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第十九話 不良の目覚め

 千陽ちゃんに告白された俺は、更衣室で着替えながら思考を巡らせていた。


 既に休憩時間は終わっており、次の授業が始まっている。

 告白されたことや、その後あの場でぼーっとしていた時間があるため、思ったより過ぎていたのだ。

 今更教室に戻ったら怒られるだろうか。

 ……いや、どうでもいいな。


 千陽ちゃんが俺の事を好いてくれているのはわかっていた。

 遊びに誘われたこともそうだし、いつも話す時の口調や表情は本当に楽しそうだったから。

 だけど、こんなに急だとは思わなかった。

 それこそまだ遊びにも行けていない。

 何かあるとしても、週末のデートの後だと思っていた。

 だからこそ、気持ちに整理がつかない。


 そして、俺の中の最大の引っ掛かりポイントは叶衣さんの存在である。

 やっぱり、どうしても踏ん切りがつかない。


「千陽ちゃんの事は好きだけど、叶衣さんの事だって、忘れたわけじゃない」


 俺は本気で叶衣さんの事が好きだった。

 勝手に舞い上がって告白して振られて、変な関係になってしまったけど、だからもうどうでもいいなんてことはない。

 そして、千陽ちゃんに対して当時の叶衣さんに抱いていたのと同じ熱量の好意を抱いているかと言われれば、それも首を傾げざるを得ない。

 千陽ちゃんも可愛くて大好きだけど、あくまでまだ友達って感じだ。


『じゃあこのままずっと童貞でいるの?』

『すぐ前向けないのはわかるけど、チャンスを逃すのは勿体ない』


 そんな事を考えていた時、ふと以前言われたことを思い出した。

 カラオケでつなちゃんが俺に言ったことだ。

 あの時も、新たな一歩を踏み出せなかった俺につなちゃんはアドバイスをしてくれた。


「……つなちゃん」


 思い出すと、一気に頭の中がつなちゃんの事で埋め尽くされた。

 今までに慰めてもらった思い出が蘇る。


 俺は思わずバッグに入れていたスマホを取り出した。


「……今、何してるかな」


 今すぐに、つなちゃんに会いたくて仕方がない。

 相談したい。

 情けない事だとは思うけど、俺は落ち着くためにも、年上のあの女の子と話したい気持ちでいっぱいになる。


 大学生だし、空きコマはあるかも。

 そう思って、俺は『今何してますか?』とメッセージを送信した。


 するとすぐに『どしたの?』と返信が来る。

 やや遅れて電話がかかってきた。


「も、もしもし?」

『あー瑛大君? どうしたのー?』

「い、今何してるんですか?」

『家にいるよ。全休だから』

「そ、そうですか」

『瑛大君は今学校じゃないの?』

「それは、そうなんですけど」


 つなちゃんの声を聞いて、何故か安心した。

 あまりに気が抜け過ぎて漏らしそうになる。

 と、そこでここが更衣室だという事を思い出し、小声で事情を説明した。


『んー、なるほど。あんなになるまで落ち込むくらい、瑛大君はその叶衣さんって子が好きだったんだよね。悩む気持ちもわかるよ』

「……でも、こんなの千陽ちゃんに不誠実ですよね」

『そんなことないよ。授業サボってまで考えてあげてる時点で真摯だと思うよ。でもそっか』

「……相談したい、です」

『んーと、会いたい?』


 つなちゃんに聞かれて、俺は鼓動が早くなるのを感じた。

 これはなんだろう。

 今から学校を抜け出すという不良行為へのドキドキかな。

 だけど、俺は素直に口に出した。


「めっちゃ会いたい、です」

『あはは、実は私の事好きなんじゃないの? あーあ、わかったよ。学校サボってサキュバスのお姉さんに甘えようねー』

「……こんなの初めてですよ」

『いいじゃん青春っぽくて。内緒で抜け出すの?』

「丁度今更衣室に居て、全ての荷物を持ってるので、そのまま脱出しようかと」

『好都合じゃん。ん、じゃあ私も用意するね。……あはは、二日も連続で会えるね。嬉しい』

「俺もです」

『なんかその言葉、今の状況じゃよくない気がするなー。まぁいいや、後でね』

「あ、はい」


 電話を切り、俺は深呼吸をする。

 だいぶ落ち着けた。

 やっぱりつなちゃんと話すと心が穏やかになる。

 これもサキュバスの特性の一つなんだろうか。


「とりあえず、学校を抜け出そう」


 俺はそう独り言を漏らして制服に袖を通す。

 そして荷物を持ち、無断で玄関から出て校門を抜けた。

 初めて、学校を無断でサボった。

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