4-1.力を貸して――ノエル「姉さん」
――時は少し遡る。
「はぁ……また戦争かいな」
カウンターからクレアのぼやきが聞こえた。近寄って私も覗き込むと、一面に大きく「聖フォスタニアとE/Fが互いに宣戦布告!」と書かれていて、ページをめくっても特集が組まれているようで関連記事ばかりだった。
「もうしばらくは平和な状態が続いてくれると思ってたんですけどね」
「ウチかてそうや。フォスタニアとE/Fが仲悪いんは当然やけど、それでもこないに急に戦争するとは思ってもみぃへんかったわ」
「ここは大丈夫……ですよね?」
「どやろなぁ。ブリュワードは中立やから戦争に積極的に加担はせんやろうけど、北方連邦国とか神国はすでに巻き込まれとるみたいやし、どっちも参戦は時間の問題や。ブリュワードも攻撃されたら参戦は免れんやろなぁ」
「……ですよね」
クレアがそう言うと、心配そうに眉尻を下ていたシオががっくりと肩を落とした。その姿を私は改めてじっと見つめた。
驚くことに、もうエドヴァルドお兄さんが死んで五年以上経っているらしい。このカフェ・ノーラというお店も私がオーナーらしいのだけれど、まったく以て実感が湧かない。もっとも、開店しているにもかかわらず客がゼロ人ということには危機感を覚えるけれども。
それはともかく。
いわゆる記憶喪失という状態になってすでに数週間。記憶を失う前の私はSクラスの探索者だったとのこと。なのでたまに迷宮へと出向いてみれば戦いの感覚というのは忘れてはないようで、問題なくモンスターは倒せた。しかしながらすべてが新鮮で、不思議な感覚を覚えるのは禁じ得ない。
不思議といえばシオ・ベルツだ。彼は私と恋人だったとのこと。人前で恥ずかしげもなくキスするくらいべた惚れだったと聞かされているが、私が誰かに恋愛をして好意を抱くなど、いまいち信じられない。五年の間にいったい何があったのだろうか。
「ん? どうしました、ノエルさん?」
「特に用はない。ただ見ていただけ」
私としては普通に返答しただけなのだけれど、シオは少し悲しそうに微笑んだ。
こうして彼を見ていても、店のこと同様にまったく実感がない。任務として彼との恋人役を課されていると言われた方がしっくりと来るけれど、残念ながら私に任務を課していた祖国たるヴォルイーニ帝国はすでに滅亡してしまった。なので任務ではなく、真に私は彼を愛していたということなのだろうか。本当に信じ難い話だ。
とはいえ。
「……」
彼の悲しそうな顔を見ていると疼痛を覚えるから真実なのだろうとも思う。私は無言で胸の辺りを押さえた。
「ブリュワード自体が戦争に巻き込まれるんも嫌やけど」クレアがため息をついた。「聖フォスタニアとE/Fの連中が厄介やな。今まで以上にノエルを引き込もうとちょっかい出してくるかもしれへんし」
「それはありえますね。しゃくですけど……どちらも戦力としてノエルさんは喉から手が出るほど欲しいでしょうし、おまけにどちらもこの場所は知ってますからね」
「逆に、余計な戦力割けへんから放置する、って可能性もあるけどな。ま、希望的観測も悲観的観測も神経磨り減らすだけや。なんも考えんと今までどおり過ごすんが一番やな」
「それもそうですね。そういえば――ロナさんを最近見ませんね」
シオが店内を見回す。ほぼ毎日店に来ていたロナがここ一、二週間くらい姿を見せていない。オープンして以来、こんな辺鄙で危険な場所にある店にずっと通い続けているというが、どうしたのだろうか。
「前々からフッと急に来ぃへんくなる時期はあったから心配はしてへんけど……何や最近やたら忙しそうにしとったからなぁ。神族やから大丈夫やろうけど、変に戦争に巻き込まれとらんとエエな……ってアカン。何も考えんと過ごそ言うたばかりやのに、何でも戦争に結びつけて考えてまうな」
「仕方ないですよ。僕らにとって、戦争は忘れたくても忘れられないものですから」
首を振るクレアを見て、シオがもの悲しげに笑った。クレアはエドヴァルドお兄さんが死んでしまったから分かるけれど、彼の口ぶりから推察するにシオもまた肉親を戦争で亡くしたようだ。
「はぁ……聖フォスタニアでもE/Fでもどっちでも構わへんけど、はよ終わってくれへんかいな」
「クレアはどちらに勝ってほしい?」
彼女のつぶやきを聞いて私は尋ねた。どちらもヴォルイーニ帝国を滅ぼした敵国ではあるけれど、彼女の希望はぜひ聞いておきたい。
「どっちやって言われてもなぁ……別にどっちに思い入れがあるわけやないし。てか、何でそないなこと聞くんや?」
「どちらに所属するか決めるため」
回答すると、二人揃って目を丸くした。そんな驚くことだろうか?
「……どっちかに所属して何をするんや?」
「当然、戦場で戦う。ヴォルイーニ帝国が滅亡したうえ、管理者であったエドヴァルド・カーサロッソ中尉は死亡。故に今は妹であるクレア・カーサロッソが私の管理者としての地位を継承したと判断している。クレアがどちらかに勝利させたいのであれば、私は全力で貴女の期待に応える所存」
「ノエル、アンタ……」
「記憶は無くしても戦闘経験まで喪失していないことは迷宮探索を試行して確認済み。聖フォスタニア王国、エスト・ファジール帝国の戦力は拮抗している。圧倒的戦力差ゆえにヴォルイーニを勝利に導くことはできなかったものの、現状であればどちらかに戦局を傾けることは困難ではあるものの不可能ではないと思料する」
「……ノエルさん、なんで急にそんなことを?」
「クレアは戦争の終結を期待する旨を発言した。それはつまり、私への暗黙の指令と解釈した。けれど与する対象が不明瞭であるため確認した次第。それとも戦争を長引かせるよう立ち回ることを期待している?」
戦争は大国であっても疲弊させる。長引けば長引くほど総力戦となって苛烈になるが、同時に国力は大きく低下するので、それはそれで意味があること。果たしてクレアの意図はどこにあるのだろうか。
真意を明確にしたくて彼女を見上げるも、クレアは眉間にしわを寄せて視線を彷徨わせていた。言葉を探しているようで口元が動いているけれど、いつまで経っても彼女の声は聞こえてこない。
「……そのどれでもありませんよ、ノエルさん」
代わって、シオから返答が来た。ではどういう意図?
「意図なんてないですよ。ただ新聞のニュースを見て感想を漏らしただけ」
「……そう」
「そもそもヴォルイーニ帝国は滅んだんです。ここにノエルさんを戦争に行かせる人はいませんし、戦う必要もないんですよ」
「回答が理解不能。確かにヴォルイーニ帝国は滅亡したけれど、それで私の存在意義が失われたわけではない」
「存在意義、ですか?」
「肯定。私は兵器として生み出された。倉庫に眠ったままの兵器に価値はない。使ってこそ意味がある。ゆえにクレアは私をもっと有効に活用すべきと進言する」
本来ならエドヴァルドお兄さんが死んだ時に朽ち果ててしかるべきで、私もそのつもりだったけれど、こうしてまだ生きている以上は兵器としての役割を十二分に果たせる。エドヴァルドお兄さんが私に生きろ、と命令したのも、まだ私に役割を果たせと言っているのだと解釈する。ならばお兄さんの最期の命令を全うするまでである。
私としてはひどく真面目に回答したまでなのだけれど、二人共険しい表情を崩さない。仕方ない。お兄さんとも私の意見が食い違う事は度々あった。が、あくまで私は意思を持った兵器に過ぎない。最終的には所有者の意見に従う義務があるので、二人の意思を尊重しようと思う。
その旨を告げたのだけれど、何故か二人とも泣きそうな顔のままだ。むぅ、お兄さんは分かりやすかったけれど、二人の本来の意図が何なのかよく分からない。正確に汲み取るまでにはまだ情報収集が必要なようだ。
「……」
そうしていると、何かが近づいてくる気配を感じ入口へ振り向く。数は……二つ。どちらもかなりの速度で動いているけれど、足音と鼓動から察するに一方は相当な緊張が強いられているように思える。私は冥魔導と銃をスタンバイ状態に移行させた。
「誰か来るんか?」
「肯定。距離残り五十。数秒で到着する」
「クレアッ! シオッ!」
果たしてドアを勢いよく開けて入ってきたのは、クレアの恋人であるらしいアレニアだった。転げそうな勢いでカウンターまで駆け寄ってくると、汗だくのまま何かを言いたげに口を開きかけるが、乾いた喉のせいかうまく声を発せられず激しく咳き込んだ。
「一回落ち着きや」
クレアが飲み物をすぐに渡すとクレアは一瞬で飲み干して、それからクレアとシオの手をつかんだ。
「今すぐここから逃げて! クァドラが……!」
「だから落ち着きって、アレニア」
「クァドラさんがどうしたの?」
「アイツっ、実は――」
「――そこからは私自身から説明させてもらおうかな?」
アレニアの紅潮した頬が冷めていく。入口に視線をやれば、浅黒い肌に紅い髪という特徴的な出で立ちの女性が口元に笑みを浮かべながら店に入ってくるところだった。
彼女もまたこの店に比較的顔を出す客と聞いている。ロナ同様にこの一、二週間来店していなくて、私が目を覚ました直後に一度だけ会話を交わしたことがあった。しかしその時の彼女はこんな雰囲気では無かったように思えるし、たぶんアレニアの様子からして私の感想はきっと正しい。
そしてその感想は、どうやらクレアとシオも同じのようだ。
「これはこれはクァドラはん。ご無沙汰やんなぁ? 元気しとったかいな?」
「心配掛けたのであればすまない。ちょっとやらなければならない仕事があってね。しばらくこの街から離れてたんだ」
「せやったんか。しかし……ずいぶんとやさぐれた仕事やったみたいやんな?」
「まぁね。あまり愉快な仕事では無かったよ」
クレアの言葉にクァドラは苦笑した。どうやら図星らしくて、それ以上言及しない。代わりに私へと向き直るとこちらへ歩み寄ってきた。クレアとシオが、二人共私を隠すように立ちふさがった。
「とはいえ、一番したくない部分は友人が受け持ってくれたのだけれどね。こうして君たちと相対するのも嫌な仕事だけれど、そっちの仕事よりはかなりマシだと思ってる。まあそれも――君たち次第ではあるかな?」
クァドラの周りで焔が躍り始める。意思を持ったように自在に彼女の周りを回り、彼女自身の鋭い眼光と相まってクレアたちに対する威圧を私も感じた。
そして改めて彼女は私だけを見つめてきた。
「ノエル、君を迎えに来た。私と一緒に来てくれないかい?」
「その申し出は理解不能。貴女は単なる客だと聞いている。私を迎えに来るような関係性ではないはず」
「普段はカフェ・ノーラの一ファンではあるのだけれどね。今は君を欲している人たちの仲間としてお願いしているんだ」
「クァドラさんは」シオが会話に割り込んだ。「どちらの所属ですか? 聖フォスタニア? それともE/Fですか?」
「いやいやまさか。あんな連中の犬になる理由はないよ」
「んなら、まさかのまさかでリヴォラントかいな? あそこもノエルを引き込みたい言うてたけど、いよいよハンネスはんも上を抑えられんようになったっちゅうことかいな?」
ハンネス、というのが誰かは知らないけれど、クレアの口ぶりから推察するにリヴォラント共和国も私を勧誘したことがあるらしい。
けれどクァドラはシオたちが上げたどの国でもない、と首を横に振った。
「私たちはどの『国』にも属していないよ」
「なら民間ってことですか……――まさか」
「もしかしてクァドラ、アンタ――」
シオとアレニアが何かに同時に気づいたらしく、二人の鼓動が跳ね上がったのが分かった。いったい何に気づいたのだろうか。
「そう。私たちの役目は唯一つ。『お母様』の願いを叶えること。そのために必要なんだ。だから力を貸してくれないかな――ノエル『姉さん』?」
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