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25 魔界の森の勢力争い



 羅藍ルオラン帝国領末端の辺境にある街の酒場にて、最近起こった村を壊滅させた黒い龍の噂。


 ある者は魔族が召喚した龍だと言い、ある者は禁忌を犯した村人に対する太古の神による天罰だとして、冒険者の間でも討伐すべきか否かで議論される程の噂となっていた。


 しかし帝国側は噂に過ぎないと静観しており、正式な討伐依頼は出さないと発表した。

 それでも名を挙げたい者達の間では、密かに黒い龍の情報交換が行われており、それに伴い魔界の森での魔物狩りも活発になりつつあった。


 冒険者組合は、魔界の森での過剰な魔物狩りは怒りを買うと共に生態系を乱すとして警告通達しているが、欲深な冒険者の耳には届かない。


 面白くないのは魔界の森に住まう魔物達。

 特に縄張り意識の強い猛者達は、愚かにも踏み入ってきた人間を容赦なく倒していった。

 魔物は人間を倒し喰らう事で魔力が上がる。餌の方から飛び込んで来る分には魔族や人間の事情など知った事では無い。


 今日も哀れな冒険者の悲鳴が森から響いた。


 死体のお零れを相伴しようと、森の上空では鳥獣が群れを成して旋回している。


 森の獣王と呼ばれる6本足で銀色に輝く体毛を持つ獣は、血塗れの死体を引きちぎり咆哮を上げた。




 ――――――――――



「これで何枚目の嘆願書だろうな」


 帝国現王が痛む胃を押さえて嘆願書の束を無造作に机へ叩きつける。


「冒険者組合に出した通達は効果を発揮せず。組合の権威は失墜したという事なのでしょうか」

「めっ滅相も御座いません!ただ、王女様の威光により少々平和ボケと申しましょうか……魔物に対する恐怖が薄らいでいる一部の者も居るようで」

「無礼であるぞ組合長!」


 参謀室にて密会する者達の顔が一気に青褪める。

 皆が様子を伺うのは、勿論和平使者として帝国に滞在中の魔族の王女その人である。

 謁見の間での彼女はその美しい美貌に見合う慈愛の笑みを浮かべ、数々の貴族を虜にする魔性の女と名高い。


 しかしここは密会の場であり、プライベートな空間である。

 集まっているのは王と魔族の王女、帝国大臣に王女の執事と冒険者組合長のみであり、誰に遠慮する必要もない。

 魔族の王女は、慈愛の笑みも無く不機嫌な顔と態度でもって虫ケラを見るような見下しの眼でもって見渡す。


「私の方からもお兄様にお願いして、魔界の森入口数ヶ所に拠点を設けて貰ったの」

「仮の検問といった所だな」

「ええ。そこで装備を整えるなり休憩するなりして、人間に金を落として貰う寸法よ」

「一応魔物の説明はするつもりだけど、引き止めはしない。譲歩出来るのはここまでね。後は勝手に早死にすればいいわ」


「……だそうだ、組合長。すぐに冒険者組合で情報を共有し通達せよ」

「拠点の魔族に絡んだりする者は即刻成敗するから、そこもきちんとそちらで伝えておいてね」

「ご配慮感謝致します!では直ちに通達を」

「ご苦労。下がってよいぞ、組合長」

「はっ!」


 組合長は深々と一礼すると、大臣から内容が記された書類を渡されて部屋を後にした。


「慈悲深き王女に感謝を」

「うふふ……また私に虐められたいの?王様」


 魔族の王女にひざまづきそっと彼女の手を取った王は、自らの嗜虐嗜好に身を打ち震わせて荒い吐息を吐くのであった。




 魔族の王女の言う通り、魔界の森入口数ヶ所には早速拠点が設けられており、冒険者達は思わぬ足止めに苛立ちを募らせていた。

 しかし、屈強な魔族の兵士が立ちはだかる中、無理に突破すれば即処罰されると通達もあり、拠点は森へ入ろうとする者で長蛇の列となっていた。


「黒龍以外にも6本足の獣も暴れまわってるらしいな」

「ああ。命からがら逃げた奴が酒場で喚いてたのを見た」

「……どうせなら魔族の強い奴が退治してくんねぇかな」

「んだよそりゃ」

「俺らはその6本足の獣が炙り出したお零れでよくね?」

「あーなるほどな。そこそこの強さで金になる魔物なら有難いってな」

「アホか。だったら森に入るの止めとけ」


「おい!そこで何を揉めている!」


 列に並ぶ者達の愚痴から揉め事に変わろうとしたタイミングで、魔族の兵士が近寄り割って入った。


「いやぁ魔族に強い人物は居ないのかなーって話ですよ」

「……何ぃ?」

「かつて従えた魔獣に好き勝手されて悔しくないのかねとも」

「それを言うならいつまでも守られる側の人間はどうなのだ!」

「勝手に検問作ったのはそっちだろうがよお!」


 あっという間に列から魔族の兵士を囲む輪が出来、一触即発の様相となる。


 そこで森の奥から爆発音が響き、木が薙ぎ倒されたのか鈍い地響きが伝わってきた。


「誰だよ!?先に森に入ってる奴が居たのか!」


 そのまま一塊となった団体は兵士を先頭に森の入口付近から覗こうと群がり身構えるが、獣の悲鳴と草木がぶつかるバサバサ激しい音が聞こえるばかりで姿は確認出来ない。


 その頃森の奥で行われている戦闘に巻き込まれまいと、逃げ惑う非力な魔物と魔獣達は人間が立ち入る区画まで追いやられていた。

 一様に不安げで怨めしい眼で戦いの舞台になってしまった自分達の縄張りを見ている。


 非力ながらも魔物の怒りと怨念は膨らんでいき、魔界の森の瘴気と合わさると更に死んだ冒険者の無念も加わって、蠱毒の術が

不完全ながらも再現されていき、遂にあらゆる死体と血の染み込んだ土塊を固めて恐ろしい食屍鬼グールの姿となった


 皆の恨みを背負ったグールは、森の奥で戦う魔獣には目もくれず近くの拠点に群がる兵士と冒険者の元へ向かって走り出す。


 彼の通った後の草は枯れて腐敗し、人間に接触すれば体内から毒を放出して奇病を撒き散らす。


「おい!冒険者が戻ってきたぞ」

「止まれ!!」


 グールは()()()()の冒険者の装備を纏っていたので、森から帰還した人間と思われ接近した所を、鋭い爪と撒き散らす毒でもって倒していく。


「何だあいつは!!」


 気付いた魔族の兵士が槍で牽制するが、グールに力負けしてあっさり武器をへし折られ、戦力を削がれていく。


 魔族は毒に強い耐性を持っているので死にはしないが、見たことのない変異種食屍鬼(グール)に困惑を隠せずにいた。


 拠点は気が付けば瘴気と毒の霧が合わさり、辺り一面を紫色に染める。

 最早グール自ら爪を振り下ろす事なく、毒の霧で麻痺した冒険者達が地面に転がり苦しげに悶えていた。


 こうして魔界の森には新たに食屍鬼グールという脅威が加わった。

 この襲撃がきっかけとなり、魔族兵と帝国兵士による共同戦線が敷かれる事が決定し、簡単に森へ入ることはより一層難しくなる。


 それを喜んだのは魔界の森に住む魔獣と魔物達であり、グールを見掛けても傍に近寄らない代わりに時折加勢する事で共生に近い関係を維持した。




 目論見が外れ、余計に人員を割かねばならなくなった魔族の王女は、兄に呆れられ見捨てられやしないかと酷く落ち込んで人間不振となっていき、ますます陰で暴虐非道に振る舞うようになる。


「魔族は人間よりも遥かに規律を重んじる、選民意識の強い一族なのよ!人間の王など足元に及ばない!」

「これ以上一族の恥になる訳にはいかないというのに、使えない男!許さない!許さない!!」

「王女様、例え身内が見捨てたとしても、私だけは貴女様を永遠に……」

「反吐が出る!触るな!穢れる!」

「王女様……」


 王は殴られ蹴られても王女へと近付き、暴れる彼女の手を掴んでぎゅっと強く抱きしめた。


(幼き憐れな魔族の娘。永遠に我が鳥籠に閉じ込めてしまいたい)


 幼子を安心させるような愛の抱擁は、不安と苛立ちで泣き叫ぶ王女を包み込み、やがて大人しくなるまで抱き締め続けた。




「全く末妹はお飾りの顔以外、役に立たないな」


 異界の魔界領域に住まう魔族の高貴な第三王子の兄が、我儘な妹の為に派遣した拠点の兵士からの報告を受けて苦笑いを浮かべた。


「せっかくの要望でしたが、妹のお陰でこのような結果に」


 第三王子の兄は、もてなしていた客人に向けて肩を竦めて事を説明した。


「これから魔族の威光を示す為にも少々厳しく領土を管理しなければなりませんね」

「貴殿の忠告通りに……」


 客人が満足げに頷いたのを心の中でほっと安堵した第三王子の兄は、朗らかに笑って贅を凝らしたもてなしの宴を再開させるのであった。




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