56 シャトーノス侯爵家の考え
「私を王に……?」
まだ今一つ理解できていないシャンテルに、アンジェラが「はい」と答える。
「ルベリオ王国の未来には、シャンテル様が必要です」
真っ直ぐな眼差しがシャンテルに向けられている。そこには一切の迷いがない。だが、アンジェラは国王の婚約者だ。王妃となる予定の彼女がそう望む理由がシャンテルには分からなかった。
「待って下さい。アンジェラ様は国王陛下の婚約者で次期王妃です。何故そのようなことを?」
「この国のためです」
「この国のため?」
シャンテルが戸惑いながら彼女の言葉を反復すると、アンジェラが「えぇ」と頷いた。そして、気持ちを落ち着かせるように紅茶を一口飲む。
「まず、わたくしと国王陛下の婚約はシャトーノス侯爵家の総意で決まりました。ですが、それは両親に言われたからでも、わたくしが国王陛下を愛しているからでもありません。シャトーノス侯爵家がこの国を愛しているからです」
「……アンジェラ様は、お父様をお慕いしている訳ではないのですか?」
シャンテルの質問にアンジェラが苦笑いを浮かべる。
「えぇ。ですが、わたくしは自分でこの役目に名乗り出ました」
「それは何故ですか?」
「今のままでは王家によって、ルベリオ王国が国として立ち行かなくなるからです」
シャンテルは顔に出さなかったものの、アンジェラの的確な推測に内心驚いた。
とうとう、官僚以外の貴族にも実情がバレ始めているのね。
とは言え、それはも無理ないだろう。国民に高い税金を課しているにも拘わらず、バーバラの散財癖は治るどころか加速している。最近では、ジョアンヌの散財も目立つようになってきた。
そして、国王の夜中の遊び癖は知る人ぞ知る程度ではあるが、昔からあった。アンジェラを婚約者にしたことで今は無くなったが、噂が巡りめぐれば国や王家に対する不信感が募っても不思議ではない。
「お恥ずかしながら、仰る通りです。そして、それは私も懸念しています。どうにかしようと、妃殿下を説得したこともあるのですが、その度に反発した優秀な官僚がクビになるので、あまり手がつけられないのが現状です」
「だがら、シャンテル様はご自分の予算を削っていらっしゃるのですよね」
思わぬ言葉に、シャンテルは「え……?」と声を漏らした。
「シャンテル様は夜会にも滅多に出席されませんし、お顔をお見せになっても直ぐに帰ってしまわれます。加えて、お召しのドレスは控えめで、あまり宝飾品も身に付けていらっしゃらない印象でした」
シャンテルは指摘されて恥ずかしくなった。
「王女としてはみすぼらしいですよね……」
「何も事情を知らなければ、そう捉える貴族もいるでしょう。ですが、わたくしは国のために倹約されていて、立派だと思いますわ」
立派と言われてて、シャンテルはいつの間にか俯いていた顔を上げてアンジェラを見る。
「今まで、お一人で頑張ってこられたのですよね?」
そう付け足された一言に、今までの行いが報われた気がして、じんわりと胸が暖かくなった。
「恐れながら、わたくしは最初ジョアンヌ様を王にしようと考えていました。彼女はシャトーノス侯爵家と対立するベオ侯爵家縁の王女ですが、その……、シャンテル様の噂はとても有名でしたので」
歯切れ悪く告げたアンジェラに、「あ」とシャンテルから声が漏れる。“異母妹を虐げている、ギルシア王国の血を引いた野蛮な王女”それがシャンテルに対する周囲の評価だ。
「わたくしは噂を信じて、ジョアンヌ様がシャンテル様に虐げられなが、それは違うと、わたくしの侍女が教えてくれたのです」
「アンジェラ様の侍女が?」
首を傾げるシャンテルにアンジェラは続ける。
「えぇ。先ほどわたくしが連れていた侍女はシャトーノス侯爵家に仕える前は、王城で侍女をしていました。そこで、シャンテル様が精力的に公務に取り組み、第二騎士団団長として努力されているお姿を目にして、貴女の侍女になりたいと望んだそうです」
「えっ、わたくしの侍女に?」
シャンテルの侍女になりたいと望む者はここ数年、全く聞かなくなっていた。驚くシャンテルに、アンジェラは「はい」と頷いた。
「ですが、シャンテル様の侍女を望んでいるとバーバラ妃殿下の耳に入った途端、クビにされたそうです」
「ク、クビ!? それが理由でですか?」
「はい。そういった方が他にも何名かいます。わたくしの侍女の中に、姉妹が王城に勤めている者がおります。彼女の話では、シャンテル様の侍女を望むと職を失うので黙っているそうです。だからといって妃殿下やジョアンヌ様には仕えたくないからと、敢えて誰の専属にもならず、城仕えの侍女をしているそうです」
王族の専属侍女になれば、給金や働く環境がより優遇される仕組みになっている。城で働く侍女はそれを目標にしている人も少なくない。
初めて知った事実に、シャンテルは一瞬言葉を失った。
「……私、知りませんでした」
「それはそうでしょう。みな口を噤むか、シャンテル様の耳に届く前に解雇されるのですから……」
つまり、バーバラはシャンテルの侍女が増えないように、手を回していることになる。
「私も、話を聞くまではシャンテル様が国費を使い潰し、ジョアンヌ様に危害を加えていると思っていました。冷静に考えれば、控えめなドレスを身に纏うシャンテル様が贅沢をしている筈がありませんのに。……本当に、申し訳ありません」
頭を下げるアンジェラにシャンテルは慌てる。
「お顔を上げてください! アンジェラ様が謝ることではありません」
「ありがとうございます。ですが、間違った認識をしていたのは事実です。だから、お詫びにシャンテル様が王になるお手伝いをさせて頂きたいのです」
「それは、大変ありがたいお話しですが、本当に良いのですか? ……無粋な話ですが、アンジェラ様に子が出来れば、ご自分の子に王位を継がせることも可能なのですよ?」
「えぇ。今からでは何年も掛かってしまいますし、それまでこの国が持つか分かりません。それに、わたくしはこの国を良い方に導いてくださる方に王になっていただきたいのです。陰ながらシャンテル様を慕っている使用人は多いですから、王の素質を十分お持ちだと思います」
微笑みを見せたアンジェラは「それに……」と言葉を続ける。
「わたくしにはお慕いする方がいます。シャンテル様が王になることで婚約が白紙になるなら、それに越したことはありません」
「アンジェラ様……」
アンジェラは自らの恋心を封じてここにいる。
その事実に、シャンテルは何と声をかけて良いか分からなかった。視線が下がったシャンテルにアンジェラはこう付け足す。
「わたくしのことは気になさらないで。それと、王になることも結論を急ぐ必要はありません。わたくしたちシャトーノス侯爵家はシャンテル様の後ろ楯になる覚悟は出来ています。ですから、ゆっくりお考えください」




