4 シャンテルが抱える公務
公爵邸の夜会から一夜明けた早朝。シャンテルの小さな執務室には紙をめくる音が響いていた。赤い瞳は真剣な眼差しで国王の決裁を求める書類を振り分けていく。
「シャンテル様、新たな書類をお持ちしました」
そう告げた宮廷官僚のニックが、執務机に書籍並みの分厚さの紙束を置いた。この書類も全て国王の決裁を求めるものだ。
昨夜は王城へ帰り着くなり、シャンテルは執務室で自身に割り振られていた書類を捌いた。集中して作業していると、いつの間にか日付を跨いでいたため、今作業しているのは昨日の昼以降に追加された分だ。
「ありがとう。……国王陛下のご様子は?」
「はい。今朝お戻りになって、お部屋でお休みになられています。昼頃にシャンテル様が仕分けた書類をお持ちするように、とのことでした」
「そう。お父様はまた朝帰りされたのね」
呟いてシャンテルは視線を伏せる。そして諦めたように再び手を動かし始めた。
国王が朝帰りすることはよくある。夜な夜な隠し通路を通って、愛人の元へ通っているのだ。
だが国王はその間、徹夜で公務に励んでいることにしていた。そのため、周囲には朝に眠っていると話して帳尻を合わせている。側妃のバーバラもこの言い訳を信じていた。
国王はシャンテルが事実を知っていながら、黙って公務を引き受けていることを知らない。それを良いことに、夜中まで働いていて忙しいからと、シャンテルに公務を押し付けているのだ。
「少し注意しますか?」
ニックの提案にシャンテルはふるふると首を横に降った。
「いいえ。いいわ」
ニックはこれまでもそれとなく国王を注意している。だが、聞く耳を持ってもらえていない。
あまりしつこく言うと、ニックが今の立場から外されてしまうことも考えられる。そのため、シャンテルは程々にするよう頼んでいた。
ニックがいなくなったら、シャンテルも円滑に公務を進められなくなるからだ。
「ですが、シャンテル様のご負担が大きくなっています」
「私は平気よ」
「そういう問題ではございません。そもそも、こちらの書類に目を通すことも本来は国王陛下の務め。王位を継がせる者に経験を積ませる目的で任せることもありますが、陛下はシャンテル様とジョアンヌ様、どちらに王位を継がせるか明言されていません」
「……私は第一王女で赤い瞳だけれど、ギルシア王家の血も引いているから、簡単に決められないのでしょう」
ルベリオ王国は赤い瞳の王子、もしくは赤い瞳の王女が代々王位を継いできた。だが、出自に難のあるシャンテルを王位に就かせることに反対する貴族は多い。
シャンテルに後ろ楯となりえる母がいれば、少しは違っていたかもしれない。だが、ジュリエットは王妃になった二年後、シャンテルが五歳の時に病で亡くなっている。
これまで、シャンテルはギルシアの血を引く王女として腫れ物扱いされてきた。おまけに、先の夜会で非難された通り、ジョアンヌを虐げていることになっている。今では問題児としても噂を囁かれている状態だ。
果たして、そんな王女を王位に推す物好きな貴族がどれ程いるかといえば、せいぜいベオ侯爵と折り合いの悪い貴族ぐらいだろう。
「お父様が保留の書類だけでも目を通して判を押してくださるなら、私は多少忙しくても構わないわ。国民のために、国を動かさなきゃいけないもの。……はい。この件はこれでおしまいね」
そう言ってシャンテルは無理やり話題を閉じた。
そんな彼女にニックは思うところが多々ある。だが、シャンテルがルベリオ王国の民を大切に思って、公務や第二騎士団の団長として務めにあたっていることは、王城に遣える殆どの人間が知っていることだ。
だからこそ、シャンテルに休んで欲しいとニックは考えている。だが、等の本人はこの有り様だ。
それに、彼女のそういうところに甘えて頼っているのも事実だった。国王は会議に参加しても、家臣たちの“判断に任せる”という割に、文句を言う始末。お陰で議論しても何も決まらないことが多い。だが、シャンテルが参加するとサクサク進んで、通常の半分以下の時間で会議が終了する。
大人びた考えの少女を前にして、ニックは少しでも彼女の負担を減らす方法はないか考えながら、シャンテルの執務室を後にした。




