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動き出す竜と金獅子

 ティラスティオールの魔の手がルビーに触れる事は無かった。閉じた目をゆっくり開いて行くと、筋肉をぴくぴくさせながら巨大になった背中の毛モサモサの大男がティラスティオールと対峙していた。


「間一髪間に合ったぜ!」


 ゴーギャンは両手が塞がってるので雰囲気だけでサムズアップした。


「え、誰?」


 呆気にとられたルビー。ゴーギャンの後方から声が掛かる。


「嬢ちゃん! 無事だったか!」

「あれあれ、何その格好、何その格好!」

「……煩悩退散」


 温玉、煮卵、半熟がそれぞれを反応を見せながらやって来る。煮卵はニコニコして懐抱する振りをしながらさりげなくルビーの身体を触り、それを温玉が拳骨しながらルビーに持っていた上着を着せるのである。


「……心配かけたな」

「本当に不甲斐ねぇ」


 そう言うエヴァンとバンド。


「エヴァン……バンド……生きてたのね。良かった」


 久しぶりに見た見知った顔ぶれに、安心や何やらが入り混じってルビーは少し泣きそうになった。


 助けにきてくれると信じてはいたものの、確信を持ってそれが言えるのかと言えば、ルビーには無理である。


 不安は常に彼女の傍に居た。

 だが、目紛しく変わる状況の中で少しだけ忘れて居たに過ぎなかった。


「あれ……クボヤマは?」


 当たりを見回してルビーは気付く。

 黒い神父服を身に包んだ男がいない事に。


「それは……だな、話せば長くなるんだが」


 バンドはばつが悪そうに頬をかくが、ゴーギャンがティラスティオールを投げ飛ばしながら言った。


「んな事話してる場合じゃねぇぞ!」


 首をならしながら背負っていた大剣を抜く。

 その言葉に気を引き締める様に皆が武装して行く。


「んー、やっぱりお前の近くに居ると凄く腹が減るんだよな」

「今そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」


 ボソッと呟いたエヴァンにルビーが反応する。


 エヴァン・後藤の持つスキル【魔力貯蓄マジックストック】は、元々持っていた才能であるスキル【魔性胃袋マジックストマック】が【竜魔法ドラゴンマジック】を習得した事により変質した能力である。


 食物から魔力を得る【魔性胃袋】の機能をそのままに余剰に溜め込んだ分の魔力を【魔力貯蔵】で別の体内器官に蓄積できる。


 溜めれば溜めるだけINTもMINDも上昇して行く体質へと置き換わっているのだが、彼の攻撃手段である【竜魔法】が燃費が悪過ぎた。


 全ステータスがINT依存。魔力の塊である世界の頂点に君臨する生物と言っても過言ではない竜の力を使うのである。


 そして隣に魔力を魔素に戻して使えなくするルビーが居る。

 腹の減りが加速するのは当たり前。


 王果と呼ばれる純度の高い魔力を宿した幻の果物を食べて、しばらく身体が持つと予想していたが、ここへ来てエヴァンは急な飢えにさいなまれるのだった。


(また胃液出す事になりかねない。何か食わないと)


 極度にお腹が減ると胃が痛くなる。結果、一度迷宮を滅ぼす程の魔力の塊を口から放った事があった。


 エヴァンはそれがすっかり変質した体内器官から分泌される胃液(魔性胃袋の力を宿した)だと信じていた。


 そしてこれを使用した後は、とんでもない程の空腹。まさに、死を覚悟する程の空腹が押し寄せて動く事が出来なくなってしまうのだ。


(あの時はすぐ町に戻って大量に食べれたけど、樹海でそれは流石にな……)


 出来るだけ回避したかった。かといって、ティラスティオールの死体を貪るのも気が引ける。一度間食して、美味しくなかったのを覚えていたからだ。


 美味しければ魔力の質が悪くとも量も行けるのだが……。

 ティラスティオールの魔力は純度が高いかと言われれば、それほどでもない。


(……そう言えば、アイツはどうした? あの黒いモヤモヤを持ってたアイツ)


 襲いかかるティラスティオールの攻撃をかわしながらエヴァンは己の獲物を見つけた。奴らを後ろから急かしていたアイツは、魔素の、魔力の塊だったと竜の嗅覚がつげるのである。


 ゴーギャンを軸に必死に交戦するTKGとバンドを余所に、エヴァンは獲物を求めて疾走する。飢えてしまえば、喰らう事に関して何ら疑問など持たなかった。


「…………臭うわね」


 エヴァンを横目に、リューシーも鼻をひくつかせながら、ルビーに染み付いたとある匂いを辿って森の奥に消えて行くのである。





---





「エルダーウッド、出て来なさい」


——はい、かしこまりました。


 サレエレの呼び掛けに、どこからとも無く背広を羽織り帽子をかぶった男が姿を現した。


「ご機嫌麗しゅうございますな」


 帽子を取り優雅に挨拶をする男の名前はエルダーウッド。サレエレの嫉妬する心に取り憑いた木の精を自称する男である。


 自慢のチョビ髭をチョロチョロと弄りながら、エルダーウッドは周りに目を向ける。日中でも薄暗い樹海の中である、今が夜だとわかるが月の位置から詳しい時間帯は把握できなかった。


「有象無象が紛れ込んでおりますな?」

「ええ、獣人の王族が居るの。流石に銀の一族ならまだしも、金の毛色を持つ王族は相手に出来ない」


 そして北の自由都市を納める魔族。ゴーギャン・ストロンドまで味方している。全く持って厄介な女だと、サレエレは顔を見にくく歪ませるのである。


「行けませんぞ。麗しいご尊顔が台無しにございます」

「仕方ないわよ、これが嫉妬なのでしょ? 酷く憎い、殺してやりたいくらいにね」


 兼ねてからルビーを後ろからつけていたサレエレは、あの時ティラスティオールにヤラレてしまえば良かったのだと常々思っていた。全く魔族はこれだから使えない、さっさと犯してしまえばいい物の。


(——ゾクゾクしますな。これだから嫉妬は美しい)


 その様子を見て、エルダーウッドは帽子を口元に添えると、ニヤッと口を動かした。そして表情を戻す様にチョビ髭を触ると、自分の後方に意識を向けながら言う。


「邪魔者が私達に気付いているようですね?」


 サレエレは、


「ッチ。厄介な」


 ルビーが離れた事に寄って森の声が再び聞こえて来る様になっていた。忘れてしまった物を思い出す様に少しずつ少しずつ。それが何となく教えてくれる、一人の人間と金色の獅子が近付いていると。


「私は余り相手取りたくないのだけど?」

「それは私も同じでございます……木の精ですから?」


 エルダーウッドはどうしても獣人との戦いを避けたかった。


「いいわ、酷だものね。力を貸して頂戴。私が獣人の方を引き付けておくから、人間の相手が終わったら助力を頼むわね」

「仰せのままに」


 エルダーウッドはすっと闇に消えた。そしてサレエレは自分が有利に事が運べる様な場所を探して移動する。




(邪神様が言った通りですな。つくづくダークエルフは不幸な役目を背負っている。そして、今回もまた同じ事の繰り返し。そうでしょう、邪神様)


 エルダーウッドは、懐から取り出した邪神の欠片を恍惚そうに見ながら思案する。復活してからしばらく落ち着いていた邪神様が、狂気に満ちた世界を望んでいる。


 深い闇色の髪、生き血の様な赤黒い髪のコントラストが頭に浮かぶ。


(素晴らしい、実に素晴らしい。あれはもうサタンとか言う糞悪魔では無い。私がお仕えするには相応しい人物だ)


 様々な欲望。

 中でも嫉妬に塗れたその心が素敵だった。


(あれ程の劫火を灯すなんて、人間はつくづく素晴らしいですな。戦に負けて闇の森に巣くい、力を溜め続けて良かった。生まれて二度もこんな心を持った方に会えるなんて……)


 黒く燃える炎を懐にしまうと、エルダーウッドは正面を見据える。相手は人間である。だがエルダーウッドには見えていた、そいつがとてつもない膨大な魔力を内に宿している事に。


(異邦人がやって来てから、まったく波乱が尽きん物ですな。異界の技術はまさにとんでもない物だ。だがそれだけ嫉妬の芽も増えて行く)


 思わず笑いそうになるが、チョビ髭を触って心を落ち着ける。


(いくら希代の英雄並みの能力があったとしても。人間が人間である限り、私達には付け入る隙がいくらでもあるわけで……)


 まぁ保険も準備しているしな。とエルダーウッドは自分の懐をポンポンと軽く叩いてその人間と対峙するのはただ待つだけだった。






 聞こえる聞こえない。

 は、さておき。

 木々は誰に対しても平等に物を教えてくれます。

 ダークエルフが意思伝達を木々のネットワークを通して行っている様に、獣人もまた別の感覚で木々から情報を得ているのです。


 ダークエルフは通信回線で獣人は井戸端会議のコミュニティ的な感じ。



 やっとエヴァンが戦います。

 今までちょい役だけだったんですが、やっとピックアップできるんですな。

 彼の戦いを。



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