5-4.私も……自由になれる?
そして、私は牢屋へと放り込まれた。
何がどうなって今の状況に陥ったのか。途中の記憶がないからまったく分からないけれど、それでも一人ひざまずいていたあの場所が荒野だった理由は分かった。
あそこは、ご主人さまの屋敷だった場所だ。「だった」になってるのは、ご主人さまの屋敷と、そこから数百メートルに渡って何もかもが吹き飛んでしまったかららしい。幸い、変わり者のご主人さま「だった」人は町から離れた場所に屋敷を構えていたので影響は比較的少なかったけれど、それでも町の一部は跡形もなくなったと、私を捕まえに来た人が教えてくれた。
つまりご主人さまも、それ以外の人もたくさん死んでしまった。事あるごとに私を折檻していた使用人も、意地悪ばかりしてきた吊り目のメイドも、同じ部屋で寝起きしていた他の奴隷も、みんないなくなった。
私は独りになった。そして、その責任は私に全部押し付けられた。
「この、悪魔め」
何一つ弁解もできないまま、気がつけば私には死刑判決が下されていた。証拠も何も無くなったけれど、あれだけの爆発の中で私一人が無傷で生きていたかららしい。もう一度牢屋に放り込まれる時に男の人が罵った言葉が、私の中にいつまでも残っていた。
「悪魔……かもしれないなぁ」
吹き飛んだ原因は想像できる。たぶんご主人さまの実験が失敗したんだと思う。私は何もせず寝ていただけだけど、その主張が聞き入れられることはまずない。私は、今度こそ殺される。
「……死にたくないよ」
ひざに顔をうずめて思わずつぶやいた。死んだ方がマシかも、と思ってたけどやっぱり死にたくない。町には美味しそうな食べ物がいっぱいあって、キレイでかわいい服もいっぱいあった。町ですれ違った、私と同じくらいの年の女の子が楽しそうに笑ってた。私も、一度でいいからそんな生活をしてみたい。
「……?」
そう思い描いていると、ふと私の中で何かがうごめいたのを感じた。私の中にまったくの別人がいて、それが何かを訴えかけてきている。言葉は分からないけれど、何となく言いたいことは伝わってくる。
そういえば、と爆発の前にご主人さまが何かまくし立てていたことを思い出した。人間と精霊を結びつけるとかなんとか。ひょっとして、これが精霊という存在なのだろうか。そう問いかけてみるとその何かはうなずいて、「私の自由にすればいい」と伝えてきた。そして、今の私にはそうする力があると。
「ちから……?」
ずっと奴隷だった私に何を言っているのだろうか。そう疑問に思いながらも、精霊さんに促されるままに牢屋の鉄扉へ近づいて鍵の部分に手をかざした。
すると。
「――え?」
頭の中に複雑な何かが勝手に思い浮かんだ。文字と数字の羅列が一気に押し寄せてきて、頭が沸騰しそうなくらい熱くなったかと思うと、あっという間に魔法陣を形作る。瞬きを一度したら手の先にそれと全く同じ魔法陣が浮かび上がっていて、そこから小さな白い光がほとばしった。
ジュッ、と小さな音を立てて鉄の扉にぽっかりと丸い孔ができた。鍵の部分が融け落ちて、繋ぎ止めるものを失った扉がキィ、と悲鳴を上げて開く。こんなにあっさり……本当に私にも力があるんだ。
「私も……自由になれる?」
傍から見たら独り言。だけど今はもう独りじゃない。その証拠に、こうして私の質問にもうなずき返してくれる。
自分で開けることはできないと思ってた扉を見つめる。正直、怖い。私は奴隷としてしか生きてきたことはなくて、ここを出ていった瞬間に奴隷以外の生き方をしなければならなくなる。
不安に少し手が止まる。けれど、私は意を決して役目を失った扉を押し開けたのだった。
それから私は何十年も人との関わりを避けて生きた。
私に生き延びる力を与えてくれた精霊だけれどデメリットもあって、私は歳を取らなくなった。いや、歳は取るのだけれど、外見的な成長が普通の人間に比べて著しく遅くなってしまった。
五年経っても十年経っても、見た目だけは多少小綺麗になっても小娘のまま。もしかして一生このままかも、と諦めかけたけれど、幸いにして二十年も経つと成人直前くらいの若い女性に変わってきたのでホッとした。
逃げ出した直後はどうやってお金を稼げばいいかも分からず不安でいっぱいだった。
どうやら精霊は魔素があれば十分らしく、融合した私も魔素だけでしばらくはもったけれど、それでも何も食べずに、というわけにはいかない。初めの頃はお店の物を盗んだりもしてたけれど、放浪する内にたどり着いた町がいわゆる迷宮都市だったことが幸いした。
元々奴隷というのが非合法な身分で、法的には私も一般庶民。探索者となることも問題はなくて、そして私には戦う力がある。生きる糧を得るのに支障はなかった。
稼ぐ方法を覚えた私は、細々とお金を稼いで貯めながら各地を転々とした。最初の頃は死刑囚である私の手配写真が各地に貼られていてビクビクしながら生きていたものの、数年も経てば写真も色褪せて、二十年も経てば誰も私なんて気にしなくなった。
そも、二十年前とほとんど容姿が変わらない人間なんていない。私が写真の人物と似てても、今となっては他人の空似で押し通せるに違いなかったので、私の中からも逮捕されるという不安は消えていった。
「でも、単なる力だけじゃダメ」
力だけで知識が無いと賢い人間に食い物にされる。奴隷時代に、ご主人さまが口八丁で商人や投資家からお金を巻き上げるのを何度も見ていた私は、それを理解していたし、何より、探索者になったばかりの時には何度も騙された。
稼いだお金で買った装備が紛い物で役に立たなかったり、受けた依頼が相場より安い割にあまりにも危険だったり。精霊の力があったおかげで生き延びることができたけれど、たぶん、普通の人間だったら何度も死んでたと思う。死にはしなかったものの、めちゃくちゃ痛い思いもしたし。
だから私は少しずつ書物も買い集めた。貯めたお金で人里離れた山奥に家を買い、時折町へ下りながらも、畑を耕したり本を読んだりして生活した。中でも専門書――魔導と工学に関する本は好んで読みふけった。明確に新しい知識が増えて、それを実践してみるという工程が私に合っていたんだと思う。
そうして、気づけば逃げ出して五十年が経っていた。
当時のことを知る人はもう誰もいなくなっていた。住む場所もだいたい十年毎に変えていたから、容姿が変わらないことに気がつく人もいない。
この頃には探索者の仕事はとっくに辞めて、とある町の隅っこに開いた小さな機械修理のお店で静かに暮らしていた。顔を隠すこともせず、人々との繋がりを断つこともない。
五十年経って、私は本当の自由を手に入れていた。
「いらっしゃい」
そんなある日だった。
店の入口に取り付けたベルがカラン、と来客を告げた。私は前日に持ち込まれた魔導コンロを修理しながら、顔を上げずに歓迎の挨拶をした。
「あの、すみません。これの修理をお願いしたいのですが」
若い男性の声。視線を上げていけばまず、男性の右手のひらに乗った義手が目に入った。左手がある場所が空っぽなので、彼自身の義手らしい。そこからさらに顔を上げていって、男性の顔を見た。
途端に、何か不思議な感情に包まれた。胸が熱く、苦しくなって、だけれど男性から目が離せない。
男性の方も、口を半開きにして私を見つめていた。だけど私より先にハッとして目を逸らし、顔が一気に赤らんでいく。それを見た私もハッとして男性と同じように顔を真赤にして顔を逸らした。
(なに、この感じは……?)
初めて抱く感情。だけれど、この感情の正体を、私は直感した。
(ああ、なんてこと……)
まさかと思う。でもそのまさかが私に起きたその奇跡に、困惑より嬉しさが勝った。
この世界に生まれ落ちて六十幾年。
どうやら私は恋に落ちてしまったらしかった。
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