27 異界の交霊術~隠れ鬼~
比較的治安の良い王国領の田舎街。
娯楽の少ない若者達の間で、密かな儀式が流行っていた。
肝だめしと交霊術を合体させたオリジナルの儀式は、夜家を抜け出して廃墟となっている古い教会に集まる所から始まっている。
今日も刺激を求める若者が噂を聞いて儀式に挑戦しようと教会にやって来た。
この儀式のせいで、精神的におかしくなったとか何かが取り憑いて寝込んでしまったとか、怖がらせるような噂が絶えない。
まぁでも死んだ者はいないようだから、きっと何も起こらない事の方が多いはず……教会の扉を開けた少年テリーは暢気に考えていた。
屋根が崩れ落ち、瓦礫が床に山積みとなる礼拝所の祭壇には、噂の儀式に使われた使用済みの蝋燭やナイフが突き刺さっていたりして、雰囲気はこれだけでも充分である。
祭壇手前の床には誰かが怖がらせる為に描いた魔方陣のような落書きがあり、悪趣味な嫌がらせはセンスを疑う。
最近はガラの悪い青年が立ち入る噂もあり、儀式に必要ない酒瓶が無数に転がっている。
「うへぇ。儀式で現れる悪霊より不良の方がよっぽど怖いや」
慎重に祭壇まで歩むテリーは溜まり場となりそうなゴミを見ながら独り呟く。
儀式に人数制限はないが、テリーの両親は厳しい事で有名なので、誰も彼を誘ったりはしない。
さて、手順通りに始めようかと祭壇に向き合った所で、出入口とは別の裏口側からやって来たらしい少年が、こちらへ駆け寄ってきた。
「テリーか。よくこんな夜に抜け出せたな」
「勿論両親には内緒さ。僕だって噂の仲間に入りたいからね」
「俺はこの遊びは2回目だな。前回は人数が多くて全然怖くなかったからさ」
「必要な道具は持ってきたか?」
「ロイこそ人を当てにして手ぶらに見えるけど」
「俺は説明係!ほら早くやろうぜ」
時間が惜しいと急かされながら、テリーは用意してきた呪文と絵が書かれた紙を広げ、祭壇に置かれた石で四隅を固定する。
魔法の媒体に使う鉱石を削った粉を紙の中央に置き、祭壇に刺さったナイフを抜いて参加者全員で柄に触れて交霊の呪文を3回唱える。
ナイフをはい・いいえと絵が複数書かれた紙の上に置き、柄に指を添えて勝手にナイフがくるくる方位磁石のように回るのを待つ。
ナイフの柄から指を離さなければ良いだけなので、他愛ないお喋りで時間を潰しながらナイフが回るのを待っていたが、やはり動く気配は感じられない。
失敗かと諦めていたその時、二人同時に地面が揺れるのを感じて地震かと祭壇下にしゃがみこむ。
二人で暫く揺れが収まるまで耐えていると、ようやく立ち上がって祭壇から辺りを見回した。
しかしそこは先程までいた廃墟の教会礼拝所ではなく、黒い木の床板に朱色の毒々しい壁、見慣れぬ木の引戸に破れた障子(勿論彼らは障子を見たことはないが)といった、見慣れぬ建材が使われた室内に居たのだ。
「これは夢?」
「交霊術成功したのか!」
二人は対称的な感想を述べると、自慢出来るだの帰りたいなどそれぞれ大きな独り言を続けていたが、みしりと床板を踏む音が遠くから聞こえると一目散に部屋にある木箱の陰に隠れた。
廊下に備え付けられた蝋燭の仄かな明かりを頼りに足音を探れば、部屋の引戸の隙間から長い黒髪を垂らした見慣れぬ花柄の衣装を纏う白い顔の面を付けた女のような姿が見えた。
息を飲んだ二人はそのまま仮面の女が通り過ぎるのを待ち、今のを見たかという表情で互いに顔を見合わせた。
「人が居るのか。どうする?話しかけるか?」
「えー。あんな怪しい人はヤバいよ。他にまともな人を探して帰る方法を教えて貰おう」
「よし」
積極的なロイと気弱なテリーの対称的なコンビは、体力も身長もあるロイ主導になることが多い。
こうして二人は迷路のような赤い壁と障子に囲まれた廊下をそろそろと進みつつ、障子や木の引戸を開けて何かないか確かめていく。
たまに見回りで仮面の女が歩く足音が聞こえると、急いで側の部屋に潜んでやり過ごす。
最初は多少ワクワクしていたのだが、目印の無い似たような障子の部屋と廊下に飽き飽きしてきた二人は、すっかり口数が減り精神的にも疲れはじめていた。
「暗すぎて訳がわかんねえ。今どこら辺かな」
「結構進んだと思うけど」
「やっぱりあの仮面の女しか、人は居ないのかな?」
「もう少し話し掛けるのは待ってみよう」
すると二人の耳に女の聞き慣れた足音とは違う、少し軽い足取りの音が聞こえてきて、再び緊張が走る。
すると、仮面の女は障子を開けたりはしなかったのだが、この足音の主はがらりと開けて二人の潜む部屋に入ってくるではないか。
「ねえ」
足音の主は二人と近い年齢のような声だったので、安心した二人は隠れていた物陰から姿を現してみると、そこには予想通り15歳程の少年が立っていた。
「君は?同じ交霊術でここに飛ばされた人?」
「交霊術?よく分からないけど、隠れて何してるの」
「廊下で仮面の女が彷徨いてるから隠れてんだよ。お前見なかったのか?」
「あぁ、怖くてはっきり見てないよ」
「運が良かったな!お前。あの仮面かなりヤバいからな」
「ふーん。それよりお前達これからどうするの」
「兎に角出口を見つけてここから脱出する」
「出口ぽいのは見つけたよ。案内しようか?」
「「 本当か!!」」
「でもここから先は見えない敵がいるから気を付けて進むよ」
「ああ……」
「頼む」
こうして現れた少年に従って、先程より慎重に幾つかの部屋を経由した後、今まで見たことのない部屋に到着する。
「うわっ気持ち悪いな」
部屋には一面大小様々な市松人形が飾られており、この景色を見ただけで悪夢に出そうな雰囲気である。
どことなく仮面の女に似ているのも余計に不気味さがあり、二人は身を寄せあって部屋に立ち尽くしていた。
「どれも高価な人形らしいよ」
「うへぇ」
好奇心旺盛なロイは市松人形に近付き眺めてみるが、どこが高価なのかさっぱり分からないと首を傾げた。
「交霊術には人形を使うやり方もあって、ここの人形は魂が籠められていると言われているよ」
「……やけに詳しいな」
「ここに隠れている時、仮面の女が人形と話してるのを聞いたんだ。
ほら見て。この押入に隠れていた時に見つけた秘密の扉。
この先が出口だよ」
「じゃあ行こう!早く帰りたいよ」
今にも押入に飛び込もうとするテリーを腕で制し、案内した少年からロイは一歩距離を取る。
「ちょっと待てテリー。こいつを信用していいのか?さっきから妙に詳しい話をしてくるし……」
「それは……でもここまで安全に移動出来たのは彼のお陰だし」
「どうするの?」
少年は怒るでもなく冷静に二人に質問を投げかける。
「見ろよ!この部屋は人形に目が行きがちだけど、他の部屋に無かったものがもう1つある!」
ロイが指差す先には人形に埋もれるように鏡が置かれていた。
「……よく気付いたね」
少年は目を細めて口元に薄い笑みを浮かべた。
「ほら見ろ!絶対こっちだって!」
喜んだのも束の間、部屋に近付くバタバタと駆け足の音が聞こえてきて、テリーは最初に教えられた押入に近い位置にいたので少年と共にそちらに隠れ、ロイは鏡の近くに居たのでそのまま鏡を両手で掴んで見つめ、早く早く!と慌てて足踏みして急かす。
仮面の女が部屋の襖を開けた所で、ロイはすっと姿が消えた。
仮面の女は部屋の中央まで歩み寄りゆっくり全体を見回して、時折身を乗り出したり首を傾げたりしていたが、やがて諦めたのか部屋を出ていった。
『ロイは!?ロイはどこ?』
小声で半分パニックになりながら、テリーは鏡と部屋を何度も見るが何処にもロイの姿は見えない。
「お前はどちらを選ぶ?」
落ち着き払った声で少年は淡々とテリーに訪ねた。
「僕は……僕は……」
テリーは散々迷った末に、最初に少年が教えた押入床にある隠し扉を選んで地下を降りて行った。
ごつごつした岩の壁に、低い天井にはコードが一本繋がっていて、所々にはだか電球が吊るされている。そんな狭い通路をひたすら道なりに進んでいくと、やがて開かれた洞窟のような空間に出た。
「嘘だろ。出口じゃなかったのか?」
恐怖で早歩きだったせいか息を荒げたまま、暗い洞窟に出た絶望感でテリーはがくりと膝をつく。
「ロイを信じるべきだったのか……」
洞窟の奥は水が溜まっているのか、天井から落ちた水滴がピチョーンと涼しげな音色を立てている。
打ちひしがれたテリーの視線の先、溜まった水が波紋を揺らした所で遠くからじゃぶじゃぶと水を掻き分けながら歩いてくる足音が聞こえてきて、いよいよ終わりだとテリーは硬直する。
「テリーか!?テリーだよな!」
「ロイ!?」
先に鏡を使って脱出したと思っていたロイが、洞窟の奥から現れてテリーはますます混乱する。
ロイは結構長い間洞窟をさ迷っていたのか、膝までびしょ濡れのズボンを歩きにくそうにしながら、陸地へ上がってテリーの側に寄る。
「すっかり騙されたよアイツに!鏡で飛ばされた先は洞窟だったんだからな!」
「僕は……押入の隠し扉から来たんだけど……」
「そっか。俺が消えたの見たら、びびってそっちの扉を選ぶよな」
「ごめんロイ。僕は置いて行かれたと思って」
「謝るのはこっちだって。咄嗟とは云え先に行って悪かったよ」
「ざあ~んねんだなぁ!友情を取り戻した所で悪いんだけど」
二人の背後には共通の敵と認識した先程の少年がいつの間に立っていて、そのまま二人と肩を抱き合うように両手を広げてがっしり掴むと、少年と思えぬ物凄い力で水溜まりへと引きずり込んでいく。
「「やめっ!がぼぼっ」」
二人は抵抗する間もなく思い切り水を飲み、石のように重たくなった少年と共に水の底へと沈められていく。
どんどん視界が暗く息が出来なくなり意識が途切れた一瞬。
再び大きく息を吸えた所で意識が戻ると、二人は廃墟の教会礼拝所の魔方陣落書きのある床の上で、馬鹿みたいに身体をばたつかせて目覚めた。
「はあっ!!」
「うわぁぁあ!!」
二人はがばりと上半身を起こし互いの身を確認しあうと、びっしょりと汗に濡れて光る顔を見て苦笑いする。
「今のは一体……あの少年は?」
「交霊術で呼び出した悪霊だアイツ!」
「あ……悪霊とかマジで……」
どちらともなく祭壇を見れば、くるくると回っていたナイフがそのまま勢いよく滑り落ちてきて、二人の側へと転がって来た。
「早く帰ろうぜ!」
「うん。あんまりここには居たくない」
互いに手を取り支え合うようにして立ち上がると、行きの時のような好奇心は消え去り、疲労困憊の体で二人は足取り重く帰宅の途に着くのであった。
「人間の猜疑心や恐怖心って甘美だよね」
「こんな面白い交霊術とやらを広めてくれたご主人様に感謝しないと」
誰もいない廃墟の教会礼拝所に、楽しげな謎の声が響いた。
後日二人は、この心霊体験を戒めとして皆にやるなと話したが、逆にもっと怖い体験をしたいと周りは盛り上がり、大人達が禁止するまでこの遊びは続けられたという。




