16 ジョアンヌへの興味
「ルベリオ王国第二王女、ジョアンヌでございます。我が国の王女はお姉様だけではございません。皆さま、わたくしとも交流して下さると嬉しいですわ」
ジョアンヌがカーテシーを披露する。だが、表情は固く、動きもきごちない。その指先は震えていて、優雅とは言えなかった。その理由はアルツールがいるからだろう。
「勿論です。ジョアンヌ王女」
「我々はジョアンヌ王女のことも知りたいと思っています」
「滞在期間中、よろしくお願いしますね」
ジョセフとセオ国の王子たちは、ジョアンヌに微笑みを向けた。その反応にジョアンヌがほっと胸を撫で下ろす。だがアルツールは違った。
「くだらん。お前に興味はない」
「っ!」
冷たい視線を向けられて、ジョアンヌは身体を強張らせた。彼女の後ろをついて来ていたマーティンは目を見開くと、感情を剥き出しにする。
「おい! いくらギルシア王国の王太子殿下でもジョアンヌ様に対して無礼ですよ!?」
「そういうお前も、貴族令息の分際で他国の王族に口の聞き方がなっていないな? 無礼はどちらだ?」
「なっ! なんだと!?」
アルツールに指摘されたマーティンが顔を赤くする。
「私の家はルベリオ王国の公爵家で! 王族の血も引いています!!」
「くだらん。キャンキャン吠える犬だな」
「お前っ! もう一度言ってみろ!!」
挑発されて頭に血が昇ったマーティンは、アルツールに掴みかかる勢いで詰め寄った。
「マーティン様! 我が国のお客様に対して、それ以上の発言はお止めください」
すかさずシャンテルは声を張り上げる。このままでは争いが起きてしまうことを危惧しての事だった。そして、彼は他国の王族に対して乱暴な言葉を吐いてしまった。状況的にどう考えてもルベリオ王国が不利な状況にあるため、何かあってからでは遅いのだ。
「ジョアンヌ様だけでなく、我が公爵家まで馬鹿にされたのです! シャンテル様は口を挟まないで頂きたい!!」
マーティンがシャンテルを睨み付けた。だが、それにエドマンドの冷静な声が問いかける。
「そうさせたのは、貴方だろう?」
「何を根拠に! 私は! ただジョアンヌ様と公爵家のために──」
「そうやって、アツくなるのは良くない。仮にも俺は国賓です。ジョアンヌ王女に迷惑をかけたくないのであれば、黙っていた方が賢明では?」
穏やかな声でエドマンドが諌めると、マーティンが言葉に詰まった。すると、拳を震わせているマーティンの手をジョアンヌがそっと握る。
「マーティン様、お気持ちは嬉しいですわ。幸い、エドマンド皇子はわたくしに興味を示して、良くしてくださっています。宝石をプレゼントすると約束もしてくださいました。わたくしは平気ですわ」
にこりと微笑むジョアンヌにマーティンの表情が和らいでいく。だが、そんな彼女にエドマンドは追い討ちをかけるように続ける。
「ジョアンヌ王女、悪いが俺も貴女へ興味がなくなった」
それを聞いて「え?」と、ジョアンヌが動揺から瞳を揺らす。
「っ、……それはどういうことです?」
「嘘で自身を悲劇のヒロインに仕立て上げる女性は、その器が知れている」
そう告げたエドマンドの声は低く、それまでとは声のトーンも表情も違っていた。
「ですが、約束は約束です。貴方の望む宝石は使用人を通して贈らせましょう」
ジョアンヌが再び顔を真っ赤にする。一度ならず、二度もバカにされた挙げ句、大勢の貴族たちの前で恥をかかされたからだ。
「エドマンド皇子のお言葉、どういう意味かしら?」
「嘘って何のこと?」
「悲劇のヒロインも何も、ジョアンヌ様はシャンテル様からひどい仕打ちを受けたと、泣いていらっしゃいましたのに」
周囲から困惑にも似た声が囁かれる。
それにしても……と、シャンテルは未だに離してくれないデリア帝国の第二王子を見上げる。
夜会でアルツールと対峙した辺りから、エドマンドの声のトーンや雰囲気が何度か変わった気がしていた。特に、今のジョアンヌとのやり取りではそれが顕著に現れていた。それを目の当たりにして、シャンテルは初めてエドマンドに会った時から感じていた胡散臭い笑顔の違和感が、無くなっていくのを感じた。
これがエドマンド皇子の本性ということ?
シャンテルの視線に気付いたエドマンドが彼女の顔を覗き込む。
「何か?」
「っ、それはこちらのセリフです。そろそろ離してくださいます?」
シャンテルは綺麗な顔のエドマンドを怯まずに見つめ続ける。
「……ま、いいでしょう」
その言葉と共にようやくシャンテルは開放された。ホッと息をついてエドマンドから離れる。
「シャンテル様」
呼ばれた方を見ると、カールが気遣う視線を向けていた。
「ありがとう。もう大丈夫よ。貴方は持ち場に戻って」
頷いたカールは主人の言い付けを遂行すべく、再びその場を離れていく。
「シャンテル」
またシャンテルを呼ぶ声。それも呼び捨てだ。そんな呼び方をする人物は限られている。
「アルツール王太子殿下、何でしょう?」
「俺の妻になる件だが──」
アルツールが言いかけると、エドマンドが「おっと」とシャンテルの前に出て、彼の言葉を止める。
「その件は、ロルフ王子の提案で保留になった筈です」
二人は暫く無言で視線を交えた。すると、痺れを切らしたアルツールが「ちっ」と舌打ちする。
「兎に角、だ。シャンテルには他にも話かしたいことがある。後日、改めて時間をくれ」
「分かりました」
シャンテルが頷くのを確認したアルツールはエドマンドを一瞥すると、その場を離れていく。ジョアンヌとマーティンも罰が悪そうに表情を歪ませて、背を向けて去っていった。
一連の様子を窺っていた貴族たちは、いつの間にかその数を減らしていた。それでも、一部の貴族たちは未だにシャンテルやエドマンド、それからジョアンヌをチラチラと好奇の眼差しで見ている。
その時、ワッと会場内から歓声が起こる。
騒ぎの中心に目を向けると、国王とバーバラが会場入りしたところだった。正面扉から入場した二人は真っ直ぐ歩き、階段を登ってそれぞれ玉座に座る。
夜会の挨拶が始まろうとしていた。




