無秩序区の迷宮、深層の軍勢2
5300文字くらいです。
少し長めになっています。
崩壊音と共に、頑丈な扉が開かれる。最も、扉の蝶番がその構造に従って開閉した訳ではなく、扉の回りの一枚岩の様な物で出来た枠が抉れ、内側に向かって倒れて来たのである。
一番乗りに躍り出たのは、体長四メートル程もあるトロルだった。オークとは違って金色に光るその瞳孔は、また異色の怖さがあった。鎧の隙間から見える皮膚は暗い灰色で、松明の光から窺える質感は、さながら象の皮膚を感じさせた。
破城槌に使われそうな太い木の丸太を軽く小脇に抱えて、倒れたドアの上に乗り、牙ではなく、人間の歯の様な引き裂くより噛み砕く・磨り潰す事に進化した様な滓の詰まった黄ばんだ歯の並ぶ口を大きく開き、咆哮する。
『ダンジョントロル
迷宮の奥に住まう魔物。寿命は長く、不衛生な魔物で、地上に居る種族は苔生して緑色になっている訳で、本来の皮膚は分厚い灰色をしている。迷宮の底にて武器を扱う術を覚えている。粗暴な性格から、暇つぶしにオークを甚振り殺す事もある』
「コイツがここの主か!?」
エヴァンが叫びながら、誰よりも先にトロルへ向かって行く。
トロルが大振りした丸太を左手の裏拳で弾き返すと、かなりの衝撃だったのか、門を破った丸太は木っ端微塵に砕けてしまった。俺は破片がルビーに届かない様に聖域で逸らす。
「———ぉぉぉぉおおお!!」
走る勢いのままトロルの太い足と組み合って、雄叫びを上げながらエヴァンを押しつぶそうとするトロルに対し、エヴァンも同じ様に声を上げながら全身に力を込める。
彼の膨大な食事量により溜め込まれていた魔力が、竜魔法へと使用されて行く。魔力が溢れ出し輝く瞳、全身からは未だ幼いながら竜の覇気が迸っていた。
そして、足を持ち上げられ、人型の象は叫び声を上げながら後ろに倒れた。その衝撃で何体かのオークが潰れる悲鳴が聞こえる。オークの持っていた武器も壊れている事から、トロルの皮膚の頑丈さが判る。
「今日はキテる! 俺らは必ず生き残る! ——あいつに続け!」
エヴァンの初手が俺達の勇気を後押しした。
温玉が両手に斧を掲げ奮起し、扉から侵入して来るオーク達に斬り掛かって行った。TKGの残りも続き、オークの首を狩って行く。
「切りが無い! 精神統一する時間を稼いでくれ!」
押し寄せる数は膨大で、幾ら倒しても切りが無かった。攻撃力の要であるエヴァンもトロル相手に未だ取っ組み合いを続けている。
業を煮やした半熟がそう告げ、温玉と煮卵がそれぞれ返事をすると、彼の進行に居るオークをも相手し出す。
「——、———、鎌鼬」
彼の錫杖がシャンと綺麗な音を鳴らした。
精神統一し、念仏の様に唱える呪文によって紡がれる法力が、無数の風の刃を作り、前線に居るオーク達を切り裂いて行く。
温玉が避け損ねて足を切ったが、自動治癒がすぐさま治療する。
「こりゃすげぇ!」
治った足で何度か飛び跳ねると、温玉は再びオークに向かってその大きな斧を振るう。彼の豪腕が、そこから生まれる強大な膂力が斧へと伝わり、粗悪だが鎧を身に着けているオーク数体を、返り血の中で豪快に笑いながら薙ぎ払い、強引にまっ二つにして行く。
「へいへい頭領! その柱の印を付けた位置を壊してくれないかな!」
「こっちはこっちで忙しいわい!」
煮卵の提案に、文句を言いながらも温玉はオーク達の相手をしながら彼が指差した柱の方へと向かって行く。そんな煮卵はその小柄な体格を活かした動きで軽快に指定した柱を登って行く。
(なる程、取っ掛かりが無くてもロープを使ってあんな風に登れるのか)
柱に回したロープを握りしめて、走る様に柱を駆け上がって行く煮卵のプレイヤースキルに感心してしまった。
「精神統一は既に終わっている。ここは俺に任せてもらおう!」
温玉とオークの間に割って入った半熟が、錫杖を振り回してオークを昏倒させて行く。そして同時に唱える念仏は、鎌鼬を作り出し「喝ッ!」と言う声と共に、彼の回りのオーク達を切り刻んで行く。
「上は準備オッケー。ねぇねぇ下はどうなの頭領?」
「今やるから待ってろ!」
上の部分が壊れて閉まっている意味の無い柱を登り切った煮卵は、その頂部にローブを固く縛って温玉が根元の印をつるはしで壊すのを待っていた。
「そうそう、僕は君たちみたいに力が無いからね!」
荷卵は、いつの間にかもう一本張られたロープを握っていて、それはオークが密集している入り口付近の壊れて出来た突起に括り付けられていた。そこから更にロープは伸びて同じ様な脆そうな柱に結ばれていた。
「おら! ほら行くぞ!」
「了解了解! アトラクションだね!」
温玉のつるはしによる一撃で、柱の根元は脆くも崩れ去った。そして、荷卵が柱の上で思いっきりロープを引っ張り、倒れる柱の進行方向を入り口に密集するオーク達へと向ける。
「きゃあああっっ!」
温玉が壊した柱の他に、ロープによって繋がれていた柱も引っ張られる様にして同時に倒れる。まぁ元から脆そうだったんだけど、普通折るか。しかも二本同時に。
オーバーキル気味に轟音と粉塵を巻き上げながら崩れ、オークを潰して行く二本の柱。柱の後ろに隠れていたルビーが、目の前で起こったこの現象に耳を塞ぎしゃがみ込んでビビっていた。
もう替えのパンティ無いんだから。
頼むからここでは漏らさないでくれよ。
「良いチームワークだな」
俺は倒れる柱の衝撃から、上手く勢いを殺して飛び降りた煮卵に話しかけた。
「こんなに上手く行くのはなかなか無いよ。やっぱり今日はキテるね」
そう戯けながら、彼はキョロキョロと戦いに使えそうな物を探して戦場を駆け巡り始めた。アクロバットの技能が、壁や柱を使って縦横無尽に動く助けになっているんだろうか。
「ちょ、ちょっと! こっちに来てるわよ」
オークは隠れた女を見つけると、目の色を変えて襲いかかって来る。俺は鉾の形にしたクロスを振るって応戦しているが、もうゴチャゴチャとして来たこの戦場に面倒くさいという感情が沸き立って来ていた。
「離れるなよ?」
「……わ、わかったわよ」
俺の一言に、一瞬尻込みしたルビーは、どうしてそうなったのか判らないが俺の腕に手を回して密着した。
「おい……なんでそうなるんだよ。鉾持ってんだぞ」
「も、弄んだわね!?」
未だに思考回路が掴めないよ。
俺はそれでも放さない彼女に、溜息を一つついて、クロスを十字架の形に戻した。
「聖十字」
邪神の軍勢だとしたら、効果抜群だな。普段よりどことなく威力が増していると感じる聖十字をどんどん放って行く。これくらいだったら大丈夫だろう。
「よっしゃああああああ!!!」
オーク達のど真ん中で、彼等を潰しながらトロルと争っていたエヴァンが、雄叫びを上げる。その手には強引に千切られたトロルの首がも掲げられていた。
その様子を見た途端、オーク達が目の色を変えて戦き出す。
「はっ! コイツらビビりやがったぞ!」
温玉が逃げ腰のオークを追い込んで行く。
そりゃどれだけ傷を付けてもすぐに回復して向かって来る相手である。そして戦力として投入しているトロルを一人で、それも素手で倒す奴がいる。
トロルが負けた事が、オーク達の心の中で勝てないかもという、あの首を見て次は我が身だという恐怖心を呼び覚ました。
「おい、お前ら。———次はどいつだ」
エヴァンがそう言いながらトロルの頭を握りつぶす。頑強な骨格の中でも更に強固である筈の頭蓋骨が、血しぶき、眼球、脳等その他諸々を吹き出しながら拉げて行く。
一番近くで見ていたオークは、恐怖やら彼の魔力による圧力やらで瞬きすら出来ない。そして固まっていた軍勢の一番後方の一人が、武器を投げ捨て後ずさって逃げ出した。
この戦いは俺達の勝利に思えた。
だがそこへ、新たな敵が出現する。
最初に逃げたオークの首が飛んだ。
「雑魚共、たった数人相手に何やってんだ!」
辛うじて聞き取れた。
オークに良く似たそいつは、しゃがれた声だが確かにそう喋ったのである。
ガシャガシャと質の良さそうな鎧をならしながら、悠々と此方を睨みながら歩いて来る。二メートルに届きそうなくらい良い体格をした大男である。オーク達の猫背姿とは違って、背筋を伸ばして歩くその姿からは知性が感じ得た。
『ブリッツ:ダンジョンハイオーク
邪神に作り出されたオークの上位種。古代人とオークを掛け合わせた存在。知性を宿し、狡猾でオーク達を指揮する』
そいつの声を聞いた途端。
オーク達の目が変わった。
「トロルがダメなら奴を出せ。神官共!」
ハイオークの声に合わせて、後ろから神官姿のオーク達がワラワラと出現した。そして「やれ」と腕で指図する。
「な、なんだ?」
目の前で繰り広げられる光景に、温玉が呟く。
俺達が建っていた部屋の床の模様が、赤く輝き出した。
「呼び起こせ! プルフラスを!」
ハイオークのしゃがれた叫び声と共に、ぼろぼろになった部屋に火が灯る。
強い魔力が集まり出していた。
「どうにかして奴を止めろ!!」
俺は叫んだ。
この状況は不味い。
思い出したが、実に似ている。
プルートが冥界からその眷属を召喚する時の魔法陣。そして、邪将達が魔王を呼ぶ時の魔力の流れに。
「煮卵! 半熟!」
温玉の声に合わせて、オーク達を切り裂きながら神官達を阻止するべく動き出す。エヴァンはオーク達を派手に吹き飛ばしながら、新たに出現したボスクラスを目指して既に一人進軍している。
「壁を作れ! 豚共!」
ハイオークの声に合わせて統率が取られたオークは密集し壁を作る。
それによって、俺達は攻めあぐねる。
あの神官達を倒さなければ、実に面倒な事になる。
オーク神官達が紡いでいる言葉を断ち切らなければ、魔王に次ぐ力を持つ何かが召喚されてしまう。それこそ、ハイオークが叫んでいた『プルフラス』と呼ばれるモノが。
「邪魔だどけ! ——幼竜咆哮!」
エヴァンが咆哮を上げ先陣を切る。
それに続く様に温玉が叫びを上げて豪腕を振るう。斧を振るう。
半熟が錫杖を鳴らし振るう度に鎌鼬が旋風する。
煮卵は、何かを塗った投げナイフで確実に仕留めて行く。
「ちょっと、何がどうなってるのよ」
ルビーは既に状況を理解できていなかった。
「そうだ。お前、この魔法陣の中心に立ってみろ」
「はぁ?」
俺は魔素恒常を思い出す。邪神の力を備えた宝石を木っ端微塵にする程の強制力だった筈。未だよくわからん仕様だが、この迷宮に対する切り札になるかもしれない。
彼女は意味がまだ判っていなかったようで、ぶつくさ文句を言いながらも黙って俺の指示に従った。
「それにしても何なのかしらコレ? でっかい絵よね?」
ルビーの興味はすっかり魔法陣へと移っているようで、自分がスカートをはいていない事なんぞ、最早どうでも良いようだ。そこそこボリュームのあるケツをプリプリ振りながら、床に描かれた魔法陣をペタペタと触る。
俺は立ってろとしか言ってないんだけどな。
部屋の外と中では、温度差が違いまくっている状況だった。
「あら、光が消えたわよ?」
彼女が暫し触れていると、魔法陣の赤い輝きが徐々に失われて行った。
成功です、魔素は自然に返りました。
「何故だ! 神官共! さっさとしろ!!」
ハイオークの叫び声が響く。たが、それが成功する筈も無い。魔を尽く還す切り札と言っていい程の能力があるからな。
流れは此方にあるままだ。
キテる。キテるぞ。
「召喚陣は機能しない! 後は狩るだけだ!」
俺は戦う彼等を鼓舞する。
法王による絶対支援は任せて貰おう。
巨大化させたクロスを浮かべる。それは人類の希望であって、女神の証だ。神々しい程の光を放ち、絶対的な支援を行う象徴となる。
「聖なる領域!!」
ただし、女神ではなく運命の女神だけどな。
元法王は、未だ女神と共にある。まぁ、そのお陰で法定聖圏を引き継ぐ事無く、守りを現第五枢機卿である彼に任せられるんだけどな。
聖なる輝きは、後光となって彼等を導く。
「ぁ……ぁぁ……何故、こんな所に……」
ハイオークが呻く様にそう呟いた。
オーク達は聖なる光に縮こまり、踞っていて何も出来ない。
そして、エヴァンが大将首をもぎ取った。
文字通り、彼は驚異的な速度で接近すると、有無を言わさずハイオークの首を捥いだのである。
血飛沫と共に硬直したハイオークの身体が、ゆっくりと地に倒れ込んだ。静かな空間に、鎧が大きな音を立てて地に伏す。
その音が、俺達の勝利の合図になった。阿鼻叫喚の奇声を発しながら、オーク達は狂った様に逃げ出して行く。
「ハハハ……勝った、勝ったよ!」
「うむ。俺達の勝利だ!」
煮卵は静かになった空間の床に座り込んで信じられないと言った風に笑い始めた。そして同調する様に温玉が斧とつるはしを両手で掲げる。
全員が安堵し、視線で勝利の喜びを分かち合おうとしていたその時である。一息をつく間もなく、迷宮内で地響きが起こる。
「次は何だ!」
もう終わったんじゃないのかよ。とエヴァンが叫んだ。
どことなく嫌な予感がして、俺は後ろを振り返った。そう、迷宮に対する切り札となった女が居る後方を。
「……あれ? なんか奥の方に大きな魂が飾ってあって、触ったら砕けたんだけど?」
コイツはマジで、次から次に厄介毎を運んで来る。
そうして、迷宮は崩壊した。
俺達は迷宮崩壊の波にのまれて行くのである。
深層へ落ちた辺りから、ルビーがパンツ一丁だと言う事を頭に入れてもう一度読んでください。笑
地上に自然発生している魔物と、迷宮に潜む魔物は違います。




