18 屋敷を襲う罠と白姫の愛
ウツワノと白姫が姿を消して直ぐの事。
「二人の気配を探るぞ」
「失せ物探しの得意な付喪神を呼べ」
「白姫め。既に諦めたのかと思っていたが」
普段は静かな夜の屋敷は一転して、白姫なる侵入者の対策に追われ慌ただしさを増していく。
屋敷の門前には篝火が焚かれ、武装して槍を持った戦い好きな付喪神が周囲を警戒に当たる中、屋敷の中はしんと静まり人気のない部屋には明かりだけが灯されている。
「バトラー、さっきの音は何?ウツワノはどうしたの?」
「エリアス様」
濡れた髪を拭きながら、風呂上がりと思われるエリアスがバトラーを探してやって来る。
「屋敷に所縁のあった者が現れまして。ウツワノ様と共に消え去りました」
「それにしては物々しいわね」
「少々厄介な者でして。ですからエリアス様、申し訳ないのですが陽様のお側に」
「分かったわ。陽さんは箱庭よね?」
「はい。お二人は箱庭からお出にならぬようにとウツワノ様から言付かっております」
「陽さんは私に任せて」
「お願い致します」
バトラーは軽く一礼した後、指揮を執る付喪神の元へと駆けて行く。
エリアスも手早く部屋に戻ると武器を手に取り箱庭の置いてある部屋へ向かって廊下を進むが、明かりの届かない廊下の先からこちらへと静かに歩み寄る者の気配に気付いて立ち止まる。
「……誰?」
「我は綾姫。侵入者とは旧知の間柄である」
「お友達がどうしてここに?」
「アレは心根は単純成れど目立つ振舞いは好まぬ性為れば、どうにも府に落ちぬのよ」
「それで?」
「器の不在の館は絶好の機会と思わぬか」
「まさか陽動…」
エリアスは武器を構えて綾姫に向かって闘志を漲らせる。
「ふふ…我に武器を向けるか人間よ。よいだろう…」
綾姫と名乗った娘は、フリルが大量にあしらわれたゴスロリ服の姫袖を目立たせつつ両腕を肩幅に広げると、黒漆塗りの柄と鞘に金泥で文様が描かれた合口の短刀を握り戦闘態勢を整え、見た目の幼さに似つかぬ鋭い眼光と共に不敵な笑みを浮かべた。
エリアスは風の精霊の加護を乗せてサーベルを一振りすると、切り裂くような突風が軌道に合わせて綾姫へと放たれる。
鎌鼬のように鋭く向かってくる風を綾姫は短刀で易々往なし、廊下の壁を左右2度足蹴にして距離を縮め、エリアスへ飛びつくように短刀を振り下ろす。
体重の乗った一撃はがきんと重い音を響かせ、刀身越しに二人は至近距離で一瞬顔を見合わすが、小柄な綾姫はすぐに半歩下がって身を低くするとエリアスの丹田に掌底を当てるよう突きだし、気を放つ。
避けきれずエリアスは脇腹に衝撃を受けて廊下の壁まで飛ばされるが、側の窓からガラスを突き破り外へと転がり出た。
すぐに綾姫も窓の縁に足を掛け飛び出し追撃の刃を突き立てていくが、エリアスも転がりつつそれを二度三度と交わしていく。
「そこまでだ」
白熱する二人に頭上から声が掛かると、音もなく降り立つ男が間に割って入る。
「兄上」
「どうしてお前が客人と?」
「わたくしに武器を向けたので」
「やれやれ…」
兄上と呼ばれた男は肩を落としてため息をつくと、エリアスへ向き合い頭を下げた。
「済まない客人。妹分の悪い癖が出たようだ」
「…ええと、敵ではないという事で良いのかしら」
騒ぎを聞き付けた警備の者が駆け寄ろうとするが、男が手で制止するのを見て再び持ち場へと戻っていく。
エリアスもようやく武器を収め立ち上がる姿を男が確認した所で、綾姫に顔だけ向けて話し掛ける。
「綾姫、説明せよ」
「きちんと殿方に話したわ。陽動の可能性有りと」
「あのタイミングで侵入者と友達と言われたら敵と思うわよ」
興奮冷め遣らずにらみ合う二人に、兄と呼ばれた男は一歩踏み出すと綾姫は武器を下ろして肩を竦めた。
「客人は屋敷の何処へ向かおうとしていたのだ?」
「陽さんの所よ」
何処にと聞いて思い出した綾姫は、屋敷に残る敵の動きを素早く感知する。
「殿方に着いて後を追う気配があるわ。今も屋敷で探してる」
「何だと?」
「それを先に言いなさいよ!」
慌てて屋敷に戻ろうとするエリアスを兄上と呼ばれた男が制止する。
「手荒な真似はしたくはないが」
男は尚も暴れるエリアスの背後に近付き耳に近い首筋を人差し指でトンと軽く突く。
すると金縛りにあったようにエリアスは動きを止められた。
「綾姫、我らに分かるよう示せ」
綾姫は二人のやり取りを冷ややかに眺めていたが、兄上の言を受けて武器を納めて代わりに懐に差した扇子と懐紙を取り出し、空いた片手に懐紙を開いて乗せ、開いた扇子で優しく扇ぐ。
懐紙に仕舞われていた白粉の粉が宙に舞い始め、光の加減で微かに空間に張られた髪の毛のような糸がキラリと光って見えた。
「我の心眼を誤魔化す事は出来ぬ」
不規則に宙を舞う粉が広がると、蜘蛛の糸のような細い糸が縺れて絡まりながら張り巡らされている様子が明らかになっていく。
見えない糸は付喪神には絡まないが、人間であるエリアスの体にはまとわりついている。エリアスが動く度にくっついた糸も移動範囲を広げていたと思われる。
「白姫と共に侵入したこの糸は、屋敷の中にも張り巡らされてる。
特に強い気配を持つ糸は赤い色。床下から室内へ伸びている」
「切っても問題ないか?」
「ウツワノと白姫を追う糸もあるので、何とも言えない」
「二人を見つけるのが先か、糸が屋敷を支配するのが先か」
ようやく敵の存在がはっきりした所で、ウツワノ無き屋敷をどう纏めようかと、兄上と呼ばれた宗三は愛刀の柄を握り締め夜空に光る糸を睨んだ。
綾姫の活躍により糸の存在はすぐに広められ、糸を目視しやすくする為に屋敷では香が焚かれると、緊迫した空気と裏腹に雅な香りが辺りに漂う。
エリアスとバトラーには監視が置かれ、屋敷の一室に閉じ籠る事になった。
長期戦も覚悟してか戦えない付喪神達が便乗し、食料や囲碁などの娯楽を持ち込み始める始末である。
唯一戦力となる付喪神達は、白姫とウツワノの行方を追う為あらゆる空間へと繋がるあやかしの途に入り探す者と、屋敷に張り巡らされた敵の糸による侵略を術で食い止める者とに分担し、事に当たっている。
総ての指揮を執るのは戦闘に長けた銘刀の付喪神 宗三と気まぐれに現れる猫の化身タマの二人である。
「あやかしの途班、報告せよ」
「こちらあやかしの途ですがね、糸巻きで巻き上げながら追ってますけども止まる気配がありませんねぇ」
「釣りをしてる気分になってきましたわ~」
「深追いはするな」
「「了解です~」」
「術の進行度合いは?」
「いや~参りましたな。屋敷の術には及ばないが、干渉した途端に力を反転してきよる」
「身代わり無しではきついのう」
「まるで鏡と戦ってる気分じゃな」
「くれぐれも呪詛返しで乗っ取られるなよ。お前達を斬るのは御免被る」
「恐ろしや…」
「壊されるのは御免じゃあ」
どちらも芳しくない模様で、遅々として事態は進まない。
「儂らウツワノの使い魔のお陰で楽させて貰てたのだなぁ」
「腕が鈍っていかんのー。楽しすぎたか」
「新参にも指導せんといかんな」
古参の付喪神達は改めてウツワノの有り難みを噛み締める。その様子を見ていた猫の化身タマがぽつりと呟く。
「ウツワノが自力で戻る方に賭けた方が早いかのう」
付喪神の明朗なる特性で何とか持っているが、長期戦ともなると協調性に欠ける為出来れば短期決戦で決めたい所が本音である。
平和な屋敷は戦いの舞台には向かないのだ。
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こちらは糸の手引きにより移動したウツワノと白姫の居るとある場所。
執念深い白蛇の化身白姫は、絡みつくようウツワノにべったりと抱きついて離れようとしない。
二人きりの空間に遠慮はなく、白姫は百年越しの想いを存分に伝えようと、逃げ出さぬようウツワノに術を施し体の自由を奪った上で、覆い被さるように跨がり顔を向かい合わせる。
「白姫、どういうつもりだ」
「器のが悪いのさ。側室として通い婚で構わぬからと契り、器のが訪ねて来るのをずっと待っておったのに…
今更屋敷に女を置くなんて!」
「いや、あの女は屋敷の意思で招いたのだから、俺の思惑じゃあ」
「では妾も今一度器の傍に」
「俺の一存では決めらんねぇのよ」
「またそうやってはぐらかすの!」
激情する白姫は馬乗りになって、動けないウツワノの胸ぐらを掴み揺さぶり動かす。
「白姫よお…お前ら生物の究極は捕食なんだろ?俺を殺してえのか」
「殺したい程愛しい…けど…も」
白姫はちろりと長い舌を出し舌舐めずりして欲望を露にするも理性でもって頭を振り嫌々と身を震わせる。
ウツワノを見下ろしている有利な筈の自分がゾクゾクと震えるのを意識する度、初な娘のように顔は紅潮し腰から力が抜けそうになる。
「構いやしねぇ、ほらがぶりといきな」
白姫の葛藤を煽るように、ウツワノは尚も挑発し誘惑する。
恐る恐る白姫がウツワノの顔を確認すれば、見たこともない優しげな眼差しと笑みでじっと白姫の顔を見つめる姿が映る。
「うう…器の…」
気が付けば白姫は泣きながらウツワノに唇を重ね合わせ、溢れる想いをぶつけていた。
そのまま長いこと貪るようにたっぷり時間をかけて堪能した白姫は、夢見心地に何時かはと想像していた事を無意識に実行に移そうと、大きく口を開いて威嚇音を出し鋭い牙を突き立てウツワノに噛みついた。
愛しい男の柔らかい肉を突き破る甘美な想像をしていた白姫は、牙に感触が感じられない事に気付く機会が一瞬遅れる。
そこには先程まで白姫が下に組み敷いていたウツワノの姿は消え去り、地面にぺたりと座る感触と冷たさが伝わるばかり。
呆気に取られる白姫の頭上から、ひらりひらりと人形を模した和紙で出来た形代が舞い落ちてくると、はだけた裾から顕になった上腿にひたりと付いた。
「身代わり…いつから?
何時入れ替わった!?
おのれ!おのれぇ!!」
白姫は悔しさのあまり振りかぶると両の拳を地面へ何度も叩きつけ、ブルブルと全身を奮わせ怒りを顕にした。
思わぬ形で裏切られた白姫は嗚咽と悲鳴を繰り返し、気が済むまで慟哭と罵倒の言葉を叫ぶと、最後に残った思いを口にした。
器のに会いたい、と。
終始手出し不用と監視に徹した男は不憫がって、白姫をそっと籠居へと戻してやった。
憐れな女は大好きだと誰ともなく独り言を添えて。




