28 異界の来客~我儘な客人その1
この日は朝から台所は大忙しであった。
陽も朝の部屋点検を終えると台所に向かい、調理をする竈の付喪神お玖の手伝いに回る。
今日は毎年宿泊する帝国貴族の接待日。
ウツワノとの取引も多い古参の常連客であり、貴族の立場から屋敷との良縁を繋ぐ案内人でもある。
特に日本料理と屋敷を愛しており、毎年特別に宿屋のようにもてなす行事を楽しみにしている。
焔は客室の用意を、白うねりは玄関と廊下の掃除に、通は風呂場の用意とそれぞれ忙しく働いており、他の付喪神も楽しそうにそれらを手伝ったりしていた。
ウツワノも常連客となれば無視する訳にもいかず、かといって手伝う事もないので気持ち早起きして身だしなみを整える以外はやることもなく、エリアスとのんびり過ごしていた。
「エリアスも客人扱いだから飯は一緒で構わないからな。帝国貴族だが、私的訪問の客人だ」
「帝国領で暴れた事と今回の訪問は無関係なの?」
「元々組まれてあった予定だからなあ。まあ、俺だと正体がばれてなけりゃあどうってこともねぇよ」
そうして待ち人は午後になって現れた。
帝国貴族ではあるが、付人も1人で荷物も最低限である。
ぱっと見ではガタイの良い金持ちの老紳士といった所だろうか。
立派な髭を口と顎に蓄え、程よく皺の刻まれた相貌に深い知性的な緑色の瞳が印象的である。
「お待ちしておりました。ブルーノ様」
「おぉ、今回はいつもと嗜好が違うな。しばらく厄介になるので宜しく頼むよ」
陽が板間にて正座で挨拶し出迎えると、本格的な高級旅館のようであり、帝国貴族ブルーノはさっそくにこやかな笑みで歓迎を喜んでいる。
しかし、いつもなら直ぐウツワノの待つ客間迄行く所であるが、ちらりと後ろを伺い苦笑いを浮かべている。
陽は初対面なのでそんな変化に気付かないのだが、遅れて入ってきた男の存在でもって、ブルーノ氏の態度に納得する。
「ふうん。特別な邸宅とは聞いてたけど、こんな古臭い家で大丈夫なのかな」
不躾な態度でやって来た不意の客人は、30代の男で金髪を緩く纏めたキザな見た目に、旅装束にしては貴族らしい派手な服装である。
「あー済まない。客人が1人増えてしまった事をまずウツワノにお詫びしないとな。案内してくれるかな?ええと……」
「はじめまして、陽と申します。屋敷の手伝いをさせて頂いております」
陽の自己紹介に素早く反応した男が、ブルーノの前に割り込み存在主張を始めた。
「へえー陽さんかあ。俺はブルーノの友人でクリスだ。
この屋敷には偏屈な主人と手伝いしか居ないと聞いていたけど、ご婦人が居たなんてね」
「最近来たものですから。さあお二人様どうぞ中へ。お付きの方はお荷物を部屋まで案内致します」
靴を脱いで貰いブルーノとクリスを客間へ招くと、案の定ウツワノが聞いていない客人の存在を見て途端に表情が曇る。
ブルーノは恐縮しきりで同情したくもなるが、問題はその客人の言動にもあった。
ブルーノが貴族にしては温和篤厚であるのに対し、友人だというクリスは如何にも鼻持ちならない貴族のような振舞いが目立つ。
無理矢理付いて来たというのも納得の傍若無人さなのだ。
それは二人の付人の持つ荷物からも伺える。
3泊4日にしてはクリスの荷物はやたらと多く、別室に荷物置き場を用意しないとならない有様で、付人が荷物番を兼ねてそこに寝泊まりする事になった程。
ブルーノの友人でなければ即刻追い出してやったのにと、ウツワノは相手にもしたくないようである。
更にクリスは何しに来たのかという言動が続く。
事もあろうに陽へやたらとちょっかいを出そうとする。
これにはエリアスも眉をしかめて、部屋に籠ろうと思っていたがさりげなく監視をするしかなくなった。
普段は襖で仕切られている客間奥を開け払い、大広間となった座敷部屋に絨毯を敷いて豪華なダイニングテーブルを設え、最奥には豪華絢爛な屏風が立てられている。
宴の夕食が開始されると、お座敷芸者が現れ舞と演奏が始まった。勿論全て屋敷の付喪神達である。
三味線と唄に太鼓と笛を披露する黒地の粋な着物姿の二人の姐さんに、舞担当の華やかな色柄長着を纏う二人の芸者。
更に珍しいのは幇間と呼ばれる男芸者で、司会進行に客の相手、更には語りに芸と何でも御座れの助っ人である。
彼は高座扇子の付喪神で、小道具に使う白地の扇子に宿っている。見目は三枚目の短髪優男でウツワノより少し年上の印象、羽織と着物姿だ。
「おい、そこの女達。傍に来て酌をしろよ」
二つ舞を披露した所でクリスの無粋な呼び声が掛るが、お姐さん達はそういう勘違いも慣れているのか、笑みは崩さずホホとしなを作って軽くかわす。
「おやまぁ色男の旦那、お座敷遊びは初めてですかい?
ならば続いては姐さん達とゲームを致しましょう」
そこへすかさず腰を低く歩み出た幇間の男が、クリスの手を引き舞の舞台まで連れてくると、お座敷遊びの定番“とらとら”というゼスチャーじゃんけんゲームへと卒なく誘う。
「ルールは簡単!まずは私が付き添いルールを何となく覚えて参りましょう!」
姐さんがあざとく虎のポーズでクリスを誘うと、鼻の下を伸ばしたクリスがいそいそとゲーム参加位置に着き、賑やかにドタバタと姐さん達を追いかけ始めた。
鮮やかな幇間の手腕にブルーノは目配せしてウツワノに詫びると、ウツワノは目線で確認し拍手で幇間を讃えた。
「ブルーノも次の遊びに混じろう、なあ!」
「ようございます~」
きゃっきゃとはしゃぐ姐さんに手を引かれ、ブルーノもまた座敷遊びの輪に入る。
ウツワノは幇間に任せ、客人達が楽しむ様子を肴に酒を飲み宴に興じた。
こうして初日は過ぎていったのだが、この招かざる客人は何かやらかしそうで不安が残った。
翌日朝食を済ませた後、ブルーノはウツワノと帝国の政情についてなどの雑談を書斎で行うと言って早々に部屋に引っ込むと、長い事その日は二人で積もる話をしていた。
「ウツワノ、最近帝国領で起こっている物騒な動きを知っているか」
「魔物が暴れてる話は小耳に挟んだが」
「他にも焦臭い話があってな。何やら意識的に騒ぎを起こす者の存在があるようなのだ」
「戦争でもけしかけたいのかねえ」
「まだ現時点では分からん。ただ、帝国の癌である犯罪組織が動きを見せているので物騒になってくるだろう」
「王国側は呑気にしてるから問題ないと思うがな」
書斎中央の椅子とテーブルに向き合い座る二人は、緑茶と菓子を楽しみにながら物騒な話題について語り合う。
ブルーノはウツワノに探りを入れている気配もあるが、政治家ではないウツワノに大きな情報は持っていない。
「犯罪組織が煽りたいのは魔界の貴族だ」
「それは確実な話か?」
「今のところ魔界全体に影響はないが、魔界に住む強大な魔物が暴れたら帝国としても兵を出す事になるだろうな」
「魔界の魔物で強い奴は馬鹿じゃあない。そんな小細工に乗るとは思えないな」
魔族や魔物の情報はかつての英雄等が伝えた内容が多く、魔界領土に好んで移住する人間は少数なのもあり、正確な情報は伝わりにくい環境である。
魔族は領土を犯さない限りは人間社会に無関心であり、その気になれば人間を滅ぼせる力を持つが、文明発達の為に静観しているような立場である。
かつて人間を滅ぼしかけた時に学んだとかで、今は共生の道を選んで発展の恩恵を楽しんでいる。
それに人間のあらゆる欲望は魔族の維持に必要である為、密かに人間社会に混じっている魔族も居たりする。
「まだまだ人間と魔族の間には恐怖と差別が強く残っている。帝国王は和平の為末席の王女を迎えてはいるが、彼女もどうだろうかな」
「魔族の動きねえ。頑張って魔界に人間を派遣するしかねえなぁ」
これ以上ウツワノに絡むと怒りを買うかと、ブルーノは肩を落として緑茶を啜る。
本音ではウツワノ自身か知り合いに、魔界の調査を頼みたい所であったのだが。
「直接手伝いは出来ないが、魔除けの品でも渡しておこうか。あんまり深入りすると魔族に狙われないとも限らないし」
ウツワノはそう言って立ち上がると、書斎机の引き出しを開けて品物を取り出しブルーノの前に置いた。
ブルーノは訝しみつつテーブルに置かれた品を手に取ると、まじまじと観察する。
「これは?」
「魔除けだ。1回きりだがお前さんの事を守ってくれる」
「ふむ、幾らかな?」
「野暮な事言うなよ。友人を心配しての心付だ」
「ではありがたく頂戴するぞ」
ウツワノも墓穴は掘りたくないので、これ以上魔界の話を広げる気もなく、やがて互いに開拓時代の苦労話へと話題は移り、郷愁漂う老人のような二人のやり取りは続けられていったのであった。




