16 異界の来客~ガラスペン
屋敷の朝。
陽、バトラー、エリアスの3人が揃う静かな朝食を終え、朝の報告会の時間になった。
「本日はエリアス様のお客様を屋敷にお迎え致します」
「お店をお休みしてるのだけど、どうしても見て貰いたい物があるからってお客様が聞かなくて…」
エリアスは困惑顔で頬に手を添えて首を傾げており、何とも歯切れの悪い様子を見せる。
「ウツワノ様にも許可は頂いておりますので、陽さんご案内をお願い致します」
「わかりました」
「午前はそれぞれいつものようにお願いします」
陽は午前仕事に加え、来客の準備も同時に行っていく。
玄関周りと客間の拭き掃除を行い、客間の花瓶に活ける花を新しくする。
昼御飯の支度をして食べ終え片付けた頃、ウツワノの使い魔に付き添われて客はやって来た。
「お待ちしておりました」
「これは丁寧にどうも」
日本式の出迎えに恐縮する男を、陽は丁寧に客間へと招いた。
男は大事そうに小さな箱を抱えており、どこか怯えているようにも見受けられる。
何かに追われているみたいと、陽は少し気になった。
客間にはエリアスが待機しており、男は見知った顔を見つけると安心したようで足早に近付き、対面のソファーへ腰を下ろす。
エリアスの後ろにはさりげなくバトラーが控えており、警戒を怠らない。
陽は一礼してお茶の用意をする為、部屋を出て台所へと向かった。
「何だか憔悴してらっしゃるみたい、ライルさん」
「そりゃあもう!これを手に入れてからまともに眠れやしないのですからね…」
ライルと呼ばれた客人は、おそるおそる持ってきた小箱をテーブルに置く。
「中を確認しても?」
「ええ…私はもう見たくもありませんので」
エリアスがバトラーと共に箱の中身を確認すると、そこには飴のように美しい琥珀色の流線と鬼灯のようにぷっくり膨らんだ尖端を持つガラスペンが、ベルベットのクッションに置かれていた。
「このガラスペンがどうかしたの?」
「それは古物市で買ったものなのですがね…」
聞けば、売った男に怪しい点は無く、よい買い物をしたと男は大事に持ち帰り早速使い始めたそうだ。
男は日記を記しており、その美しいペンで日々の記憶を綴る事にした。
ある日の日記に、知り合いの男が宝くじを当てた事と自分も小金でよいから欲しいと書いた所、数日後に貸した事も忘れていた金を返しに親戚がやって来て、彼は小金を手に入れた。
この時は気にもしなかったが、別のある日、彼は日記に仕事の愚痴を書いた。
職場に合わない男がいて居なくならないかと書いた所、男は職場に姿を現さず行方不明になった。
失踪した男の妻が職場にやって来て発覚したのだが、男は悩みも無く家庭も円満で失踪原因はなかったという。
そんな事もあるものだと思っていたが、職場の人数が欠けた事で男は仕事が忙しくなり、家には寝に帰る生活となる。
金は入るが休みがない。
男は不満をまたもや日記に綴る。
仕事が休みになるような事件でも起きないか、と。
すると男の住む村に滅多に現れない魔物が襲ってきた。
皆避難を余儀なくされ、王国から兵士が討伐に来るまで家に閉じ籠る羽目になった。
目立った目撃情報も事前になく、突然魔物が現れた事に皆が恐怖する中、男はようやく日記に書いた事が実現したのではないかと思い至る。
それから日記を書くのを止めたが、今度は夢の中で日記を書けと何者かが囁き、うなされるようになった。
怖くなった男は日記を燃やしてペンを叩き壊したが、翌日起きると日記とペンが元通りに机の上に置かれていた。
そうして慌ててエリアスの元にやって来たと男は話すと、陽が用意したお茶を一気に飲み干した。
「インクは普通のものを使って書いたの?」
「ペンに付属していたインクボトルをそのまま使った」
「日記も持ってきたかしら?」
「あぁ、ここにある」
男は隠すようにして持っていた日記を上着の内ポケットから取り出し、エリアスに渡す。
エリアスは個人情報満載の日記を見るのに一言失礼と告げてから、簡素な装丁の日記帳をパラパラと捲って確認する。
最後のページに手を止め確認すると、エリアスは男と日記を交互に見てからゆっくり閉じた。
「ガラスペンを売りたいという事でいいのかしら」
「手放せるならどうにでもしてくれ!夢の中で書かされた事もその日記に綴られる気がして気が狂いそうなんだ!」
「日記はこちらで処分するわ。貴方の個人情報ですしね」
「あぁ、俺には出来なかったから頼む」
「では、金額を確認してから買取りの同意書にサインを」
エリアスは馴れた様子で1枚の紙を取り出し、金額を書き込んでから男の前に滑らせるように置く。続けてペンを差し出すと、男はびくりと身を跳ねさせた。ペンが怖いらしい。
「これはただのペンよ」
男は震える手で何とか自分の名前を署名した。
金額について何も言わないという事は、とにかく手離したい一心なのだろう。
サインを確認したエリアスは、男に金の入った封筒を手渡す。
男は金額も確認せず受け取ると、焦ったように立ち上がる。
「もう大丈夫だよな?」
「ええ。でもしばらく日記は書かない方がいいわ」
「そうか。気を付ける」
男は震える足を何とか動かし玄関へ向かうと、陽とバトラーに見送られながら屋敷を後にした。
「エリアス様、それは曰く憑きの品物でしょうか」
「どうかしら?見てみる?」
エリアスが差し出したのはガラスペンではなく、置いていった彼の日記帳だ。
バトラーが受け取り日記を捲るが、中の紙には何も文字が書かれていない。
そのままパラパラと最後まで捲っていくと、震えた手で書いたと思われる読みにくい字で何か記されているようだ。
「日記と言ってましたが、それらしい文章はどこにもありませんね。最後のページのこれは…何でしょう?」
「死にたくない、とも読めるわ。魔物が現れた時に咄嗟に書いたのかしらね」
「ん?日記に書いた事が実現すると言ってましたよね。だから彼は魔物から無事逃れてここに?」
「どこまで彼の話が本当かなんて分からないわ。日記はこの通り白紙だし、魔物が本当に現れたのかだって怪しいわ」
「彼の作り話という事でしょうか」
日記をエリアスに戻し、バトラーは顎に手を当てふむと訝しむ。
「曰く憑きという事にして、高く売れるよう吹っ掛けたかったのかも」
「詐欺じゃないですか!」
二人のやり取りを黙って聞いていた陽が、たまらず大きな声を上げる。
「でも買取り金額を上げろと言わなかったのも変だと思ったの」
「あーもう!こういう時は塩を撒きましょう!」
エリアスが止める隙も無く、陽は台所へと駆けていく。
「塩をどうするつもりなの?」
「日本では厄払いに塩を撒いて清めるのだとか」
「へぇ~今度お店に変な客が来たら私もやってみようかしらね」
エリアスはすっかり冷めてしまった紅茶を飲もうとカップを手に取る。
ふと視界に入った客人のカップには、確かに飲み干したはずの紅茶が並々と残されたままになっていた。
「…日記帳は一応ウツワノに見せてお祓いして貰おうかな」
「畏まりました」
「陽さんは何を騒いでるんだ?」
ウツワノが寝起きなのか、寝癖がついた頭を掻きながら2階から降りて皆の所へやって来る。
遠くでは陽が塩の壷を抱え廊下をパタパタと歩く音がしており、その後を火鉢の付喪神焔がわくわくしながら追っていく足音が響いている。
「エリアス様のお客様が先程までいらしておりまして」
「変な客でねー?ガラスペンが呪われてるみたいな話をしていったわ」
「私は日記帳が呪われてるのかと思って聞いておりましたが」
「へぇ…聞く者によって見解が違うとは、中々の噺家じゃねぇか」
「騙されたとしても面白い話だったと思えば暇潰しにはなったかもね」
テーブルに置かれた客が置いていった品物をウツワノが覗きこんで繁々と見やり、すっと指を指して事も無げに告げる。
「そのインクは本物だがな」
「ええ!?」
「エリアスがそのガラスペンを店で売るなら、インクは変えておけ」
「インクはウツワノにあげるわ」
エリアスはガラスペンと共に箱に納められていたインクボトルを取り出し、ウツワノに渡す。
「日記帳の方は燃やして処分しようと思うのだけど」
「そうだな…客は屋敷を出たのか?」
「使い魔が異界の出入口まで見送りましたので」
バトラーの言葉を聞いて、ウツワノは客間に置いてあるガラスの大きな灰皿を掴むと、躊躇する事無く日記帳に火をつけた。
「これで帰り道も迷わなく済むだろう」
「ウツワノさん!危ないでしょう!!」
塩を撒き終え満足して戻ってきた陽が、燃え盛る灰皿を見て悲鳴を上げる。
「陽さんは煩いねぇ」
「外でやって下さいよ!家の中で物を燃やすなんてもう!!」
陽の心配をよそに日記帳はあっという間に燃え尽き、燃え滓が残るガラスの灰皿は無惨に黒い煤で汚されてしまった。
「陽様、灰皿は熱くて危険ですので後は私が」
「はいはーい!焔にお任せ下さいね~」
陽の騒ぎに後を着いてきた焔は火鉢の付喪神だけあって熱に強いらしく、汚れた灰皿をひょいと掴むと汚れを落とすため台所へ向かっていった。
「陽さん、腹が減った」
「はいはい、ただ今何か夕飯までの繋ぎになるもの持って来ますからね」
焔に続いて陽も台所へ向かうと、それぞれ用事を思い出したように散っていった。
男はガラスペンを売ったお金を懐に入れ、異界の扉に無事戻ると、不思議な事に先程までの不安が消えてその場に立ち尽くしていた。
「どうしてあんな屋敷に行ったのだったかな?何か忘れているような…」
ぼやけた意識の中で男は目を凝らすと、燃え盛る炎が宙に舞い降りてきて、男の行き先を照らし出す。
「あぁそうか…」
炎の周りには、愛する妻と村人達が手を振って男を手招いているのが見える。
「待たせたなぁ!もう逃げ迷わずに済むのかぁ」
男は駆け寄ると妻の手を取り、村人達と共に炎に導かれ光の道を昇ってゆっくり消えていった。
男の話はどこまで本当だったのか…知る者は居ない。




