった事態に机や椅子の用意に手間取った。後からバーバラがジョアンヌにその話を聞いて、騎士たちに罰を与えたという。
こんなことは訓練の時間を割いてまで騎士がやることではない。訓練を眺めながらお茶がしたいのであれば、侍女や他の使用人に任せれば良い。だが、ジョアンヌはそれを良しとしなかった。
第三騎士団には申し訳ないが、これがジョアンヌの方針だ。そのため、シャンテルが口を挟むことは出来ない。
「では、訓練を続けて」
ジョアンヌが告げると、騎士たちは訓練に戻っていく。シャンテルも気持ちを切り替えると、第二騎士団の訓練に戻った。




