寝すぎ34 24ふふふん〜働〜けますか♪ ……え? これでもいまも超働いておるよ? マジマジ。
パリッ。
ここは、かつて未踏と呼ばれた大陸。そして、かの英雄冒険者たちによってその半分あまりが踏破された地。そしていまは、人類の最前線と呼ばれる場所。
青々とした空の下。そこに建造された天まで届くかという高い塔のような建物の屋上。
そこで、雪のように美しい真っ白な髪と肌の――一糸まとわぬ幼い少女が。
より正確には幼く見える、その頭に2本の金色の角を生やした白く長い髪の(少女)が――デッキチェアに仰向けで裸で寝そべり日向ぼっこをしていた。
その左手ではスマホをポチポチ、右手では傍らの小テーブルのちょうどいい位置に置いた塩せんべいを袋からパリッパリッとつまんで、どう見てもおもいきりくつろいでいる。
「……おおぅっ!? 」
そのとき突然。スマホをぼーっと見ていた(少女)の金の瞳が驚いたように見開かれ、ガバッとその華奢な体を起こした。
「な、なんと、マジかのう!? 今夜久方ぶりに、わしのいまの最推し、かの魔法少女プリマミちゃんのダンジョン攻略配信が予定されておる! これはぜーったい、見逃せんのう! 今夜はここで星空の下、炙りスルメあたりと本清酒で晩酌しつつの応援上映に決定じゃな! 部下に命じて、その愛らしい汗つぶ一つまで見通せる最新型の超高精度大画面モニターを大至急用意せねば! でゅふふふ……!」
ゆるんだ表情で、つつ、とその細い指が画面に映るピンク髪の愛らしい少女の顔をなでる。
「しかし、わざわざ夜にとは、まだ幼いというのにプリマミちゃんは本当にがんばるのう……! きっと、少しでも友だちと一緒の時間を過ごせる学校を休みたくないのじゃなぁ……。まあ、そんな健気でいじらしいところが、わしとしてはたまらなく、たまらなぁく愛いっ! のであるが……!」
思わずじゅるり、と垂れたよだれを手の甲で行儀悪くぬぐう白髪金角つきの(少女)。
――いや、見ためだけならあなたも十分幼いですよね? 声とかも高くて可愛いですよね?
さっきオッサンみたいな言いかたと笑いかたしてたけど、どっちかというとたぶん、愛いっ! を積極的にされる側ですよね? とツッコミを入れるものはこの場には存在しなかった。
そのとき、ふとした拍子にほんの一瞬。ちらりと白髪金角つきの(少女)のその金の瞳が外へと向けられ、すうと細められる。
その視線の先には、荒凉とした砂漠が広がるのみだった。
そして、そのさらにある一線を越えた先には、そこから壁で隔たれているかのように、黒く激しい砂嵐のようなもので何も見えない。
――おそらく、世界でただ一人。ここからでは、この白髪金角つきの(少女)以外には、何も。
カツン。
「……んぁ? なんじゃ? くろぷー。何か用か? 見てのとおり、わしはいま、とてもとってもいそがしいのじゃがのう? ……けぷ」
テーブルの上の魔導具で熱々に保った緑茶など飲みつつ、振り返ることなく白髪金角つきの(少女)は新たに屋上に現れた背後に立つ男にそう告げる。……可愛らしい吐息のおまけつきで。
―― この(少女)の言うことは、間違いではない。確かに、この(少女)はおそらくはその役職、また役割からしても世界で一番忙しい。というか、こう見えていまこの瞬間も超がつくほど働いている。
さらに言うならば、24時間365日ほぼ年中無休、かつ寝ながらであっても働いている。
その事実。言わば身を粉にすると言っても過言ではない(少女)の人類への献身には、この新たに現れた上質な生地に魔導防御式をびっしりと刻んだスーツを着た、見ため25歳程度の男とてただただ敬服するばかりだ。
――しかし、しかしだ。その事実と、いま目の前にあるあまりにもな絵面とのこのギャップ。
さらには、「くろぷー」とこの白髪金角つきの(少女)しか呼ばない、副官という名のほぼ世話役を務める自らのあだ名へのなんとも言えないわだかまり。
その他長年に渡る(少女)とのつきあいで積み上がった諸々の感情をすべて押しこみ、フレームの細い強化眼鏡をクイと押し上げると、一房前髪を垂らした黒髪をオールバックにした男は、神経質そうな細い声でその背中に向けてこう告げた。
「……ニオ会長。当協会幹部ハワード・ピースフルとフィーリア・ピースフルの両名が当本部に帰参しました。おそらくですがそれぞれの理由により、これ以上他の幹部の帰参は期待できないでしょう。よって、ニオーム・スーシェ会長とその副官である私クロップ・アーク。そして帰参した両名。予定どおり集いし幹部連以上4名による、ニオ会長がそのスキル〈全知〉により取得された黒い魔力嵐に隠された〈第二の果て〉に関する新たな事実とその対処についてを議題とした冒険者協会緊急幹部会の開催を具申します」
そう。この(少女)こそ、いまや〈果ての先〉の時代において世界的一大機関となった冒険者協会の最高権力者である現会長。……とてもそうは見えないが。
「おや、またずいぶんと早かったのう。いいところじゃったが、なら仕方ないか。粒子よ、戻れ」
パチン。
(少女)が指を鳴らし告げると同時。
ざあっ、と音もなく黒い砂嵐の向こう側から、金色の光の波が、それを構成する億を超える無数の極小の光、魔力の粒が(少女)へと還り、その華奢な体へと浸透していく。
それから、ややきわどげな下着を履き、薄い上掛けを羽織ると、ぺたぺたと裸足で歩きだしながら、三歩うしろを歩く男にこう告げた。
「さて。では、行くとしようかのう。でゅふふふ。せっかくの久々のおぬし以外の人前じゃ。どうせなら、せいぜい久々に愉しく着飾らせてもらうとしようか、のう? くろぷー」
ある意味では神にも等しいとされるスキル〈全知〉を保有する(少女)のそのいたずらめいた言葉に、副官くろぷーことクロップは、「はぁ…………」とあきらめたように深く深く息を吐いた。




