5-2.ムダを省いたのだから感謝してほしい
ホテルを出た私は、その脚でハンネスが運ばれた病院へ向かった。
すでに処置は完了し、教えられた病室へ向かうと彼は穏やかに眠っていた。腕や胸、頭には包帯が巻かれているものの苦痛に顔を歪めているということもない。
ベッドの傍らにあった椅子に回収してきた彼のカバンを、そして枕元に手帳と写真を置く。
「ここで休んでいるといい」
家族と一緒に。
眠っている彼にそう言い残し、私は病院を後にした。
曇り空の下、病院から街の中心部に歩いて向かう。病院を出てからすぐに私を尾行してくる連中がいるけれど、気づかない素振りをして歩き続ける。
たぶん彼らがエスト・ファジール帝国の諜報員。数は一、二……四人。なるほど、ハンネスの戦闘力はそれなりに高いはずだけれど、さすがに不利過ぎたと思料する。
ともあれ。
「敵は炙り出せた」
となると、今度は彼らにメッセージを伝える必要がある。
街中で彼らとやり合うと周囲への影響が甚大。なので、私が少々本気で戦っても問題ない時間と場所を思案。街から離れたところの山裾に静かな場所があるのでそこがベストか。ちょっとした林になっているから隠れるにもちょうどいい。
敵がついてきているのを確認しながら、鉄道駅近くにある大きな建物に入る。いくつもの店が集合しているデパートで、その中にある文具屋に向かうと試し書き用のメモ帳に手早くメッセージを書き殴り、破るとスカートのポケットへ。そしてフロア内をグルっと回って外へ出て鉄道駅内へと向かった。
迷宮都市だけあって駅は大きく、いつも大量の人間であふれてる。その乗客たちに紛れ込むと、私は一気に走り出した。
改札のゲートを飛び越え、ホームへ。向かってくる人混みの隙間を縫って走り抜け、やがて出発しそうな列車に飛び乗って――車内を移動し別の出口から私は降りた。
程なく列車のドアが締まり発車する。ホームは降車した客でごった返してて、その中に紛れながら連中の様子を確認すると悔しそうな顔で列車を見送っていた。
彼らに静かに近づく。会話の言語はエスト・ファジール語だからターゲットに間違いない。人の流れに紛れながらリーダーと思しき一人に接近し――ポケットに先程のメモを忍び込ませた。
「これで――」
後は夜になるのを待つばかり。敵が間抜けじゃなければメモに気づいて指定の場所にやってくるはずだ。
ならば残りの時間は、諸々の準備をしておこう。私は駅を後にすると、馴染みの武器屋の方へと歩いていったのだった。
いろいろと準備を終えると私は一足先に目標地点へと向かい、たどり着いた時にはすでに夜もそれなりに更けた頃合いだった。
人々の営みの物音は遠く、吹き抜ける風が時折木の葉を揺らして音を立てる。その中で私は気配を消し、息をひそめて敵がやって来るのを静かに待っていた。
やがて一般的に深夜とされる時間になる。街の方の明かりは少しずつ消えていって、けれども見上げればやや縁の欠けた月明かりが私のいる場所を照らしていた。
(――来た)
リーダー格の男を先頭に、敵が姿を見せる。木々のない開けた場所に着くと彼らが周囲を見回し始めたので、私も消していた気配を露わにして彼らの前へと進み出た。
彼らの視線が私を捉えると、四人ともが驚いた様子を見せた。が、すぐに落ち着いた口調で尋ねてきた。
「……貴様がコード00――ノエルか?」
「肯定。貴方たちエスト・ファジールが探している、かつてコード00と呼ばれた戦闘兵器は間違いなく私」
認めると彼らから再び驚きが伝わってくる。
昼間は私を尾行していたけれど、どうやら私が「ノエル」であるとは思っていなかったようだ。彼らの一人が漏らした「こんなガキが……」というつぶやきを私の耳が拾ったけれど、無理はない。戦争が終わって五年。未だ子どもの容姿を保っているとは想像だにしてなかったはず。
「我々がどこから来たかまでお見通しか……にもかかわらずそちらから接触を打診してくるとはね」
「私を探しているのには気づいていた。けれど、貴方たちならいつまで経っても私のところにたどり着けないと判断したまで。ムダな時間を省いてあげたのだから感謝してほしい」
「言ってくれるじゃあないか」
彼らの存在は迷惑であるし、私も余計な手間を掛けたのだ。意趣返しとして遠回しに彼らへ「無能」だと告げてあげると、リーダー格はともかく他の三人がやや色めき立った様子が見られた。
この程度の人間を送り込むというのは、私も軽く見られているのか、それともリヴォラントと違って人材が不足しているのだろうか。できれば前者であって、そのまま軽視しておいてくれると今後も対処しやすいから助かる。
「あのリヴォラントのスパイとはすでに接触済みなようだし、優秀な君ならもう我々の要件についても理解していることだろう」
「推定は済み。けれど齟齬がある可能性を憂慮する。そちらの要求を確認したい」
彼らが単に私という存在の確認程度で来たというのであれば、このままエスト・ファジールへお帰り頂く、という選択肢もある。もちろんこれは希望的観測であって、実際には――
「では改めて伝えるとしよう。
我々エスト・ファジール帝国に帰属して帝国発展に尽くしてもらいたい」
「具体性が不明」
「平たく言えば君の体に使われている技術、知識、その他可能なものすべてを提供してもらう、ということだよ。もちろん相応の報酬は支払おう」
――とまあ、こういうわけである。落胆を覚えるほど期待してはいなかったけれど、やはり残念。しかも語調からは有無を言わさない傲慢さが感じられるし、ハンネスのリヴォラント共和国の方がよっぽど友好的だ。
しかも。
「拒否した場合は?」
「賢い君ならそんな選択はしないと思うがね。知りたいのであれば教えよう。
もし、万が一にも我々に敵対するというのであれば――」
リーダー格の男が懐から銃を取り出して私に向けた。他の三人も手にしていたマシンガンや短剣を取り出し、分かりやすい脅しをかけてきている。
「少々手荒い手段を用いたうえで付いてきてもらうことになる」
友好的に物事を運ぼうという意志さえとても見て取れない。これなら彼らに協力しようという気にもならない。そもそも、ハンネスを殺そうとした時点で私に協力する気はないのだけれど。
「我々は寛容なのだよ、ノエル。もし君が故障していたとしても我々は暖かく迎え入れよう。君が対立を選んだとしても矯正すれば問題ない話だからね。
しかし君は大変優秀だ。数でこちらが有利とはいえ君を相手に手加減がうまくできないかもしれないが、その時は仕方がない。最悪、君を破壊することも考慮している」
「私に協力してもらいたいのではなかった?」
「もちろん快い協力の返事を待っているさ。だが、リヴォラントと違って我々にはいささかの余裕はある。戦力、技術の向上は望むところだが道具は使いこなせなければ意味がないし、逃げられて他所の国に所属されるくらいであれば破壊してしまった方がよっぽどマシというものだ。
さて、君の質問には答えたのだからもう一度尋ねよう。
我々に協力してくれるね?」
言いながら銃の安全装置を外し、魔導の詠唱を開始していつでも発動できる状態に彼らは移行した。
私が一言、彼らが望まない結論を口にすれば引き金が凄く軽くなることは明らか。だけれども、私の答えは変わらない。最初から。
「拒否する」
答えを聞き、彼らは軽くため息をついた。
「もう少し賢明であることを期待していたのだけれどね。やむを得まい。ならこちらも伝えたとおりの方針で対応しようじゃないか」
リーダーの男が手を上げる。すると、周囲の草むらから黒尽くめの連中が一斉に姿を現した。
その数は十数人。私を取り囲み、各々銃や剣、魔導用の媒体など様々な武器を向けてきた。全員が真っ黒な戦闘服をまとっていることから、私との戦闘を想定していたようである。
もっとも、私も今更慌てるようなことはしない。四人以外の存在にはずっと気づいていたし、彼らが気配を消したつもりになって周辺を歩き回っていたことも分かっていたのだから。
「全員に告ぐ。コード00を捕えろ。手足を破壊して連れて行く。最悪、殺しても構わん」
「了解」
「では――作戦開始」
かくして、私とエスト・ファジールとの戦争が始まった。
お読み頂き、誠にありがとうございました!
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>




