5 シャンテルを蔑む親子
シャンテルは書類仕事を終えると、第二騎士団副団長であり、専属護衛騎士のカールを連れて廊下を歩いていた。
「まぁ! お姉様ったら、またそのような格好をなさって」
呼び止める声にシャンテルは振り向く。
今日も愛らしいふわふわのドレスに身を包んだジョアンヌが、柔らかな髪を揺らしてこちらに歩いて来る。そして、シャンテルを見て、あからさまに怪訝そうな顔をする。
長い髪を頭の後ろで一つに纏めているシャンテルは、騎士服を着用していた。これはシャンテル用に仕立てられた一着だ。胸元には王家の紋章が入っている。
デザインからシャンテルが関わったお気に入りだ。ルベリオ王国騎士団に所属する少数の女性騎士は、シャンテルの服を参考に騎士服を仕立てている。
「腰に剣までぶら下げて、王女とは思えないお姿。なんて野蛮なのかしら」
後ろに従えている二人の侍女と共に顔を醜く歪めるジョアンヌ。他所で見せる愛らしい顔は霧散していた。おまけに、昨日の夜会で涙を見せていた可哀想な王女の姿も何処にもない。寧ろシャンテルを蔑む態度を見せている。これがジョアンヌの本性だ。
そんな彼女にシャンテルは一つ息を吐く。
「午後から訓練を控えているの。貴女も第三騎士団の団長なんだから、午後から訓練があるでしょう?」
尋ねると、ジョアンヌは手にしていた扇子で口許を隠す。
「団長と言っても、わたくしたちは王女ですのよ。所詮、お飾りの団長ですわ。大体、淑女は剣なんか握りませんの」
「そうね……」
呟きながら、シャンテルは自身が剣を握る理由を伝えようと思考を巡らせる。
「だけど、この国には王子がいないわ。いざという時、王女だからという理由でただ見ているだけでは駄目だと思うの。代々、王族がルベリオ王国騎士団の団長を務めるのが習わしでしょう? 私は国民を守るために役目を果たしているだけよ」
シャンテルがそう返すと、ジョアンヌが不機嫌そうに顔を歪めた。
「それはわたくしにお説教なさっているの?」
「そんなつもりはないわ。ただ私がそう考えて、そうしていると言う話よ」
「なぁにそれ。大体、習わしなんて大昔の人間が勝手に決めたことじゃない!」
パチンッ! とジョアンヌが持っていた扇子を閉じる。
「第三騎士団はわたくしを守る盾なの。お姉様のように訓練に参加する方が可笑しいのよ!」
そう叫んだジョアンヌは、途端にシャンテルを嘲笑うような笑みを浮かべた。
「あぁ、そうでしたわ! お姉様には野蛮なギルシアの血が流れているのでしたわね!!」
ジョアンヌが「あはははっ!」と高らかに笑う。
「ジョアンヌ様。言い過ぎです」
堪らずカールが口を挟む。だが「いいのよ」と、シャンテルはそれ以上彼が何かを言う前に止めた。
「こんな野蛮な方がわたくしのお姉様だなんて、怖いですわ。いつかお姉様に殺されてしまうかも! なんて恐ろしいのかしら!!」
大げさにジョアンヌが自身の身体を抱きすくめる。それを見た彼女の侍女が庇うように前に出た。
「ジョアンヌ様、ご心配には及びません。ジョアンヌ様の身は私たちがお守りいたします!」
“私たちが守る”ね。……随分軽々しく言ってくれるわ。
シャンテルは呆れてジョアンヌの侍女たちに視線を送る。
「貴女たち、“守る”と言ったけれど、今までジョアンヌの我儘に付き合って、身の回りの世話をしてきた貴女たちが、急に現れて襲ってくる敵からどう彼女を守るの?」
恐らく、大した考えもなく発言したのだろう。“守る”と口で言うのは簡単だ。だが、有事の際に動けるかは、その時になら無いと分からないものだ。訓練してきた騎士ですら遅れをとることがある。だから、シャンテルは軽々しく言って欲しくないと思っていた。
そんなシャンテル挑発するような言葉に侍女が顔を赤くした。
「っ! シャンテル様といえど、ジョアンヌ様を虐められるなら私たちは黙っていません!!」
侍女が敵意をむき出してシャンテルを睨み付けた。その後ろでジョアンヌの唇が弧を描く。
「ジョアンヌ!!」
突然、大きな声が響く。振り向くとバーバラが駆け寄って来ていた。ジョアンヌが笑ったのは、母親が来たからだった。
シャンテルは騎士服の裾を摘むとカーテシーを披露する。だが次の瞬間、パシンッ!! と大きな音が辺りに響いた。
シャンテルは突然の衝撃に少しよろけて、たたらを踏んだ。だが、直ぐに体勢を建て直すと、痛む頬に構わず視線をバーバラに向ける。そこには鬼の形相で睨み付けてくる彼女の姿があった。
ツーッと、シャンテルの頬を生暖かいモノが伝っていく。バーバラが持つ扇子が折れていた。彼女は扇子でシャンテルの頬を引っ叩いたのだ。
「お母様!」
ジョアンヌが母の登場に嬉しそうな声を上げる。
「わたくしの娘に何するのっ!」
「バーバラ妃殿下、私はただ話をしていただけで──」
「黙らっしゃい!!」
シャンテルの話を遮って、バーバラが折れた扇子でまたシャンテルの反対側の頬を叩いた。パシンッ! と、渇いたおとが辺りに響いた。
「バーバラ妃殿下!」
堪らずカールが間に割って入る。
「どうか怒りをお沈め下さい。誓ってシャンテル様はジョアンヌ様に手を上げていません!!」
「退きなさい! 誰がシャンテルの息が掛かった騎士の言うことなど信じますか!!」
バーバラ付きの騎士や侍女がシャンテルたちを囲む。
「シャンテルを捕らえなさい!」
バーバラの命令に困惑しながらも、数人いる騎士の中から三人が動いた。そして彼らはシャンテルが身動きできないよう腕を掴む。
だが、シャンテルは敢えて抵抗しなかった。抵抗すれば、益々バーバラの機嫌が悪くなり、拘束される時間が長くなるからだ。
「バーバラ妃殿下! 誤解です!」
「いいですこと? わたくしたちの姿が見えなくなるまで、そのまま待機するのですよ! 絶対にその野蛮な王女をわたくしたちに近付けないで頂戴!!」
カールを無視して、バーバラが騎士に命令した。その時、廊下の奥から「何をしている」と低く冷たい声が響いた。
その場にいた全員が振り向くと、アルツールがこちらへ歩いて来ていた。




