6-3.研修から外れればすべて解決する
「えっ……」
「お、おいっ!? 待ってくれよ!」振り返ると、ロランがうろたえていた。「マジで言ってんのかよ!?」
「マジ。二人が研修から外れれば勝負そのものが無かった事になる。そうすればすべて解決する」
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
ジョシュアがオロオロしながらロランと私の顔を見比べる。が、やがて彼も言葉が見つからなかったようでうつむいてしまった。
「ロラン」彼に呼びかける。「貴方はこの勝負を戦争と表現した。ならば勝手に貴方たちだけで戦うことを推奨する。勝敗を欲しているのは、貴方たちいわゆる上流階級の人間だけ。侮辱されたことを引き合いに出して仲間を危険にさらす必要はない」
「べ、別にそんなつもりは……」
「低レベルの迷宮であっても危険。生き残ることを疎かにしている人間がいると、他の人間が危険にさらされる。無関係な人間を巻き込むことに合理性を見出すのは難しい」
ロランが唇を噛んで私をにらみつけてくる。私も彼を真っ直ぐに見つめ返す。すると彼は目をそらし、黙っていたシオがそのタイミングで口を開いた。
「僕もノエルさんと同じ意見。たぶんロランくんは比喩のつもりで『戦争』と表現したんだと思うけれど、本質的に差はないと僕は思う。
ロランくん、君はさっき『平民は気楽でいい』と言ったね? だけど戦争で傷つくのは……結局平民だし庶民だ。今回の迷宮でも同じ。君がメンツを守ろうと急げば急ぐほど安全は疎かになるし、そうなって怪我をするのは君と、君を助けようとした仲間になる。メンツが大事ならメンツが大事な人間だけで戦えばいい」
「……」
「ロランくんは――ここにいる仲間たちを殺したい?」
シオのその言葉に、さすがにロランもギョッとした顔をした。無理もない。彼にその意識は無かったはずだろうから。けれど彼も、他のメンバーも知るべき。自分の判断で誰かを死に追いやる危険があることを。
「そ、そんなことはねぇけど……」
「であれば僕が提案できるのは二つだけだよ。仲間の安全を優先するか、君の家門を優先するか。どちらかを選ぶしかない」
「……」
ロランは眉間にしわを寄せて押し黙った。
私が背負うべき歴史というものはさほど多くない。せいぜい、私が私として生きてきた十年足らずくらい。だから彼が背負っているターナー家という歴史の重みを理解することはできない。その歴史が彼にとって非常に重要であることは察することはできるし、あっさりと切って捨てるほど無理解なつもりはない。
それでも私は探索者であり、この学院の臨時講師として雇われている。ならば他国の身分に配慮はすれども、生徒の安全は最優先として選択しなければならない。
「と、ところでなんですけど!」
珍しくジョシュアが声を張り上げた。ロランが選択を口にできない中、重苦しい雰囲気を嫌がったのかもしれない。他のメンバーの表情も少しだけ緩んだ。
「せ、先生たちはどうして探索者になろうと思ったんですか? や、やっぱりお金を稼げる、からですか?」
「僕はそうだね」シオが首を縦に振った。「僕は学も無いからさ。子どもが一人で、生きるのに必要なお金を稼げる仕事なんて探索者以外にないし」
「一人で?」
「うん。僕はヴォルイーニ帝国の難民だから」
「あ……」
ロランから声が漏れた。他のメンバーも同様に表情が再び曇った。シオが先程言った言葉と境遇が彼らの中で繋がったのだと思われる。
「……じゃあノエル先生も?」
「私もヴォルイーニ帝国の所属であった点は同じ。ただし、探索者となった事情は異なる」
シェリルの視線に私は首を横に振った。するとシオが気遣うように声を掛けてきた。
「ノエルさん」
「構わない。私は人助けと最期を見届けたい。そう考えて探索者になった」
「人助けと……最期を見届ける?」
「肯定。危険が多い迷宮で誰かを助ける。そうすることで彼らが喜ぶ姿を見たかった。それと、人が最期に何を思うか。そこに想いを馳せていたかった」
「前者は分かりますが、後者はなぜ……?」
「そうすることで、私という存在が人に近づけると信じていたから」
マリアの問いに回答する。シオのお陰で私という存在を肯定できるけれど、それでもまだ思いは消えないし、むしろ逆にシオのように人間らしくありたいと思えてくる。
「私は戦争で人をたくさん殺した兵器。人ではない。だからその代償行為として、人助けと最期の見届けができる探索者を選択した」
それなりの数の人間を助けたと思うし、それなりの数の人間の死体を見届けてきたと思う。けれど私が殺した数に比べて、どれだけ人らしいことができただろうか。どれだけ――人間に近づけたのだろうか。
「そんな! 兵器だなんて――」
兵器、という言葉に反応したらしいシェリルが身を乗り出す。年長者が幼子の手を握るように、けれど私の手に触れた途端、反射的にその手を引っ込めた。
「あ……」
彼女が触れたのは私の右手。人としての温もりを期待して、人では持ち得ない冷たさを感じれば驚くのも無理はない。
この学院に来てから手袋をして変形もさせず、この手を見せないようにしていた。けれど私は手袋を引き抜き、鈍色の右手を露わにすると、銃の形へ変形させた。誰かが息を飲んだ音が聞こえ、またすぐに手の形へと戻す。
「私の体は戦争に特化している。腕だけではなく、両脚も義足で武装が組み込まれているし、肉体そのものも死にづらく改造されている。到底人間と呼べる代物ではない」
ロランを見る。彼の視線は私の腕から離れない。何かを言おうと口が開きかけ、だけれども言葉にならないのかすぐに閉じた。
私の体を見た衝撃が強かったようで、全員押し黙ったままだった。戦争という言葉、行為。それについて何かを感じ取って安易な選択をしないのであれば、それでいい。
そんな中でジョシュアが声を上げた。
「た、確かに体は色々と機械に置き換わってるかもしれないですけ、ど……の、ノエル先生はに、人間だと思います。誰か、を、助けようとか、兵器は思わない、です。よ、世の中悪い人はいっぱいいますし、そん、な人よりもずっと、ノエル先生は人間です」
「……ジョシュアに私も同意です」マリアがため息混じりに髪を掻き上げた。「正直、驚きはしましたが……肉体を構成する要素の違いは、人間を定義するには不足しているのではないでしょうか? 人間とは言語を介し、誰かの事を思える存在だと私は思います。なのでジョシュアの言うとおり、ノエル先生は人間です。少なくとも、私にとっては」
マリアの言葉に続いて、他のメンバーも「私もそう思う!」と伝えてきてくれる。そして――
「ほら、いつも僕も言ってるでしょ? みんなノエルさんのこと、人間だと思ってるって」
シオの手が隣から伸びて私の頭に置かれる。見上げれば彼が微笑んでいて、嬉しさと気恥ずかしさを覚えてつい、と目をそらした。
「……みんなに感謝を。私を肯定してもらえて嬉しい。私自身、最近は自分を肯定できるようになった。だから安心してほしい」
そう言うとみんなが優しく微笑んでくれて、私も胸に暖かさのようなものを覚えた。
「ともかくも私が言いたかったのは、争いが激化すると私のような人間が生まれるということ。今は学院内で、上流階級の子どもが争っているだけに留まっている。だけれど、争いには節度とルールを設ける必要。特に力を持つ人間は。その節度を守れなかった時、やがて本当の戦争が生じて――人間が人間である倫理観が壊れていく。それを忘れないで欲しい。ロランだけでなく、他の生徒たちも」
みんなが力強くうなずく。その中でロランだけは反応を示さなかった。
だけれど、きっと彼にも届いた。私はそう信じ、空になった夕食のトレーを持って立ち上がったのだった。
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