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第十四話 我慢の限界

「ありえないんだけどあいつ……!」


 月菜は瑛大と別れた後、一人で家に帰りながら袖をぎゅっと握り締めた。

 思い出すのは最後に瑛大に言われた言葉。

 月菜が経験豊富だなんていう、事実に反した内容だ。

 月菜は行為は愚か、彼氏すらできたことがない。

 それなのに。


「なんなのマジ」


 全身を羞恥心に襲われ、少女は悶える。

 同級生の男子にそんな事を思われていたなんて、恥以外の何物でもない。

 ショックだった。


 それに、月菜の不満はそれだけではない。


「最近他の女子と仲良くしてるし、ちょっとむかつく。振られたからってもう乗り換え? 流石に節操無さ過ぎるでしょ。……意味わかんない」


 月菜はここ数日の瑛大と千陽のやり取りを何度か目撃していた。

 昨日だって、実は二人で下校しているのを目にしている。

 ずっともやもやしていたのだ。


「はぁ……」


 だけど、今の怒りの矛先は瑛大ではない。

 どちらかと言うと、瑛大に対しては恥ずかしさの方を強く感じていた。

 月菜がイライラしているのは、変な噂を流した男子の方だ。


「誰が言ってるんだろ」


 月菜は呟き、考える。

 確かに男子とは仲が良いけど、付き合ったことすらない。

 一緒に遊ぼうと誘われても、何が起こるかわからないため一対一は避けてきた。

 そんな私が複数の男と関係を持つだなんて……。

 考えていると、月菜は再び嫌な気分になってきた。


「ってかあいつもあいつ。なんでそんなの信じるのよ」


 若干顔が熱くなるのを感じながら、月菜は瑛大の事を考える。


「ばっかみたい」


 そしてそのまま帰路に着いた。



 ◇



「はぁ……」


 叶衣さんと別れた後、俺は荷物を取りに教室へ戻る。

 その際、ずっとため息が漏れた。


 叶衣さんには振られてしまったけど、だからと言って嫌われるのは嫌だった。

 それなのに、今日の会話で本当に関係性にとどめを刺してしまった。

 終わりだ。

 もうこれから一人のクラスメイトとして普通の関係性を築くのは不可能だろう。

 最悪過ぎる。


 そりゃ確かに、俺には他にも仲の良い女の子がいる。

 だけどそういうことじゃないだろ……。

 そもそも想いはなくなっていない。

 俺は今だって叶衣さんを目で追ってしまうし、そう簡単に好きの気持ちは消滅しないのだ。


 そんな事を考えながら教室に戻ると、いつもの陽キャ男子二名が駄弁っていた。

 ここ最近は下校時間が被らないようにしていたのに、気が動転して忘れていた。

 荷物を置きっぱなしにしていた俺の机に集まっているのを見ると、多分待ってたんだろうな。

 なんか俺の筆箱の中身を床にぶちまけてるし。


「おう、櫻田君じゃん」

「相変わらずしけた面してんなぁ。きっしょ」


 藤咲と山野はいつも通り、似たような事を言って絡んでくる。

 俺はそんな二人を力なく見つめた。


「あ? なんだお前」

「なんか落ち込んでる? ぎゃははっ、もしかして月菜に嫌いとでも言われたのか?」

「ッ! ……そうだよ」

「ふははっ! 流石クソ陰キャだな!」

「月菜も容赦ねーなぁ。まぁこんなにキモい奴にずっと好かれてたら気味悪くもなるか。なんかストーカーとかしてそうだし」

「確かに! 毎日下校追い回してそう」


 俺が今まで、こいつらに何を言われても反論しなかったのは、叶衣さんに被害が及ぶのを恐れたからだ。

 だけど、もう関係ない。

 完全に嫌われてしまったし、俺が他の男子に揶揄われているのも言ってしまった。

 失うモノは、もうない。


「おいおい、なんか言ってみろよ? どうせ毎日月菜の事妄想して独りでシてんだろ? ガチきめー」


 ニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくる藤咲。

 俺はその顔を衝動的にぶん殴った。

 思いっきり左頬に拳が当たり、相手は後ろに倒れる。

 そのまま机に衝突して盛大にこけた。


「ッ! いってぇ!」

「なんなんだよマジで。俺がお前らに何したって言うんだよ」


 俺は無様に転がった藤咲を見ながら言う。

 すると山野が怯んだ。


「……こ、こいつ目がヤバいって。おい藤咲、帰るぞ」

「はぁ!? 殴られてこのまま引けるかよ!」

「馬鹿、お前鼻血出てるぞ! 意外と櫻田も力あるみたいだし、変に喧嘩売るのはやめとこうぜ! 俺たちが悪かったから櫻田も許してくれ!」


 日和ったのか、藤咲を羽交い絞めにして言う山野。

 びっくりするくらい上手く殴れたし、急な反撃に驚いたのかもしれない。

 そのまま二人はそそくさと帰って行った。


「……あぁ」


 独りになって冷静になる。

 そして、俺は変な笑いを零した。


「殴ってしまった。明日からの学校生活、本格的に終わったかも」


 今までの我慢が爆発してしまった。

 咄嗟に手が出た自分にも驚いている。

 それもそのはず、生まれてこの方誰かを殴ったのなんて初めてだったから。


 不意打ちだったから勝てたものの、本気で正面から殴り合えば確実に負ける。

 それも、絶対複数人からリンチされるだろう。

 終わったな。

 俺は今日、好きだった人に嫌われて、怒らせてはいけない人をぶん殴ったのだ。


 だけど、不思議と後悔はなかった。

 物凄くすっきりしている。


「あいつ殴られた時、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してたな。ははっ」


 思い出して吹き出した。

 そのくらいには余裕がある。


 いいんだ。

 俺には千陽ちゃんという友達もできたし、つなちゃんだっている。

 殴ったのは良くないが、今までに受けた暴力を考えるとあんまり変わらないだろう。

 これでいい。


 おかしな話だが、俺は少し清々しい気持ちで教室を出た。

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