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紙吹雪の舞う夜に  作者: 暴走紅茶
第五章 続きのハジマリ

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3話 百目鬼隼人のルーティーン再び

 夏休みに修行を積み、新たな技を覚え、大きくスキルアップをしたとしても、身体に染みついた習性は消える気配も無く、むしろ更なるプレッシャーとしてそれを助長させる。()(づる)(りょう)()がどれだけスキルアップしたのか、自分がどれだけ強くなったのか、自分があとどのくらい伸び代を残せているのか、その(いず)れもまだまだ判断材料が足りない。様々な材料不足に、憶測が頭の中を(じゅう)(おう)()(じん)に飛び交い、不安を引っ張り出しては見せつけるように提示してくる。

 そんな気分を紛らわせてくれるのは、ただ修行中だけだった。仕事中は何だか、ソワソワと落ち着かなく、ついつい2人に注視して、自分への不安感が募る。


 だからそう、今となっても結局、百目鬼隼人の朝は早いのだった。


 早朝5時。6時にセットした目覚まし時計より、1時間も早く起きると、修行着に着替えて、道場内の風呂場に向かう。

 男湯の引き戸を開けて脱衣所に入ると、既に起きて歯を磨いている者や、朝風呂を浴びている者があった。

「おはよう」

 誰にと無く、一言そう言葉を投げておく。洗面所に居た門下生が百目鬼の存在に気づき、モゴモゴ言いながらお辞儀で返した。

 身支度を調えると、道場のフロアに出る。9月に入ったとはいえども、まだまだ夏は終わってくれない。夜の内にため込んだ熱気が、ムンと立ちこめている。

 中央の(とこ)()に掲げられた千羽の家紋に一礼をすると、端に移動して床に寝そべり、自重での筋肉トレーニングから始める。呼吸を止めずに、筋肉の収縮を意識して動かす。筋肉を付けるというよりも、身体を温めるアップとしてのトレーニングだった。柔軟体操まで済ますと、道場の外周を軽く走る。

 身体が温まった所で庭に出ると、黒い丸の書かれた晒しが様々な高さにいくつか巻いてある丸太に向かい、正拳突き100本・蹴り技100本を打ち込む。突く時も、蹴る時も、妖の弱所を狙うイメージを忘れずに、的である黒丸から外れる事なく、正確に技を決められるように、しっかりと意識する。

 それの次は、木人と組み手のイメージトレーニングを行い、器具を使った筋肉トレーニングをこなしていく。主に最初の1時間はこうした身体作りの見直しを行っていた。

 午前6時、朝のトレーニングも後半に入ると、以前と同じく道場の屋根へ登る。そこで先ずは、千里眼を行使する。もう腕に包帯を巻かなくてよくなった彼は、上の着物をはだけさせると、腕に(よう)()を集め、開眼する。

「……(せん)()(がん)

 辺りの風景が脳にドバッと流れ込む。それを精査し、必要な情報だけを取捨選択していく。鳥になった気分で、千羽の屋敷を、町内を見渡す。やはりこれも以前より精度が上がっている。だが、視る感覚を確認すると、直ぐに術を解いた。その術はもう彼にとってアップでしか無い、出来て当然の事となっていた。

「よし、じゃあ、本番。(よう)(じゅつ)……(ばん)()(がん)

 全身隈無く妖力を巡らせ、足の先から頭の天辺まで全ての眼を開く。

 今まで腕の眼を開く際は、その感覚をよりハッキリと掴むために、また腕の包帯を解くために腕を露出させていたが、万里眼の場合だと全身に眼が開く。その為に真っ裸になる訳にもいかず、また包帯も巻いていない為、服装にこだわること無く上裸のままで開眼する。

 と、同時に膝の上に載せたスマフォのストップウォッチをスタートした。

 戦闘時、アドレナリンがドバドバ出ていれば別だが、こうして改まって万里眼を使うと、どうしても10分以上の継続が難しかった。戦闘時に使えるなら問題無いという考えもあるが、彼にとっては常態的に継続させられるようにならないと、戦闘下での細かいコントロールなど無理という考えの下、この修行をしていた。

「はぁ……はぁ……」

 ただ座って、ただ妖力を一定に保っているだけだと言うのにも関わらず、玉のような汗が噴き出る。

「集中……」

 焦点の当て方、見える範囲の拡大に意識を置き、術を継続させていく。今日は屋敷の老朽化を視ていた。

「柱……ひび、入って、る、ところ、あるな……。窓枠、曲がって、る……」

 人としての目を閉じ、妖の眼で視る。

「……はぁっ……ああっ。もう、むり……」

 全身の眼を閉じると、仰向けに倒れ込む。

「はぁ……はぁっ……」

 荒い呼吸を整えつつ、起き上がる。組んだ足の上にズレ落ちたスマフォを手探りで掴み、顔の前に持ってくると、10分20秒を表示していた。

「ああ、クソッ。昨日、から、2秒、伸びた、だけ、か」

 気が抜けたのか、ダラッと両手足を大の字に広げる。

「まだまだ、だな……」

 独りごちてみてから、足の反動で起き上がると屋根から降りた。

 落ち込んでいる場合じゃ無いと、自分の顔を叩いて気合いを入れ、道場へ戻り、組み手の相手を探す。

 丁度手足に入れ墨のある武闘系呪術師の門下生が休憩をしていたので、相手を頼むことにした。彼は今度の試験に合格すれば、免許皆伝となり千羽を去る予定だった。こうして組み手をするのも、無事に進めば、あと何回かと指を折ると、どこか寂しい気も湧いてくるが、彼の門出はちゃんと祝ってやりたいと、心から思っていた。

「最初、から、本気、出す、よ」

「勿論。よろしくお願いします!」

「うん。よろしく」

 両者構え、ほぼ同時に床を蹴った。

 万里眼を使用中の百目鬼には、彼がこれからどう動こうとしているのか、その予定が手に取るように分かった。以前はたまたま聞こえる心の声に反応するという、なんとも博打のような手法があったが、今は違う。心の声はここ最近全く聞こえなくなったが、それよりも確実な術を手に入れた。

 足のステップで、全ての予定を躱すと、下腹部と肩に一撃ずつ軽めのジャブを入れた。

「流石っ」

 相手が数手先を読むのなら、読めないくらい手数を増やそうと、門下生は一気にラッシュを掛けてきた。

「遅い」

 百目鬼は一言呟くと、打ち出された両拳を掴んだ。暫くそのまま力を拮抗させ、硬直していたが、弾けるように両者距離を取ると、再びぶつかる。

「あっ……」

 数回攻防が行き来した後、百目鬼の力にリミットが訪れた。先ほど屋根で行った修行が裏目に出たようで、腕以外の眼がすぅぅぅぅうっと閉じていった。

「隙あり!」

 それを見逃す程、千羽の門下生は愚鈍でない。

 これではもう、異常な程の先読みは出来ないだろうと、再びラッシュを掛ける。

「隙、無し!」

 対して百目鬼は、千里眼で読めるだけの先を読み、あとは長年の勘と経験を元に攻撃を躱し、こちらからも攻撃を繰り出す。両者拳と拳の猛攻。受け、受け流し、避けて、躱して、殴り、掌底、拳槌……。

「足、疎か」

 そんな折、百目鬼がさっと門下生の軸足をなぎ払った。急にバランスを崩された彼は、受け身を取る間もなく、仰向けに倒れる。そこへ素早い、喉仏への突き……が寸止めされた。

「攻撃に、集中、大事、だけど、他が、疎か、だめ」

「はい……」

 百目鬼が右手を差し出し、それを掴んで立ち上がらせると、キュッと握手をした。

「ありがとう」「ありがとうございました」

 組み手後の礼をすると、門下生がそのまま話しかけてくる。

「百目鬼さん、強くなりすぎですよ」

「そう……?」

「はい。何ですか? あの全部避けるヤツ」

「新技」

「どうやってるんですか?」

「血管、骨、筋肉、霊力、呪力、とかを視て、予備動作の、予備動作の、先を、読んで、る」

「マジすか、もう敵いっこないじゃないですか~」

「そんな、こと、ない。まだまだ」

 そう言う百目鬼を見て、門下生はじ~~んと痺れ、憧れの眼差しで彼を捉えると、

「またお願いします!」

 大きな声でそう言ったのだった。


 7時45分。修行後のシャワーを済ませて、朝食をとると、制服に着替える。包帯が無くなり、ワイシャツの生地感が直接肌に触れる。

「ヒヤッと、(すれ)る、感じ、慣れない、な」

 今までとは違う感触にも、きっと直ぐ慣れるだろう。

 覚えた力も、修行だけで使って、無意味だったなって思って。

 いつかそれが日常になって、いつまでも平穏で……。

 青く、深く晴れ渡った空の下、百目鬼隼人はそう願うばかりだった。


どうも、暴走紅茶です。

今週もお読み頂きありがとうございます。

毎週毎週読んでくださるアナタと、たまにふらっと読みに来てくださるアナタと、今日たまたま最新話だけ読みに来ちゃったアナタと、色んな読者様のお陰で毎週投稿頑張れています。

これからもどうぞよろしく。

来週もお楽しみに。

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