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第三十四話 恋の終わり

 その日、そわそわしながら一日を過ごした。

 男子とやり合ったのもあるけど、それ以上に隣の席の女の子が気になって仕方がなかった。


 叶衣さんは、俺の事が好きらしい。

 今までずっと仲が良いのかどうかすら微妙な関係だったため、驚きを通り越して状況把握が追い付かない。

 そして、俺が動揺しているのはそれだけではない。

 叶衣さんは、何故かあれ以降その件に触れないのだ。


 隣の席という事もあって、昼休み以降もずっと隣にいたけれど、叶衣さんは全く告白の話に触れようとしなかった。

 そんなわけだから、俺も困って何も言えずにいた。

 どうすればいいんだろう……。


 と、そんなこんなで結局全授業が終わってしまった。

 放課後になってみんな帰る中、俺はバッグに荷物を詰めて固まる。

 帰っていいのかな。

 いや、そんなわけないよな。


「叶衣、さん?」

「うん。そうね。話しよ」

「あ、はい」


 よかった。さっきの告白は夢ではなかったらしい。

 あまりにも音沙汰がなかったから、一瞬俺の夢だったのではないかと疑い始めていたけど、そんな事はなかった。

 二人で荷物をまとめ、校内を歩く。


「ちょっと歩きながら話そ」

「うん」

「放課後で二人きりで歩いてると、前に告白された時の事思い出すよ」

「そ、そうだね」


 思えば入学してまぁまぁ経ったけど、千陽ちゃん以外の人と放課後に絡んだことがなかったかもしれない。

 いや、男子からの嫌がらせを含めればあるけど、アレはノーカンだろう。

 我ながら寂しい高校生活だ。


「今日は騒動に巻き込んじゃってごめん」

「え? 全然大丈夫だよ。そもそも俺が招いたことだし」

「櫻田君は悪くないでしょ。全部あいつらが悪いに決まってる。変に責任負おうとするのやめたら?」

「そ、そうかな」

「うん。まぁそこが櫻田君のいいとこだけど」


 叶衣さんは歩くのをやめて俺を見る。

 渡り廊下のある、人気のない場所だ。


「突然あんな事言ってごめん。あたしあんたの告白に急だとか言っておいて、もっと酷い告り方しちゃったね」

「べ、別に大丈夫だけど」

「でも思ってることは本気だから。あたし、櫻田君の事が好き」

「……そっか」


 告白をされるのは人生で二回目。

 この前の千陽ちゃんに続いて、この短期間で二人だ。

 少し前の自分なら飛び跳ねて喜んだと思う。

 大好きだった人から、俺は今告白されているんだ。

 だけど……。


「ごめん」

「いいよ。わかってるから」

「え?」

「他に好きな人、いるんでしょ?」


 俺がきっぱり断ると、叶衣さんは無表情で頷いた。

 突然の問いに動揺する。


「な、なんでそれ……」

「千陽と付き合ってないって聞いた時からね。あの子絶対櫻田君の事好きだったのに、それで付き合ってないとか、あんたが振ったとしか思えなくて」

「それは」

「で、今自分が千陽より櫻田君と仲良くできてるとも思ってなかったから、振られるのはわかってたよ。ずっとあたしのことを好きでいるなんて、そんな都合の良い解釈はしてないから安心して。恋愛って、そんな簡単じゃない」

「……うん」


 叶衣さんは、振られるのを覚悟したうえで告白してきたらしい。

 それが、どれだけ勇気のいる事か。


「けじめつけたかったから告ったの。押しつけがましくてごめん」

「あ、謝らなくていいよ。その……嬉しかったし」

「そっか」


 振られて以降、叶衣さんとはそれまでよりも話をするようになった。

 そして彼女の良さももっと知れた。

 だけど、俺には別に好きな人がいるから。

 あのどん底だった日に、救いの手を差し伸べてくれたあの人の事が、頭から離れないから。

 この告白に応えることはできない。


 不思議と、前好きだったからこの子と付き合ってもいいか……なんていうふざけた思考には至らなかった。

 それは叶衣さんの覚悟を知っているからか、俺に告白してくれた千陽ちゃんの気持ちを考えての事なのか、俺にはわからない。

 でもいい。

 不誠実なのは、俺も好きじゃない。


「櫻田君、その人と上手くいくと良いね」

「あ」

「ばいばい」


 叶衣さんは手を振って去って行った。

 俺に背を向けて、普通に消えていく。


 俺の高校での最初の恋は、こういう風に幕を閉じた。

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