2-1.魔導科はここでいいのかな?
二人が学院へ向かうことが決まったところで、その場は解散となった。マイヤーたちは地上に戻り、ノエルとシオはアレニアと三人で、そしてクァドロは一人でそれぞれ迷宮探索へと向かっていき、カフェ・ノーラにはクレアとロナ、サーラの三人が残された。
「へぇ、初めてここのご飯食べたけど、結構イケるわね」
「やろ? なんせノエルの取ってくる素材がエエからな」
カフェ・ノーラにしては珍しい賑やかさが過ぎ去り、まったりとした空気の中でサーラはクレアの料理に舌鼓を打っていた。クレアはカウンターでのんびりキセルを吹かしながら武器を整備していたが、食べ終えたサーラが不意に「ありがとう」と口にした。
「何のお礼や?」
「ノエルを説得してくれたお礼よ。助かったわ」
「別にかまへんて。あれくらいお安い御用や。それに、ウチもエエ機会やと思ったさかいな」
「いい機会?」
「せや。サーラもあの子の境遇は知っとるやろ? まともに学生生活も送っとらんし、せやったら講師っちゅう立場のうえ期間も短いんやけど、学校生活を楽しんで欲しかったんや」
大半が戦時下、という中ではあったがクレアにとって学生時代はそれなりに楽しかった。もちろんいい思い出ばかりでは無いが、今となってみれば価値ある時間だったと思える。
しかしノエルはその時間を殆ど味わうことは無かったはずだ。楽しむべき青春時代を血と硝煙と魔導の飛び交う戦場で過ごし、同年代の友人と共有した記憶もない。
それを勝手に「不幸だ」と決めつけることはできない。けれども、本来与えられるべきだった権利を改めて手にしてもいいはずだ。だからこそクレアは彼女を快く送り出そうと思った。
「てか、サーラとランドルフはんも、そのつもりでノエルに仕事振ったんやろ?」
「あら、バレちゃった?」
そしてその気持ちはギルドの二人も同じ。話が来た時に真っ先に思い浮かんだのがノエルの事で、すぐにサーラたちは彼女に依頼することに決めたのだった。
「やっぱね、エゴだとは思うんだけど、ノエルにもああいう世界もあるんだよって知って欲しくて」
「たぶんそれは、彼女を知る全員が同じ思いだと思うよ」コーヒーをサーラに差し出し、ロナも同意した。「これまでの人生を彼女自身がどう思っているのかは分からないけれど、ノエルには幸せになって欲しいね」
「あの子ん考え方がこのまま少しずつ変わってくれればエエんやけど」
シオからの愛を知った。少しずつ、でも確実に彼女は変わってきている。このまま彼女が自身の幸せを優先して生きてくれればいい。クレアは吐き出した煙を眺めながら、ふと思い出した。
(王立学院……なんやろ、なーんか前にも口にしたことあるような気がするんやけど)
一時期頻繁に口にしていたような気がするのだが、はて、何か王立学院と縁があっただろうか。だが、不意に軽いめまいを覚えて彼女は頭を振った。
(……何や思い出さへんほうがよさそうやな)
そう思い直して彼女は軽く息を吐き、手元の作業に意識を集中させた。
彼女は忘れていた。かつてノエルと一緒に過ごし始めて間もない頃に、彼女を一度王立学院に入学させていた事を。
そしてその間の事はすべて彼女の胃を荒らしまくった出来事として無意識に忘却の彼方へと追いやっていたのだった。
サーラから王立学院の依頼が届いてから二週間。私とシオはリジュエにいた。
「うわぁ……朝になると人が凄いですね」
ホテルの前でシオが通りを眺めて感嘆の声を漏らした。
ルーヴェンから高速列車に揺られること約五時間の距離にある、ブリュワード王国の首都。昨日到着した時は夜もそれなりに更けていたのであまり感じなかったが、シオの言うとおり朝になると街の人混みは凄く、特に鉄道駅に向かう人の波は、気をつけないと押し流されてしまいそうだ。
「ルーヴェンも人は多いですけど、ここはまた違った活気がありますね」
何とか駅から離れる方向の人波に乗り、シオが街並みを眺めて感想を口にする。
近代的な背の高いオフィスビルやホテルが並ぶ一方で、伝統的な石造りの低層の建物も混在している。道端にはパンやサンドイッチなどの軽食を販売している露店もあり、他にも朝から営業している喫茶店なども人がいっぱいだ。スーツを着た人も多く、身なりも皆キチンと整っている。ルーヴェンはどちらかというと探索者の街なので朝の活動は遅めだし、そこまでキッチリとした格好の人は少ないから少し不思議な感覚を覚える。
そんな街の違いを観察しながら十分くらい歩くと、周りの雰囲気が変わってきた。皆同じ学生服を身にまとい、彼ら彼女ら、そして私たちが向かう先に大きな建物が見えてくる。王立学院だ。
「ここが王立学院……」
門に到着すると、シオが緊張した様子で立ち止まった。
ここから見ても学院の敷地は広大で、正面と左右に複数の大きな校舎が立ち並んでいる。少し圧倒されたらしいシオを促して中に入ると敷地内にも軽食店が設置されていて、多くの学生たちが談笑しながら朝食を食べていた。
「えーっと、高等部の校舎は……こっちですね」
予め連絡があった敷地内の地図を眺めながら進んでいけば、伝統的な趣のある少し古びた様子の校舎があった。
「魔導科はここでいいのかな……? 確か職員の人が迎えに来てくれるはずなんですけど」
入口まで到着して辺りを見回す。大量の学生たちの声で耳を塞ぎたくなるくらい賑やか。あまり好きな空間では無い。だけれども目の前を通り過ぎていく学生たちは皆楽しげで、私に黙らせる権利はない。それに、暗くどんよりした空気よりは楽しい空気の方が良いと思う。
「それらしい姿は見えない」
「人が多いですからね……向こうも探してるかもしれません。僕、ちょっと探してきます。行き違いになるかもしれませんから、ノエルさんはここで待っててください」
承知した。シオに返事をして、私はその場でジッと待っていると、チラチラとした視線を感じる。私のことが気になるのだろう。通り過ぎながら横目でこちらを眺めつつ、だけど友人との会話の方が楽しいらしく、すぐに私から興味を失って校舎の中に消えていく。
やがて建物に飲み込まれていく学生の数も減っていき、生徒たちも足早になっていく。腕時計に視線を落とせばもうすぐ八時半。授業が始まる時間が近いのだと思料する。
「ちょっと、君! 急いで! 遅刻しちゃうよ!?」
ぼんやりと観察していると突然そんな声が聞こえる。振り返れば、濃紺の長い髪を後ろで束ねた女性が、息を切らしながら私を覗き込んでいた。咎める、というよりも心配の色が濃い今の言葉は、どうやら私に向けられたものらしい。こんな近くに来るまで気づかなかったとは、少しぼーっとし過ぎたようだ。
姿を観察する。上下ともカチッとしたパンツスーツを身に着け、長めの前髪が彼女の顔左半分を隠している。どうやら彼女は生徒ではなく職員であるらしい。
ちょうどいい。彼女に尋ねてみよう。
「魔導科の建物はここで合ってる?」
「え、合ってるけど……あ! 分かった! 貴女、転入生ね!? 教室がどこか分からないってとこでしょ? 違う?」
「一部肯定で一部否定。私は転入生では――」
その時、鐘の音が大きく鳴り響いた。それを聞いた女性は見るからに「まずい!」という顔をして、それから私の手をガシッとつかんで走り出した。
「問う。何処に行く?」
「心配しないで! こう見えても私、魔導科の先生なんだから! 教室まで連れてってあげる! こっちよ!」
「理解した。しかし疑問。授業がまもなく始まると思料するが、教師がこの時間にここにいる理由が不明」
ひょっとして、彼女が私とシオを迎えに来た職員なのだろうか? 否。彼女は私を転入生と思いこんでいる。それに、ここまで焦る理由が分からない。
「う……ちょ、ちょっと寝坊しただけ! ふ、普段はちゃんとしてるんだからね! 勘違いしないでね!」
「承知した。それはさておき、再度否定。私は転入生では――」
「ってことでぇ! さっき予鈴が鳴ったから急ぐわよぉ!!」
どうやら私の言葉が彼女に届くことはないらしい。私は抗弁を断念した。
――戻ってきたシオの声を微かに聞きながら。
「職員の人、見つかりましたよ、ノエルさん! 魔導科の高等部はやっぱりここで合ってました――あれ、ノエルさん?」
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