5-3.狂った私を生み出したのもこの世界よ!
私とヴェネトリアは空中で激しくぶつかり続けていた。
白魔導の間隙を魔素で強化された十四.五ミリ弾が貫いていき、けれどヴェネトリア自身を貫くには至らない。もっとも、それは私としても織り込み済み。なので直後におびただしい冥魔導をお見舞いしてみるけれども、彼女の白魔導で相殺されて届きはしなかった。
魔導同士がぶつかりあった余波で白黒入り混じったまばゆい光が飛び散り、行き先を失ったエネルギーが暴風となって吹き荒れる。それに紛れる形でヴェネトリアの姿が消え――次の瞬間には白い剣を振り上げて私の背後に現れた。
「っ……!」
黒い障壁をとっさに展開するも、光に侵食されて斬り裂かれる。それでも剣の軌道を逸らしたおかげで回避が間に合った。今のは危なかった。
お返しに私からも冥魔導で四方から攻撃しつつ、接近戦を挑む。剣戟については、彼女も素人に毛が生えた程度。軌道を読んで回避し、懐へと入り込んで義手の拳を叩きつけた。
腕でガードされるも、さらにそのまま回し蹴りを食らわす。キレイに胸元にヒットした。手応えはあったけれど、それでも彼女も精霊とほぼ同一になった存在。単なる打撃では致命傷には至らず、彼女はニィと笑って私へと再び魔導を放ってきた。
「さあどうする、ノエル!? もう時間が無いわよ!?」
バーニアと翼による機動を駆使して飛び交う白魔導を回避しつつ視線を背後に向けた。
妹たちの儀式は進行中。光や描かれる魔法陣はますます数を増していて、汲み上げられている魔素の量は留まるところを知らない。
「問題ない」
そううそぶいてみるものの、残り時間は少なそうだ。
このままでは私が不利。危険だけれども、攻勢に出る必要がある。そう判断し、後ろに退くことを止めて前に出る。
相殺しきれなかった魔導が私の頬や手足を斬り裂いていく。白魔導は私の冥魔導とは対照な性質だからか、流れた血がいつものようには止まらない。が、致命傷にはほど遠い。構わず前に出続ける。
「良い覚悟よ! さあ、私たちを止めてみなさい!」
「言われずともそうする」
高揚したヴェネトリアとまたぶつかり合う。接近戦を仕掛け、離れて魔導の雨を降らせる。彼女も同様に私を排除しようとする。けれど彼我の力は拮抗して決着には至らない。
「貴女の願いは、何!?」
「誰にも教えたことは無かったけれど、貴女になら教えてあげてもいいわ! 私はね、子どもを取り戻したいの!」
「子ども? それは貴女の?」
「そう!」
眼の前で剣を振り下ろしてきたヴェネトリアの顔が明確な狂気に歪んでいた。
「私はあの子との時間を取り戻すの! 何としても、何としても……!」
「そのために世界が滅亡に向かってもいいという判断?」
「世界がどうなろうと些細なことよ!」
馬鹿な。人間一人の命と世界中の命。平和なところで理想論者は綺麗事を説くけれど、どちらかを選ばなければならないのなら迷うことなく後者だ。けれどヴェネトリアは本気でそう信じているのが伝わってくる。
「狂ってる」
「ええ、そうでしょうね! だけど狂った私を生み出したのもこの世界よ! なら自業自得と言えると思わない!?」
「それはどういう――」
世界が彼女を狂わせた。その意味するところを問いただそうとしたその時、上空で目がくらむようなまばゆさが降り注いできた。
見上げれば、妹たちから発せられる光が増していた。最早私を取り巻く世界の情景は白一色に近く、このままだと世界中が光に飲み込まれてしまいそうだ。
いよいよリミットが迫ってきた。バーニアで加速してヴェネトリアにぶつかっていく。冥魔導を放ち、彼女の白魔導の間隙をかいくぐって魔導で作り出した黒い剣を振り下ろす。対する彼女も白魔導で作り出した剣で私の一撃を受ける。
至近距離でぶつかり合い、激しく黒と白が明滅する中で不意に何かの情景が頭の中へと流れ込んできた。
(これは何……?)
薄くぼやけていた映像。それがいくつも流れてきて、けれどヴェネトリアと剣を二合三合と合わせる度に次第に輪郭がはっきりしてくる。
「受け入れなさい、ノエル! 私の願いを――邪魔しないで!」
ヴェネトリアが叫びながら振り下ろした剣を受け止めた。
その途端、一層激しい光が爆発的に広がって――私の意識は情景の奔流に一気に押し流されていったのだった。
「何べん言ったら理解しやがるんだ、このクソガキが!!」
使用人の男から振り下ろされる鞭を、私は他人事のように眺めていた。
バチンと音を立てて皮膚を叩き、強い痛みが走る。けれど想像の範囲内。歯を食いしばっていれば耐えられない程ではない。
「……ふん、気を失ったか。こうやって叩かれたかったらいつでもヘマしていいぞ、ヴェネトリア」
叩かれるがままにしばらくジッとしていると男の人は気が済んだようで、傷だらけの私に向かって最後に唾を吐きかけると部屋を出ていった。戻ってくるのを警戒してそのまま動かずにいたけれど、どうやら本当に行ったらしい。私は体を起こした。
腫れた腕を撫でる。痛い。何かヘマをした記憶はないけれど、しょせん私の人生はこんなもの。生かされている奴隷が何かを主張したところでもっと酷い罰を受けるだけだ。同じ部屋にいた名前も知らない子は、ある日、呼ばれて何処かへ連れていかれたまま帰ってこなかった。それを考えればマシだ。
「いや……どっちがいいのかな?」
あっさりと死ぬ人生と、奴隷としてゴミのように扱われる人生。気づけばスラムでお腹を空かせていて、拾われてからも苦痛に耐えなきゃいけない現状。もしかしたら死んじゃった方がマシなのかもしれない。
そんなことを時々思いながら、けれども怠惰に現状を受け入れて生き続ける。何も思わず、何も感じず、何も疑わず。これが、神様が私に与えた人生なのだと思いこんで、ただ遠からず来るだろう終わりの時を、私は待った。
そしてその時は思ったより早くやってきた。
「ヴェネトリア、こっちに来い。旦那様がお呼びだ」
側仕えの男の人から呼ばれ、私は耳を疑った。旦那様が奴隷を呼ぶことなど、滅多にない。もしかして夜伽でもさせられるのだろうか、とも思ったけれど、私みたいな汚い奴隷を相手にする主人は聞いたこともない。もっとも、私のご主人さまは世間でも変わり者という評判らしいので、ひょっとしたらありえるのかもしれない。そこで気に入っていただければ、少なくとも今の生活からも抜け出せるかも。
だけどその期待をあっさり打ち砕くように、側仕えの男は階上の寝室ではなくて薄暗くてジメジメした地下へと私を連れて行く。
(地下室があるのは知ってたけれど……)
いったいどれくらい深いんだろう、と思うくらい階段をずっと降りていく。やがて階段を降りきった先にある部屋の扉に私だけが通された。中にもう一枚扉があって、恐る恐るノックをすると、入りなさい、というご主人さまの声が聞こえた。それにしたがって入ってみると――一気に生臭い匂いが噴き出してきた。
部屋は薄暗くて足元も覚束ないくらい。床に壁に天井にと、至るところに何か絵のようなものが描かれていた。壁には本棚があって、びっしりと分厚い本が敷き詰められている。何か、禍々しい雰囲気だ。見るのは始めてだけど、もしかしてこれが魔法書というやつで、床とかに描かれてるのは魔法陣というやつだろうか。見ていると気持ち悪くて不安になるけれど、私に拒否できるはずはない。
「やあ、いらっしゃい。待ってたよ。さあ、ここに横になって」
眼鏡を蝋燭の光に反射させて、ご主人さまが不気味に笑う。言いようの無い恐怖を感じながら、言われるがままにシーツに赤く紋様が描かれたベッドの上に寝ると、手足が拘束された。
「大丈夫だよ。何も怖いことはないから」
奴隷の私に対しても優しい声色が、やけにおぞましく聞こえる。本棚にあるのと同じような分厚い本を持っていて、よく分からない模様を私の体や床とかに描き始めた。
「あ、あの……ご主人さま」
「ん? なんだい?」
「これから……私に何をされるのでしょうか?」
不安から奴隷という身分にもかかわらず私から質問してしまった。だけどご主人さまは微笑んだ。
「君はね、礎になるんだよ」
「礎、ですか……?」
「そう。特別に教えてあげよう。私が描いているこの魔法陣はね、精霊と人間を結びつけるためのものだ。まだ改良途中だけどね」
「はあ……?」
「この本によれば、人間の生命力・知恵と精霊の持つ力、それらを融合した魂を用意して共鳴させることで局所的に莫大なエネルギーが生まれる。その瞬間、世界に『孔』が生まれて『願望器』が生成されるはずなんだ。そのためには人間と精霊を安定して融合させる魔導技術の確立が必要となる。基本理論は確立できた。だからあと一歩なんだ。ここ数回、惜しいところまで行ってるから、もう少し実験すればきっと成功すると思うんだ」
楽しそうにご主人さまは語った。反面、私の気持ちはすっかりと冷めきっていた。
(ああ、そういうこと。だから他の子たちは――)
帰ってこなかったんだ。ご主人さまの話は難しくてよく分からないけれど、「終わり」だけは理解できた。
要は、ご主人さまの実験材料ということ。何度も今回のような実験を繰り返してて、他の奴隷の子たちはその実験に失敗したのだろう。だから――こんなにもこの部屋は血の匂いでいっぱいなんだ。
そして今回も結末はきっと同じ。私の人生はここで終わる。
「さあ、始めるよ」
ご主人さまが何かをつぶやく。すると部屋の天井や床の魔法陣が赤白い光を放ち始めた。それが床からベッドへと伝わって、やがて私の体に描かれた魔法陣もまた一気にまばゆい光を放っていく。
「ああ■■■ああぁぁぁぁっ……!!」
それは同時に、私に耐えられないほどの苦痛を与えた。
いたい。イタイイタイ。くるしい、くるしいくるしいくるしい。口で訴えることはできず私はがむしゃらに暴れた。でもベッドに縛り付けられるから逃げ出すことはできなくて、ご主人さまは私の悲鳴なんて聞こえてないように嬉しそうに声を上げていた。
「ぁぁ、ぁぁぁっっっ……!!」
「おお! すごい、すごいぞ……!」
何がすごいというのか。私はこんなにも苦しいのに。こんなにも痛いのに。
こんな惨めな人生、いつ終わってもいいと思っていた。だけど、死ぬのにもこんなにつらい思いをしなければならないなんて、私がいったい何をしたというのか。
怒りと憎しみが湧き上がってくる。同時に、苦痛に紛れて何かが入ってくるような感覚を覚えた。
私を引き裂いて奥へと無理やり入ってくる。激痛でいよいよ声さえ上げられなくなって、眼の前がだんだんと白く塗りつぶされていく。私という存在が塗りつぶされていく。
助けて。力を振り絞って叫んだ。だけど助けはこない。来るはずもない。誰も私を救ってはくれない。ただこの世界は私を痛めつけ苦しめるだけに存在する。
(――■してやる)
怒りと憎悪が頂点に達して私はただひたすらにそう願った。
すると白い世界の中で微かなシルエットが浮かび上がった。それは手を差し伸べる神様みたいでもあり、祝福を授ける聖女様のようにも見えた。あるいは昔一瞬だけ見た教会の聖杯みたいでもあったし、普段から使っている汚い木のコップのようにも見えた。
そしてそれが私に近づいて触れた途端、激しい衝撃が私を襲って。
「……?」
気づけば、何も無くなった荒れ地の真ん中で私は一人、ひざまずいていたのだった。
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