15 シャンテルを巡る婚約争い
「気に入った、だと?」
アルツールが険しい表情で問い返す。
「はい。彼女は実に魅力的です。華奢な体で王国の第二騎士団団長を努めている。騎士たちの訓練を眺めているだけのジョアンヌ王女と違い、自ら剣を取り鍛錬されています。そこが気に入りました」
エドマンドがジョアンヌに視線だけを送る。話が聞こえていたらしいジョアンヌは、馬鹿にされたと分かって怒りの感情で顔を赤くしていた。
「気に入ったとは、具体的にどう気に入ったのだ?」
「はははっ、野暮なことを。ギルシアの王太子もこの夜会の目的を知っていますよね?」
「……つまり、貴殿はシャンテルに婚約を申し入れると?」
アルツールの問い掛けに「その通りです」と、エドマンドが頷く。瞬間、周囲にどよめきが走って誰もが驚いていた。勿論、シャンテルも例外ではない。
「こ、ん……やく?」
デリア帝国の第二皇子が? 私に?
シャンテルが鈍くなった思考で言葉の意味を考えていると、アルツールが「はははっ!」と笑う。
「それは無理だな。何しろシャンテルは俺の妻になるのだから」
その発言で周囲は更にざわめきを増した。
「どう言うことだ!?」
「王家は内々に、ギルシア王国の王太子とシャンテル王女の婚姻話を進めていたのか!?」
周囲の疑問に答える声はない。
シャンテルはポカンと開いた口が塞がらなかった。まさかこの場で、エドマンドがその話を持ち出すとは思わなかったのだ。
婚約だ、妻だと言われて、シャンテルは何が何だか分からなくなる。思わずエドマンドの腕の中でこめかみを押さえた。それから混乱した状況を整理しようと言葉を発する。
「ええと、アルツール王太子殿下。その件はお断りした筈ですが?」
「──だそうですが?」
シャンテルの言葉にエドマンドが付け足した。
「言っただろう。俺はお前と一緒でなければギルシア王国に帰らないと」
「言い分は分かりましたが、決定事項のように発言して場を混乱させるのはお止めください」
シャンテルがそう返すと、アルツールはエドマンドの腕の中にいるシャンテルに手を差し出す。
「では、もう一度言おう。シャンテル、お前を迎えに来た。ギルシアに来い。お前を俺の正妃にしてやる」
「……」
「ギルシアでは既に話が纏まっているんだ。おばあ様も孫娘が搾取され、傷付いているのをこれ以上、放ってはおけないと心配している」
アルツールの言葉に「搾取? 何の話だ?」と今度は困惑の声が周囲で囁かれた。
「ルベリオ王国は国のために尽くすお前を蔑んでいる。迷う必要はない。そうだろう?」
「っ、そんなこと……」
無いわけじゃない。
現にシャンテルは国王の書類公務を一部肩代わりしている。そして、第二騎士団団長としても務めを果たしている。それから、二年前の日照りや干ばつの対策以外にもシャンテルが主体となって対応した案件は沢山ある。だから、シャンテルも頭では分かっている。
だけど……
「急に言われても、……困ります」
そう呟いて俯く。そして何となく察しが付いた。
ギルシア王国が今まで国境付近でルベリオ王国と小競り合いを起こしても、第二騎士団が到着して間もなく撤退していたのは、ギルシア王国に使者を送って抗議したからではない。
シャンテルが現地に現れるからだ。
だとしたら、シャンテルがアルツールの提案を受け入れてギルシア王国へ渡れば、たちまちこの国はギルシア王国に攻撃を受ける可能性がある。
……駄目だわ。そんなの。ルベリオ王国の国民が傷付いてしまう。
「アルツール王太子はシャンテル王女に振られましたね」
「何を言う。困ると言われただけで、断られていない」
「未練たらしい男だ」
ふっとエドマンドが笑う。
「では、今度は俺の番ですね?」
そう言うと、エドマンドが俯いているシャンテルの顎を手で掬った。
「っ!?」
シャンテルは抱き締められたまま強制的に上向かされたことで、エドマンドと視線が交わる。彼のアメジストの瞳に戸惑うシャンテルの顔が映り込んでいた。
何を言われるだろうと、シャンテルは身構えた時、「お待ち下さい」と声がして、付近にいた人々の視線が声の方に注がれた。
声の主はそれまで様子を窺っていたセオ国のロルフだった。ホルストと共に渦中であるシャンテルの元へ歩いてくる。
「お取り込み中、申し訳ありません」
「ですが、デリア帝国とギルシア王国に抜け駆けされては困ります」
ロルフの後にホルストがそう続けると、二人はエメラルドの瞳をエドマンドとアルツールに向ける。
「我々セオ国もシャンテル王女と仲良くなりたいと願っています。そのために、ルベリオ王国まで来たのです」
肩のところで切り揃えられた金髪を揺らして、ロルフ王子が一礼すると、ホルスト王子もそれに続いた。
「ジョセフ公子もそうですよね?」
顔を上げたホルストが、ジョセフに問い掛ける。それまでエドマンドとアルツールのやり取りに呆気に取られていたジョセフは慌てて頷いた。
「は、はい! 仰る通りです」
「そういう訳ですので、お二人だけで話を進めないで頂きたい」
ロルフとホルストが力強い眼差しで訴え掛けると、アルツールが不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「と言うとなにか? お前たちもシャンテルに婚約を申し込みたいと?」
「最終的にそうなりますね」
ロルフが言葉を濁して答える。
「我々はこの夜会をきっかけに、今よりもシャンテル王女を知ることと、シャンテル王女に我々を知っていただくことを目標にしていました。ここにいる各国の皆さんもそれぞれ事情は違えど、大きな点でいえば、同じ目的をお持ちとお見受けしました」
ホルストが隣のロルフを見る。そして、二人は示し合わせるように頷くと、ロルフが口を開いた。
「そこで提案です。この中で誰がいち早くシャンテル王女の心を掴めるか競うのはどうでしょう?」
「なんだそれは。まどろっこしい」
アルツールがロルフの提案を蹴る。だが、エドマンドは違った。
「なるほど。勝負ですか。面白そうですし、いいですよ」
「おい、俺は同意していない」
「おや? アルツール王太子は自信がないと? では、この件から降りるということで宜しいですか?」
エドマンドの挑発に「誰が降りると言った? 勝手に決めるな」とアルツールが苛立ちのままに言葉を放った。
シャンテルの意志を無視したまま、各国の王族たちは話を進めていく。その間、シャンテルは混乱した頭でセオ国の王子たちの提案を整理していた。
つまり、彼らと交流を深めて、その中から“私が選んだ殿方と婚約する”という認識で合っているかしら? これは決定事項? 私には参加するか選ぶ権利もないの? そもそも、私とジョアンヌのどちらが次の王になるか決まってすらいない。それなのに、彼らは何故私に拘るの?
シャンテルがぐるぐる考えていると、こちらに歩み寄るヒールの音が聞こえてくる。
「皆さま、ご歓談中失礼しますわ」
そう声をかけてきたのはジョアンヌだった。




