過去回想1
俺は親父を殺した。
直接的に殺した訳ではないが、根本的な原因として俺がその大部分を占めていた事を忘れない。
だが、思い出したくもない記憶である。
過去はどうする事もできない。
かといって、それを背負って生きて行ける程。
俺は強くなかった。
———
それは五年前、九月の暮れの事である。
防波堤の先端に立ちながら、俺は親父の故郷であるとある離島の綺麗な海を見ながら黄昏れている。
胸中には言いようの無い感情が渦巻いていた。
どうする事も無かった親父の死。
後から発覚したその根本的な原因。
親孝行をするには、時間が短過ぎた。
そして、遅過ぎた。
死因は癌。
それも身体中に転移してしまい、後は死を待つのみである末期癌である
親父と最後に過ごした期間はわずか一ヶ月だった。
8月23日没。共に夏を越す事はできなかった。
今、俺の背中を見ている人は、たったそれだけでトラウマレベルの事になるのか。と俺を情けなく思うだろう。
そうだ。
たったそれだけの事で、俺は簡単にも打ち拉がれて、この防波堤から見える綺麗な海の底に身を沈めようと考えもするのだ。
ここまで落ち込む状況を説明するには、いささか長い時間が必要になるだろう。
搔い摘んで説明すると。
俺はそこまで親父を好きではなかった。
むしろ、他人の親と比較して、ウチの親父はショボイとさえ思っていた。
それでいて、自立する事もせず子供の我が侭はしっかり貫き通すものだから質が悪い。父と息子。なんら当たり前の事の様に思うだろうが、今の俺からすればそれはとんでもなく親不孝だ。
なんだかんだサボリ癖があり、仕事をするのが嫌で一日中寝ていたいと言っていた親父に対して、確りとした家族愛と言う物を感じたのは、倒れた知らせが届き、すぐさま入院する病室に足を運んで、病室のベッドに色々な管を繋がれて横たわる親父を姿を見た時だった。
好きじゃなくても親は親だ。
見えない絆と言う物がそこにあって、その姿を見た途端に何故か涙が出てしまった。
そこから勤めていた仕事を辞めて、毎日の様に島にある誰も住んでいない親父の実家から病院に通う日々を送っていた。
多分、自分の中でも親父と関われるのはこれが最後だと感じていたのだろう。
そして親父は俺の手を握りしめながら、駆けつけた親戚や友達に囲まれて眠る様に死んだ。
お疲れさま親父。
一応覚悟していたが、もう二度と瞼が開く事の無い親父の姿を見ると、涙が溢れ出た。声を上げて泣く訳でもなく、息を詰まらせながら咽び泣く訳でもない。ただ、ジッと動かなくなった親父の姿を見ながら、静かに涙だけが溢れ出てきた。
今思えば、悲しみ以外にかなり利己的な達成感がそこにあったのだろう。
親の最期の時を絶え間なくフォローし続け、見届けたという。くだらない子供の達成感である。反吐が出る。
そんな俺を見ながら、たった一人の兄の死に感情を抑えきれなくなった叔父が俺を思いっきり殴りつけた。
『兄貴からは絶対に喋るなと言われていたが、俺には無理だ。この親不孝者!』
親戚一同が騒然とする中で、そう言いながら叔父はもう一発。更に一発と俺を殴りつけた。いきなりの事に防御も追いつかず、俺はなすがままに殴られ続けた。
『おい、もうやめとけ。親父さんが死んでから態度を変えるお前も筋違いだろう。でも俺も一発お前を殴りたかったから、すぐには止めなかった。すまん』
程なくして、親父の親友だった男が叔父を止めに入った。
だが、言葉の意味が分からなかった。
そうして俺は事を起こした叔父と親友の男に支えられて治療室に直行した。
その時、廊下で叔父が小さな声で『殴ってすまなかった』と謝っていたが、俺の頭の中には謝罪の言葉よりも叔父の言っていた『親不孝者』と言う言葉の方が強く印象に残っていた。
親不孝?
闘病の一ヶ月間。遅過ぎるが精一杯親孝行はしたつもりで居た。
『一ヶ月、お前は良くやった。兄貴も本当に幸せそうにしていた。だけどな、弟の俺から、妻と子供を持つ親である俺から言わせてもらうと、お前は一ヶ月が返しきれないくらいの恩を受けてる筈だ』
治療を受けながら、俺は叔父から親父の事を聞いた。
主に、離婚してから一人で居る様になった親父の話である。
『何故癌になったのか、お前は知ってるか?』
俺は首を横に振った。確か、癌だと聞かされたのは両親が離婚して連絡が取れなくなった一年後だった気がする。
『お前は何も判らなかったのか。そうか、そこまで頑に話さなかった兄貴も悪いが、原因は離婚のストレスだよ。医者に連れて行った俺が言われたんだ』
末期になる前に、一度親父は癌になっていた。
レベル3で、生きるか死ぬか曖昧な時期を、たった一人で生き抜いていた。
因に俺があったその時は、高校受験を目の前に控えた中学三年になったばかりの時。
俺は手術も成功して、ベッドに横たわりながら『もう大丈夫だ』という親父に向かって、龍峰学園へ進学したいと、その学費を賄ってもらえないかとお願いした気がする。
最初は心配していたが、大丈夫という言葉を聞いて安心はしていた記憶がある。
親父の親友であるこの男が言いたい事は、そう言う事では無いのだろう。
息子である俺が、親父の異変に何故気付かなかったんだと。
『息子の前では大丈夫だというに決まってるだろ』
無言で頷く俺に、次は叔父が口を開く。
『その高校の学費も、お前のケータイ代も、就職してから新生活する費用も、帰れなくなったお前の送り迎えも、全部親父がしてくれただろ?』
そう、高校時代。俺は母親の元を離れてからちょくちょく龍峰学園に近い親父の家にお世話になっていた。
父親だから当然だとばかりに。
そう言えば、龍峰学園で問題を起こした時も、尻を拭ってくれたのは全て親父だった。
そんな事考えすらしない程、学園での生活は面白かったし、毎日が目紛しかった。そして、そんな親父の事を省みる機会も無いままに、俺は就職してサラリーマンになってしまった。
『その頃から、再発していた事に気付かなかったのか……?』
そう、都合の悪い部分は一切見ようとせずに。
俺は親父の元を再び離れた。
『…………い、いつから』
『一年前と少し前からだ。お前が就活すると、そのお金を工面してくれと兄貴に頼む少し前から、もう兄貴は働けなるくらい身体にガタが来てたんだよ』
過去の記憶を遡る。
その頃は、サボリ癖があるだけだと思っていた。
だから、ジッと家で寝ている親父に向かって俺も来年から働くんだから負けない様に働けよと、発破を掛けに足を運んでいた事が何度かある。
『人が困ってる事には口出すくせに、自分の事は一言も言わないし、何とも思わない。親友の俺が頼んでも、病院すら行かずに動ける時は働いていたんだ』
結果的に新生活費用は工面してもらえたので、親父は確りやれてるんだなと思っていた。
『息子であるお前がまたちょいちょい様子を見に行ってるから大丈夫だろうと思っていたんだがな……』
そう言って、行き場の無い溜息をついた親友の男。
そして叔父が追い打ちをかける様に告げた。
『お前の学費も、就職の為の費用も、そんなボロボロの兄貴がどうやって出したと思う? ——頭を下げたんだよ。親戚中にな』
俺の中で、何かが砕け散る様な感覚が広がった。
そして、失われてしまったかけがえの無い時間。もう取り戻す事の無い時間をコレでもかというくらい感じてしまい。
どうする事もできずに無惨に咽び泣いた。
事実を全て話した上で、俺達も悪かった所もあるとフォローの言葉を掛けてくれてはいたが、今の俺にはその全てが無意味に思えた。
表面上では、全て俺から見ていた親父は。
全く持って別の姿だった。
通夜も葬式も終わって、親父の寝かされていた布団をゴミ捨て場持って行く時も、俺の心はここにあらずと言った風に呆けていた。
その布団にはとっくに親父の温もりなんかなく、遺体の冷たさだけが残っているのに、俺はそれでももう二度と戻らぬ親父の姿を追って、過ごしていた。
涙は枯れ果てた。
悲しみなんかではなく、取り返しのつかない焦燥感がただただ押し寄せて来るばかりだった。
何が家族愛だ。
コンマ1%も理解しちゃいなかったのだ。
サボリ癖があると思っていた親父は。
実は、癌が進行して腹水-癌による症状-が溜まり動けなくなって寝ていただけであった。
俺に関する様々なお金を工面してくれた親父は。
親戚中に頭を下げ回って、俺のために借金してお金を準備してくれていたのである。
色々と問題を起こして帰れなくなった時も。
親父は俺のためであれば問題なく車を出して駆けつけてくれた。癌に蝕まれた身体を引きずって。
自分の過去の行いと、親父との関わりを考えると。
一つの応えに行き着いた。
……いつからだろう。俺が他人の親と親父を比べる様になったのは。
まだ離婚する前。
散歩の時につないでくれた親父の手を思い出した。
死ぬ間際の骨と皮だけの手と違って、大きかった。
いつからか、俺は理想の父親像と言う物を持ち始め、それを親父と比較して軽んじる様になってしまっていた。
それはある種の親離れと言う感情かもしれない。
だが、離婚と共に親父の元を一時期離れた俺は、そのまま親父と言う物を何処か他人として見る様になっていた。助けになってくれる都合の良い人。
……自分自身で親父の存在を殺してしまっていたんだ。
だから、何も気付けなかった。
それ以外の部分を見ようともしなかったのだから。
殴られた理由がやっと判った。
いや、殴られても済まないだと言う事も理解で来た。
そして俺は、親父と共に過ごした闘病期間である一ヶ月でも、親父と正面切って話し合う事さえ、見る事さえしなかった。
親父は、俺の理想の父親像と言う物を見てくれていて、何でもしてくれていたと思う。親権は母親に持って行かれてしまったが、時折顔を見せてくれる俺の為に精一杯親らしくあろうとしてくれている。
そんな状況で俺は……。
そうやって自分の中で折り合いを付けて、本当の意味で親父の死と言う物を理解できた。
俺が殺したんだ。
自分勝手な理想を振りかざし、己の中から親父の存在を。
そして、様々な負担を強いて、本当の意味で死なせてしまった。
もっと早く気付けば良かった。
「もう、遅い…………親父はもう居ない」
そう言って、そのまま全身の力を抜いた。
そのまま藻屑になって消えてしまえば良いと。
ーーー
だが、俺は生きている。
お世話になったからという理由で線香を立てに船に乗って来ていたユウジンが、防波堤から飛び込む俺の姿を丁度見ていたからだった。
船から海に飛び込んで、テトラポットの潮流に吸い込まれそうになる俺を間一髪で助けたそうだ。
「お前……」
一発殴ろうかと思ったらしかったが、うつろな目で何かを呟く俺をとてもじゃないが殴る事はできなかったらしい。
たしか、抱きしめられる感触があったかもしれない。九月暮れの海ですっかり冷めてしまった俺の身体にはその暖かさが懐かしかった。
……駄文でした。
全てが終わってしまった状況で、自分の知らない所で誰かを傷つけていた話です。それを知ったクボヤマは自殺しようとして、できませんでした。
社会人になったと言えど、まだまだガキの一人の青年に寄ってたかって大人が何を言ってるんだと思いますが、実際にこういう出来事があると、人は感情をコントロールできなくなり、次々攻撃できる人を攻撃し始めます。例えそれがお門違いであると判っていても。
そしてやり玉に上がってしまったクボヤマと、実際にそれが自分のして来た事が事実であるが故に否定する事さえできずに抱え込んでしまったのです。
そして自殺する事によって終わらせようとしたその感情と記憶なのですが、本人は生きながらえて普通に父親の使っていた家で生活を始めます。その感情と記憶は、一体どこへいってしまったのでしょうか。
答えは次話で。




