1-3.依頼も預かってきたわ
「ふーむ……単に舞い上がってのぼせただけみたいだね」
テーブルに寝かされ、鼻にティッシュを詰め込まれたシオの顔を扇ぎながら、ロナが苦笑混じりに診断結果を告げた。それを聞いてクレアやアレニア、マイヤーさんたちも見るからに呆れたため息を漏らし、それぞれ自分たちの席に戻っていく。
「ったく、情けないったらありゃしない」アレニアがカウンターで頬杖を突いた。「こんなんでこの先付き合っていけるのかしらね? 焚き付けたのは私だけど、心配になってきたわ」
「次期Aクラス間違いなしの実力も、ノエル嬢ちゃんの前じゃ形無しだな」
「ま、仕方ねぇって。初恋の相手に不意打ちでキスされちゃな。しかも相手がノエルちゃんみたいな美少女なら、なおさらさ」
心配は不要というロナの診断は尊重する。だけどあれだけの大量出血だ。私は不安になる。ひょっとしたら私にとっては無毒であるものの、シオたち普通の人間にとっては猛毒なウイルスが私の体内に蓄積されていた可能性は否定できない。
「大丈夫さ、ノエル。こうして頭を冷やしていればそのうち元気になる」
「病気ではない?」
「ああ、病気じゃないよ」
「ある意味ビョーキみたいなもんやけどな。ま、大丈夫やさかい心配せんでエエ」
「そっちは大丈夫かもしんないけどさぁ……」
若干怨嗟のこもった声が聞こえて居住エリアに振り向くと、サーラが髪の毛を拭きながら恨みがましく口を尖らせていた。
「こっちは大変よ、もう。匂いは中々取れないし、髪の中に入った血は落ちないし……」
「ず、ずびばぜん……」
「謝罪する」
「別に謝らなくていいわよ。シオくんがここまで耐性が無いなんて予想してなかったし、煽った私も悪かったし……」
そう言うとサーラはタオルを肩に掛けたまま空いてる席に座った。なので彼女の前に氷の入ったグラスを置く。
「レモネード。お詫び」
「あら、ありがと。ぷはぁぁっ! ノエルが入れてくれた飲み物は最高ねッ!」
「作ったのウチやけどな」
どうやらクレアのつぶやきは聞こえなかったらしく、サーラは一気に飲み干しておかわりを注文した。
「おおきに。んで、マジでノエルに会うためだけに来たんかいな?」
「んー、本来はそのつもりだったんだけどね。ここに来るって言ったら、ランドルフからの依頼も預かってきたわ」
椅子に置いてあったバックの中を弄って、彼女は一通の封筒を差し出してきた。おかわりのレモネードと交換で私がそれを受け取り、その場で中身を検める。
すると。
「王立学院での臨時講師……?」
「そ」ストローで吸いながらサーラがうなずいた。「この時期になると、毎年ギルドに来るのよ。ちょうど卒業を控えた学生たちが潜る迷宮探索研修の指導依頼がね。今年はそれにノエルとシオに参加してもらおうと思って」
王立学院はここブリュワード王国の首都・リジュエにある、中等部から大学まで備えた巨大な学校だ。入学試験は難関で、学力や身体能力、魔導など、各学科に応じた試験をクリアするか素質を持っていることを示す必要がある。国内外の出身は問わず、身分も不問。ただし、入学に備えて早くから対策をする方が有利であるから自然と身分が高かったり裕福な上流家庭の子供が多い。そう記憶している。
さらに私の記憶が確かであるなら、魔導系の学科を中心に軍関係の学問と実践訓練を伴う兵科、機械系の技術を取り扱う工学科、他にも歴史や魔導史、言語を学ぶ教養学科があったはず。だけど、迷宮にも潜る授業があるのは知らなかった。
と、興味を惹かれたのか、クァドロがコーヒー片手に覗き込んできた。
「へぇ、そんな授業があるのか。でも、幾ら探索者が指導するっていっても危険じゃないのかい?」
「迷宮である以上、もちろん相応の危険はあるわ。だけど潜る迷宮はC級だし、参加するのも優秀な成績の学生だけ。しかも将来的に迷宮に潜る可能性がある、探索者希望者や軍方面に進路を希望する子ばかりよ。だから多少の怪我人は出るけど、重傷を負うような事態はこれまでなってないし、そこまで心配する必要もないの」
なるほど。探索者希望な人は当然だけれど、軍人も場合によっては迷宮に潜って調査を行うこともある。安全に配慮の上で学生のうちに経験させるのもそれなりに意味があることは理解した。
けれど。
「気が進まない?」
サーラに問われ、私はうなずいた。
そもそも私は、誰かを指導することに向いていない。知識と迷宮探索における経験は豊富な自負はある。けれど、私は人間の細かい感情が分からない。まして相手は子供。エドヴァルドお兄さんも「がきんちょは何考えてるか分かんねぇ」とぼやいていた。
教師とは少年少女を導くべき存在。であれば、人格的にもまっとうな人間が指導するのが適切。私はふさわしくない。
「たった三週間だし、そこまで気負わなくてもいいんだけど……」
「ダメ。臨時とは言え教職は大切。適正な人選をするべき」
「そもそも」クレアの隣からアレニアが身を乗り出した。「わざわざノエルに依頼しなくても、他の探索者でも別に良いんじゃない? 別にノエルがダメとは思わないけど、引き受けてくれそうな探索者くらいいっぱいいるんじゃない? それに、場所もリジュエでしょ? 学院もわざわざこんな遠い街のギルドに依頼しなくてももっと近隣のギルドに依頼すればいいのに」
「それがねぇ……」
サーラがため息をついて肩を竦めた。何か事情があるらしい。
「学院からの依頼は毎年各ギルドの持ち回りなのよ。しかも今年は先方からリクエストもあって」
「リクエスト? なんや、向こうから注文付けてきたんか?」
「そ。できるだけ親しみの持てる、生徒たちと年齢の近い探索者が良いんだって。なんか去年はめちゃくちゃ学生を威圧しまくる探索者が来たらしくて、自分のやり方に従わない学生をしばき回したらしいのよ。その結果、学生たちもビビりまくるし、探索でも学生が言うことに従うだけの自主性もクソもない潜るだけの研修になっちゃったんだって」
「……子供相手に威張り散らすその探索者も探索者やけど、学院もちょっと過保護過ぎへん?」
「仕方ないわ。生徒たちもお坊ちゃまお嬢ちゃまばっかりだもの。他国の貴族様もいるし、ね」
「そういう事ね。確かに学生たちと歳が近くて、かつそれなりに腕が立つ探索者ってなると、そう選択肢は無いか」
「なんならアレニアが行ってみる?」
「私はパス。せっかく二人でって話なんだから、野暮な事はしないわ」
アレニアがそう言うと、私とシオを除いた全員が納得した顔をした。彼女はいったい何を野暮と言ったのだろうか?
「っていうわけで!」サーラがパンと手を合わせた。「ノエル、お願い! 引き受けてちょうだいっ!」
サーラには常日頃からお世話になっている。その彼女から懇願されると、私も断るのが少し心苦しくなってくる。とはいえ、私に学生の指導は務まらないと思うのだけれど、ギルドとしてはそれで良いのだろうか?
私が一人煩悶としていると、頭にポンッと手が置かれた。見上げれば、いつの間にかカウンターから出てきたクレアが隣にいた。
「ウチは行ってきてエエと思うで」
「でも」
「これも勉強や。ノエルはなんやセンセをエラい神聖視しとるみたいやけど、しょせん同じ人間や。立派なセンセもおるし、クソみたいなんもおる。それに立派なセンセっちゅうのは、ただ人格が優れとるからとか、教え方が上手ってだけやないんやで?」
「そう?」
「そうや。失敗したってエエ。人に教えるっちゅう行為はそれだけでも自分の勉強になるもんや。だから細かいこと気にせんと、自分が勉強するつもりで行ってき」
「それと、シオも。アンタこそ教えられるの迷宮のことくらいしかないんだから、ちゃんと役割果たして来なさいよ? いいわね?」
「何か僕には選択肢が無かった気がするんだけど……」
アレニアが発破かけると、シオが鼻を押さえながら起き上がった。
「でもノエルさんが行くなら断る理由はありません。一緒に頑張りましょう!」
シオもやる気。であるなら、これ以上私が駄々をこねるわけにはいかない。キチンと指導ができるか分からないけれど、クレアの言うとおり勉強と思ってやってみることにする。
「了解。私とシオ、二人ともギルドの依頼を受託する」
「ありがと! ノエル大好き! 愛してる! それじゃ後で手続きしとくから頼んだわ。それと、シオ」
抱きついて鼻息荒く私の髪に顔をこすりつけると、サーラがシオを手招きした。それから彼の肩をガシッとつかみ、顔をズイッと息が掛かるくらいに近づける。
「長期間二人きりになるの、今回は許したげるけど……ノエルに手を出したら――殺す」
「は、はい……」
私の位置からはサーラの顔は覗えないけれど、シオの顔は本気で恐怖で引きつっていた。上級の探索者であるシオを本気で恐怖させる殺気を放つサーラ……彼女が本当に一介の職員なのか疑問だ。
私まで背筋が寒くなってきたので、マイヤーさんたちの空っぽになった皿を回収してキッチンへ逃げる。カチャカチャと洗い物の音を聞きつつ、ぼんやりと講師の仕事に思いを馳せた。
人に教えるというのは初めて。どうやったら理解してもらえるだろうか。不安は、ある。でもそれを考えていても嫌な気持ちにはならない。
それに、学院でもシオと一緒にいられる。私は少しずつ楽しみにも感じ始めていた。
(……よし)
拳を握る。とりあえずは――今度こそ退学にならないよう頑張ろう。
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