18 エドマンドからの提案
バルコニーへ出たシャンテルは、ようやく一人になった。ずっと気を張っていたためか、ゆっくり息を吐くと身体から力が抜けて少しホッとした。それでも頭は先ほどのことで一杯で、心は乱されたままだ。
ギィッと扉を開く音がして、シャンテルは振り返る。離れてきたばかりのエドマンドが、シャンテルの元へ真っ直ぐ歩いてきた。
「エドマンド皇子? どうしてこちらに?」
「婚約を申し込みたいと考えている女性が一人で外に向かえば、心配になります」
「……」
そう言って胡散臭い笑みを浮かべるエドマンド。今の話し方や声のトーンは、お茶会で初めて会った時のエドマンドと同じだった。
「まだ猫を被られるのですか?」
シャンテルはバルコニーの手摺りに腕を預けて、思ったことをぶつけた。すると、「おや?」と面白がる声がする。
「シャンテル王女はこっちの俺が気に入ったか?」
「気に入ったとかではありません。ただ、そちらの方が“しっくりくる”と感じただけです」
「はははっ。そうか」
エドマンドが可笑しそうに笑う。
「少なくとも胡散臭い笑顔を向けられるより、話しやすいです」
シャンテルが素直に思ったことを告げると、「シャンテル王女」と呼ばれた。
視線を景色に戻していたシャンテルが振り向くと、エドマンドがシャンテルを閉じ込めるように手摺りに手を付いた。
「えっ?」
あまりの近さに驚くシャンテル。対するエドマンドは、口の端を持ち上げて面白がるような視線を向けている。
「俺がデリア帝国の皇子だってこと、忘れていないか?」
「っ!!」
彼は怒っているのかしら? ……そ、そうよね!? いくらなんでも気安く話しすぎたわ。
「エドマンド皇子、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「俺がいつ不快だと言った?」
「違うのですか?」
否定の言葉にシャンテルは首を傾げる。
じゃあ何だというの?
「やはり面白い王女だ」
「面白い? 私がですか?」
「そうだ。デリア帝国の皇子と聞けば、大体の人間は媚を売るか、畏れ敬うかのニパターンに分かれる。だが、シャンテル王女はそのどちらでもない。俺を客人として扱いながら、堂々と話している」
「そうでしょうか?」
シャンテル自身はそんな風に思ったことがなかった。これは褒められているのかしら? と、疑問を浮かべているとエドマンドが言葉を続ける。
「あぁ。だが、だからこそがっかりもしている」
「それはどういう意味です?」
「シャンテル王女が一番良く分かっているんじゃないか? ギルシアの王太子にも言われていただろう?」
指摘されて、シャンテルはきゅっと唇を強く引き結ぶ。エドマンドは会って間もないシャンテルの現状をほぼ正確に理解しているようだった。
「国のために尽くしているシャンテル王女を蔑む国なんて、さっさと捨ててしまえばいい。貴女はそう思わないのか?」
エドマンドは痛いところを突いてくる皇子だ。
「私は、……国民を見捨てられません」
「噂を信じ、ギルシア王国の血を引いているというだけで蔑んでくる奴らでもか?」
「そうです。……それでも、私を大切にしてくれる優しい人もいるんですよ?」
シャンテルはこれまで支えてくれたニックを筆頭とした宮廷官僚や護衛騎士のカール、それから侍女たちを思い浮かべる。
「おめでたい頭をお持ちのようで」
呆れた言葉が降ってきて、抗議しようとしたシャンテルの唇をエドマンドの人差し指が押さえる。
「っ!?」
「シャンテル王女がその気になれば、ルベリオに残るにしてもやり方は幾らでもある」
そう呟いてエドマンドがシャンテルの唇から指を離す。
「どういう事です?」
「例えば、シャンテル王女が現国王を退けてこの国の王になる、とかね」
「え?」
お父様を退けて私が王に?
シャンテルは今まで考えすらしなかった。父が退位するか、天に召されるその日まで、シャンテルは父が国王であることを当たり前だと思っていたからだ。
エドマンドが真剣な眼差しをシャンテルに向ける。
「こんな国、一度ぶっ潰してしまえばいい。シャンテル王女、俺と手を組みませんか?」
“ぶっ潰す”という物騒な物言いが気になったが、シャンテルにはもっと気になった言葉があった。
「手を組む?」
「貴女が望むなら、女王になるために手を貸そう」
「なっ!?」
シャンテルは自分が王女になれるかどうか分からず、仮にそんな日が来るとしても、まだまだ先だと思っていた。
エドマンドがとんでもない提案を持ち掛けていることだけは分かる。だが、シャンテルが王女になることでエドマンドに利益があるとは思えなかった。恐らく彼の望みは、シャンテルがルベリオ王国の女王になったその先にあるのだろう。
「エドマンド皇子は見返りに何を要求されるのですか?」
シャンテルが緊張しながら尋ねると、エドマンドが再び口の端を持ち上げた。
「俺はシャンテル王女の婚約者に立候補しているんだ。ここまで言えば分かりますよね?」
……!! では、やはり!
そんな確信に近いモノがシャンテルの思考を横切る。
「……王配の座、ですか?」
緊張しながら尋ねると「そうだな……」と、呟きながらエドマンドが顎に手を当てて、考える素振りを見せた。そして、「少し違う」と答えが返ってくる。




