12 夜会の慌ただしい身支度
夜会当日。王城の中は何処に行っても夜会の準備で大忙しだった。
午前中、手短に騎士団の訓練を行なったシャンテルは、訓練終わりに騎士たちと夜会警護の最終確認と指示を行って解散した。その後、急いで湯浴みを行い、夜会の準備に取り掛かる。
シャンテル付きの侍女は全員で三人だ。その中でも、サリーはシャンテルが幼い頃から仕えている。
シャンテルの侍女が少ない理由は、ギルシアの血を引く王女に使えたい人間が少なかったこともあるが、それだけではない。
現在、王宮で働く人々はバーバラとジョアンヌ付きの侍女を除いて、シャンテルが王女として頑張っていることを理解している。
彼らは噂に惑わされなかった。何故なら城の中で騎士団の訓練をしながら誰よりも公務に励むシャンテルを目撃しているからだ。
シャンテル本人は気付いていないが、今では使用人の家族を中心にシャンテルに対する見方がじわじわと変化しつつある。
そのため、少なからずシャンテル付きの侍女を希望する者もいた。だが、ここ数年はそれもすっかりなくなった。何故ならシャンテル付きの侍女を希望すると、バーバラが解雇してしまうからだ。
王宮で働きたければ、シャンテルに不用意に近付いてはいけない。
いつの間にか、そんな暗黙の了解が生まれていた。
侍女たちに手伝ってもらいながら、シャンテルはエドマンドとお茶をした日よりも華やかなドレスへ着替えていく。それが終わると今度は化粧とヘアセットだ。その間、シャンテルは書類の山と対峙する。
数日前のエドマンドとのお茶会と、その後のロマーフ公との歓談で、シャンテルは思うように公務の時間が取れなかった。それでも自身に割り振られた分は終わらせたが、国王の書類が一部溜まってしまったのだ。
「姫様、顔を上げて下さい」
サリーの言葉でシャンテルは書類から顔を上げる。目の前の鏡に映る自分の姿は、書類に目を通す前とみちがえる程変化していた。
シャンテルが顔を上げているうちに、侍女たちは急いで手を動かす。
「こんな日まで姫様が書類仕事をしなければならないなんて」
サリーの呟きに「別にいいのよ」とシャンテルは答える。だって、お父様に任せたところで片付かないんだもの。と心の中で付け足した。
「保留になさる書類も随分あるのですね」
サリーが仕分けられた書類の山をちらりと、捉えて口にした。
「えぇ。迂闊に進めると貴族間の派閥の溝を深める恐れがある案件や内容が不十分な案件を振り分けているわ。あとは、お父様が嫌がりそうな内容も保留にしているわね」
“保留”としているが、保留行きの書類が採用されることは滅多にない。国王が目を通して、気に入ったものは稀に承認される。だが、殆どはこのまま非承認になる予定だ。
「今日の夜会、姫様にとっていい出会いがあると良いですね」
「いい出会い、ね……」
呟いて、シャンテルは今日の参加者を頭に浮かべる。
まず、ギルシア王国のアルツール。シャンテルの従兄で、ハムデアミ公爵家の夜会でシャンテルをギルシア王国へ連れて帰ると宣言した男だ。しかも帰りの馬車で、『お前を俺の正妃にしてやる』とまで言ってきた。出来れば関わりたくない相手である。
まぁ、全く関わらないのは無理だけれど。それでも極力避けたいわね。
次にデリア帝国からは、先日会った第二皇子のエドマンドだ。彼は何を考えているのか分からない。お茶の席で分かったことといえば、剣術好きということと、ルベリオ王国騎士団に興味を示していることだ。
胡散臭い笑顔の裏に、どんな顔を隠しているのか謎が多い人物でもある。それに、シャンテルは彼の話し方に違和感を感じていた。
一応、“花嫁を探している”と言っていたことを考慮すると、王配の座を手に入れるため、シャンテルかジョアンヌ、もしくは両方に接触してくる筈だ。兎にも角にも、こちらも要注意人物である。
そして、ロマーフ公国の公子ジョセフ。ルベリオ王国からの独立国であり、同盟国の彼はそこまで警戒しなくても良さそうに思える。
だが、公爵の売り込み具合からして、シャンテルかジョアンヌのどちらかをジョセフの花嫁にと望んでいることは明らかだ。それでも、ギルシア王国とデリア帝国ほど警戒するような国ではないだろう。
最後に到着したセオ国からは、第一王子のロルフと第二王子のホルストだ。彼らは三日前に到着したばかりのため、今回はまだ顔を合わせてない。だが、王子たちとは過去に外交の場でシャンテルも何度か会ったことがあった。
セオ王国はルベリオ王国とは中立を保っている。もし、ロルフかホルストを王配として迎えることになれば、ルベリオ王国とセオ国は同盟を結び、友好を築くことだろう。
国賓の中では、ロマーフ公国とセオ国がまだ安心して会話出来そうね。とシャンテルは考えていた。
兎にも角にも、要注意はギルシア王国とデリア帝国だ。もしもシャンテルかジョアンヌが将来の花婿を選ぶとしたら、同盟国のロマーフ公国の公子か、新たに同盟も組めてあまり問題が起こらなさそうなセオ国の王子が一番の優良物件だろう。
今日はシャンテルにとって得意ではない夜会という社交の場だが、ルベリオ王国のためだ。
よし! と気合いを入れる。
四ヶ国の王族と失礼の無いように接しながら、ロマーフ公国の公子とセオ国の王子と友好を築きましょう。
シャンテルは決意を固めた。




