5-1.彼らが戦争をしたいのであれば遠慮はしない
『――オーケーや。この際や、しっかりカタつけてしまい。せやけど、十分気ぃつけるんやで』
「分かってる。気遣い、感謝する」
ギルドからクレアへ電話を掛け、今日は街に残ることを伝えると、私は再びギルドから出ていった。
目的地はハンネスが滞在しているホテル。ルーヴェンの街はかなり大きいからホテルの数も相当あるけれど、セキュリティや情報収集のしやすさなどを勘案すると諜報員が滞在しそうなホテルは限られてくる。
そうして絞り込んだホテルを対象に、メイドの格好であることを利用しご主人さまより要件を承ったという体でハンネスの滞在をフロントに尋ねていくと、三件目でヒットした。
さらに。
「呼び出して頂けますでしょうか? 六〇五号室だと思いますので」
「……えー、ハンネス・パルヴァ様ですよね? 六〇五ではなくて……ええっと、四一三号室ですね」
「そうでしたか。勘違いしておりました」
「それでは今お呼び出し致しますのでしばしお待ち下さい……あれ?」
経験の浅そうなフロント係から正しい部屋番号を聞き出すと私は姿を消した。そのまま外に出て、人通りの少ない路地側へと回り込む。
息をひそめ、周囲に人がいなくなったことを確認。私に向けられた視線もない。
「――ステルス・シャドウ」
日の当たらない物陰で冥魔導の名を口にした。足元から影が湧き出し、薄いベールが私を覆い尽くす。これで周囲からは私の姿は、単なる影としか認識できないはずだ。この程度なら魔素の消費も少ないので問題ない。
さすがに大きな音を立てると効果が薄れるからバーニアは使わない。代わりに右手を上に伸ばして義手に仕込まれたワイヤーを射出する。
先端のフックがホテルの外壁に引っかかったのを確認すると、ワイヤーを巻き戻して目的の四階まで体を引き上げていく。そこから外壁の出っ張り部に捕まりつつ四一三号室まで移動。安全用ハーネスなしのフリークライミングは中々にスリリングだけれど、大戦中の諜報活動で培った経験はムダじゃなかったようで難なく到着した。「ムダな経験なんてない」とはお兄さんの言葉だけれど、つくづくそう思う。
そんな事を考えながら到着した部屋の中を覗き込む。すると――そこはすでに荒らされた後だった。
「おそらく……エスト・ファジール帝国の仕業」
窓もすでに鍵は壊されていてすんなり中に入ることができたので、歩いて見て回る。部屋の広さは一般的なホテルと同じで、床やベッドにはハンネスの物と推測される荷物がすべてぶちまけられていた。
犯人はたぶん、エスト・ファジール帝国の諜報員。ハンネスを水路に叩き落とした後でやってきたものと推測する。狙いは十中八九、私に関する情報。ハンネス自身が口を割らなかったから手がかりを求めて部屋を荒らした可能性が大きい。
私も彼の荷物を回収するつもりで忍び込んだけれど、どうやら遅かった模様だ。もっともハンネスくらいの諜報員だから、敵に奪われて困るような手がかりはホテルなんかには残してないと期待するし、実際そうでなければ困る。
めぼしいものはエスト・ファジールに回収されてしまっているはず。なので私が回収できるのはせいぜい着替えくらいか。そう考えて中身のぶちまけられたカバンに手をかけると、ベッドの足元に何かが落ちているのに気づいた。
「……写真」
シワと汚れだらけの写真を拾い上げる。諜報員が荷物を荒らしている時に踏みつけられたのだと推測するそこにはハンネス、そしておそらくは彼の配偶者と娘と思しき人物が写っていた。
先日の話のとおり娘の年齢は私の見た目と同じくらい。髪色や髪型は私のそれとほぼ同じで、顔立ちも毎朝眺めている私の顔とどことなく似ている気がした。
写真が落ちていた横には手帳が転がっていたので、そちらも拾い上げて中身を簡単に確認してみる。
書かれていたのは日記。諜報に関する記載はなく、ひたすらに彼の家族と国の将来を案じる内容だった。そこから如何に彼が家族を、そして国を愛しているかが伝わってくる。
彼は私を相当に連れて帰りたかったに違いない。あれだけ忠告したにもかかわらず迷宮内にまで私を捜しにやってくるのだから、エスト・ファジールから感じる彼の不安もかなりのものだったはずだ。
私に殺される。そのリスクを冒してでも彼は国を、家族を守りたかった。手記からそんな思いが伝わってくるような気がした。もっとも、兵器である私だから人の心や想いが正しく推測できているかは分からないのだけれど。
にもかかわらず彼は最終的には私の要望を受け入れて諦めてくれた。そのうえエスト・ファジールの連中に襲われても情報を渡さなかった。そこに私が恩を感じる必要はないのだけれど――兵器たる私であっても思うところはある。
「なら――」
行動に移す。つまりは、エスト・ファジールの連中を炙り出して今回の件について責任を取らせ、手も引かせる。それがひいては私やクレア、シオを守ることにもつながるはずだ。
部屋の鏡に映った私と目が合う。冷たい目が私の義手を見つめる。もうとっくに戦争は終わった。けれど、彼らがまた新たな戦争を私としたいというのであれば、遠慮はしない。
「……付き合ってあげる」
腕を変形させ、戦闘モードに。両義足も変形し、ミサイルポッドなどの武装、残弾数もチェック。心もとないところはあるけれど、やれないことはない。
心を決めると、ポケットに手帳と写真をそっと仕舞う。そしてハンネスの荷物をカバンに詰め込み、私は入ってきた窓から飛び出していったのだった。
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