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第三十二話 制裁

 その日は、やってきた。


 昼休みになった瞬間、まだクラスに人が残っている段階で、女子達が教壇を奪う。

 教室を出ようとした男子を座らせ、始まった。

 制裁の時間である。


「男子さ、月菜に言う事あるんじゃない?」


 クラスで一番発言力の強い女子がそう言うと、それに対して藤咲が肩を竦めた。


「なんだよそれ。俺購買行きたいんだけど」

「ふざけんな。月菜に謝れよ」

「はぁ?」


 まるで何を言われているのかわかっていない様子の藤咲。

 他の男子達も同様である。

 このクラスで今の状況を把握しているのは女子と、同じグループで作戦会議の過程を見ていた俺と、内部告発して寝返っていたという男子のみだろう。


「裏で月菜の根も葉もない噂広めてるって知ってるんだから」

「……は?」

「男子の中で月菜のことヤリマン呼ばわりしてるんでしょ? マジサイテー」

「な、なんでそれ」


 言われてすぐに隣を向く藤咲。

 藤咲の隣には同じく目を丸くする山野がいた。


「裏で好き勝手言うとかヤバ」

「ってかマジでキモすぎだし」

「早く謝れよ」

「自分たちが相手してもらえないからってありえないんだけど」


 次々に責め立てる女子の集団。

 藤咲と山野に視線は集まっているけど、これは男子全体に向けた言葉だ。

 俺は……そこに入って無さそう。


 隣の席の叶衣さん本人は何も言わない。

 ただ無表情で座っているだけだ。

 そんな彼女を見ようとして、その横に座る俺に男子の視線が集まってくるのが分かった。


「お前が言ったのか?」


 藤咲に言われ、俺はゆっくり彼の方を向いた。


「お前……! 女子に取り入るとかキモ過ぎんだろ」

「そうだぞ。ちょっと最近女子と仲良いからって調子乗りやがって」


 同調して言った山野の言葉はもはや嫉妬でしかない。

 これは紛れもなくサキュバスのキス効果で俺がモテた事に対する感情だろう。

 この前体育で恥をかいたというストレスもあるかもしれない。


 だけど、俺は叶衣さん達に藤咲の話なんてしていない。

 男子がそういう話をしていたとは言ったが、具体名なんて出していないのだ。

 それに、仮にそうでもこいつらが俺に怒る権利なんてない。

 ただの逆ギレだ。


 なんと答えようかと考えていたところ、叶衣さんが口を開いた。


「櫻田君じゃないよ」

「え?」


 まさかの言葉に再び驚く男子達。

 続けて教壇に立っていた女子が一人の男子を指さした。


「佐野君だよ」

「ちょ、それ言わない約束だろ!?」

「はぁ? お前だってその男子に味方して散々言ってたんでしょ? 女子に取り入って自分だけ保身とかできるわけないじゃん。きも」


 想定外のシチュエーションに男子は全員撃沈した。

 完全なる全滅である。

 まぁ確かに、佐野は以前トイレで俺がいじめられている時、藤咲の味方をしていたからね。

 因果応報と言われればそうかもしれない。


「月菜に謝ってよ早く」

「……チッ」


 どんどん逃げ場を失くされる男子達。

 女子に睨まれ、藤咲と山野だけでなく、全員肩を縮こまらせてしまっている。

 いつも偉そうに俺に嫌がらせしてきた面影はない。


 ちなみに俺は、この女子の報復にあまり加担する気はない。

 藤咲たちが逆上して叶衣さんを傷つけるなら許さないけど、それ以外なら特に口は出さない方が良いと思う。

 そもそも俺はもうやり返した。

 以前殴ってしまった時点で、精算できたと思っているから。

 それこそ女子に乗じて俺もやり返すなんて、どこか卑怯だし、ダサいからね。

 こいつらと同レベルにはなりたくない。


「わ、悪かったよ」

「声聞こえないんだけど」

「悪かったって、ごめん月菜」

「……」


 しびれを切らして謝った藤咲を、ようやく叶衣さんは見た。

 だけど、彼女の表情からは怒りが収まっているようには見えなかった。


「あたしが怒ってるの、それだけだと思ってる?」


 まだ、制裁は終わらないみたいだ。

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