1-2.羨ましい?
「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」
ドアに設置したベルがチリン、と鳴る音を聞きながら、すっかり意気消沈した三人組を店の前で見送った。彼らの足取りはずっしりと重そうではあるが、それも致し方ない。
「んー……あ、ノエルさんお疲れ様でした。あの人たち……大丈夫そうでした?」
椅子やテーブルの掃除を終えたシオが背伸びをしながら尋ねてきた。
彼らはお酒をかなり飲んでいたので、騒動さえ無かったら安全のためにも店で酔いを覚ましていくことを提案する状況ではあった。けれど顔色を見る限り、すでに酔いは完全に覚めていた。したがって真っ直ぐ地上に戻る限りは大丈夫と思料する。ちなみに、彼らには後片付けを手伝わせた上で床板の貼り直しなどの代金も請求したので損害は実質ゼロだ。
「マイヤーはんたちも、騒がしくしてえろうスマンかったな」
「なーに、構わねぇよ。ギルドの近所にある酒場に比べりゃ可愛いもんだ」
「先にちょっかい出してきたのは連中だしな」
「ノエルに手を出して生きてるだけ奇跡だし」
コーヒーカップを傾けながらエルプさんが何やら物騒な事を口にしたけれど、そう私を評価されるのは少々不本意。少なくとも私は殺意を持たない相手を殺すことはしていない。たぶん。
それはさておいて、マイヤーさんたちには少しご迷惑をお掛けしてしまった。あの三人組が原因とはいえ、常連様に不愉快な思いをさせてしまったことに変わりはない。なのでお詫びとして一品サービスさせてほしい。
「それってのはつまり、その、だ……ノエルちゃんが料理するってことかい?」
「大丈夫、問題ない」
これでも毎日――とはいかないけれど折を見て練習をしている。味見してくれてるシオも「進歩している」と評してくれているし、だからマイヤーさんたちも青い顔をする必要はない。安心して欲しい。そう告げたところで頭にチョップされた。
「クレア、痛い」
「アホか。大事な常連さんの息の根止める気かいな」
「大丈夫、シオは生きてる」
「ダァホ」もう一回叩かれた。「アレはシオやからや。そのシオをしても毎度アンタの味見の後で真っ白に燃え尽きとるのに、そんなもんマイヤーはんたちに食わしてみぃ? 一発で仲良くお陀仏さんになるで」
むぅ。自信はあるのだけれど、そこまで止められたなら仕方がない。今回は諦めよう。
「ウチが作ったサンドイッチとゲァ・ピッグの燻製が冷蔵庫に入っとるから、アンタはそっちを準備してき」
「分かった」
「あ、僕も手伝います」
キッチンに入ると、冷蔵庫からサンドイッチとゲァ・ピッグを取り出す。サンドイッチの方をシオに渡し、私はゲァ・ピッグを温め直す。火を通したりカットするだけなら美味くいくのに、一体何処で私の料理は異次元と化すのだろうか。謎だ。
「なぁ、一応確認なんだが……あの二人、付き合い始めたんだよな?」
料理をしていると、マイヤーさんが声を潜めてクレアに話しかけているのが聞こえた。その場にいない会話は極力耳に入れないよう努めるのだけれど、どうやら私に関しての話題のようで、自然と意識がそちらに向いた。
「せやで。三人ともこないだ本人たちから直接報告受けたやろ?」
「いやまあそりゃそうだが、なんつーか……」
「あんま付き合ってる感じがねーよな。二人とも初めてのカレカノだろ? 俺がアレくらいん時は、もうそれこそ場所も時間も関係なくイチャイチャしまくってたぜ? 当時の仲間にぶん殴られるくらい」
「それはジルだからだし」
「まぁ言うてあの子とヘタレシオちんやしなぁ。四六時中ベタベタしとる姿、ウチかて想像できへん。たまに二人で迷宮探索に行かせても、戻ってきた時びっくりするくらい今まで通りやし」
なるほど。恋人同士はもっとイチャイチャするものか。言われてみれば確かにクレアとアレニアは、一緒にいる時はいつもベッタリとくっついている。
料理が温まるのを待っているシオを見上げる。私はシオが傍にいるだけで安心している。けれど、シオもクレアたちみたいにした方が嬉しいのだろうか。
「ん? 何ですか?」
「……なんでもない」
ついシオから顔を逸らしてしまった。なんだろう、この感覚は。胸の奥が少しむず痒く、頬に血流が集まるのを感じる。どうするのが良いのだろう。エドヴァルドお兄さんは……こういう時の話は何もしてくれなかった、と考えてふと気づく。そういえばお兄さんが女性と一緒にいる姿を見たことがない。
「つまりは男色だった……?」
「男爵イモがどうしました?」
考え込んでいるとシオに話しかけられ、顔をあげる。気づけば料理は温め終わり皿の盛り付けも終わっていた。しまった。今は仕事中。オーナーとして仕事に集中しなければ。頭を小さく振ってマイヤーさんたちの所に戻り、皿を三人の前に並べていく。
そこで入り口のベルが鳴った。
「やっほー、クレア」
「お邪魔するよ」
まず入ってきたのはアレニアとクァドラだった。彼女らが来るのも一週間ぶりくらいだろうか。
そしてその後ろにはもう一人。
「なんや珍しい人がおるやんか」
「久しぶりね、クレア。ここが知る人ぞ知ると評判のカフェ・ノーラね。良いお店じゃない。まぁ……そこかしこに補修の跡があるのが気にはなるけど」
アレニアの後ろにいたのはギルド職員であるサーラだった。珍しい、というよりも彼女がここに来るのは初めてじゃないだろうか。
彼女は物珍しそうに店内を眺めていたけれど、私を見つけた途端にその目を輝かせた。
そして――気がつけば私は彼女に後ろから抱きすくめられていた。
「はぁ……やっと味わえるわぁ、この匂い、この感触、この抱き心地……クンカクンカhshs……あぁ、幸せ……」
耳にとろけるような声と一緒に吐息がかかってくすぐったい。むぅ、今回もまったく反応できなかった。何度か本気で彼女の抱きしめを回避しようとしているのだけれど、こういう時だけはまったく動きが見えない。何かしらスキルを使用していると確信しているものの、彼女は「愛の力よ!」としか言わないから真偽は不明だ。
助けを求めてアレニアとクァドラに視線を送ってみる。けれどアレニアはもうクレアしか見てないし、クァドラはにっこり笑ってサムズアップするだけ。ロナから早速コーヒーをもらってマイヤーさんたちと談笑を始めてしまった。
ならば、とシオに目を向けた途端に今度は耳元に唸り声が届いた。サーラが威嚇しているらしい。シオが手を出そうとすると噛みつきそうな勢いだ。愛する人に怪我をさせるわけにはいかない。どうやら諦めた方が賢明と思料する。
「ん? ところでサーラって探索者ライセンス持っとったんか?」
そんな状況で、クレアがふと疑問を口にした。言われてみればそう。私の頼りにならない記憶が正しければ、確かサーラはライセンスを持っていなかったように思う。職員とはいえ、ライセンスが無かったら迷宮に入れないはず。どうやってここに来たのだろう?
首を傾げていると、サーラが不敵に笑い始めた。
「ふふふ……私、気づいてしまったのよ」
「何をだい?」
「こんなにも私は愛おしく思ってるのに、ノエルったら月に数えるくらいしかギルドに来てくれないじゃない? 仕事で疲れた時、面倒くさい探索者の相手でイライラしてる時……ノエルに癒やされたいのに、必要としてる時にいてくれるとは限らない。会いたいのに会えない。だったら――私の方から会いに行けばいいじゃないって」
「まさか……」
「そう! 私、サーラ・シアーノは! めでたく! Cクラスライセンスを取得しました!」
そう言って「じゃーん!」と自分で擬音を付けながら、サーラは高々とライセンス証を掲げた。
「……ひょっとして、ノエルに会うためだけにライセンスを取得したのかい?」
「そーよ? 他に理由があると思う?」
さぞ当たり前のようにロナに返事をした。
サーラが店に来てくれるのはありがたいと思う。彼女は働きすぎのキライがあるので、カフェ・ノーラでリラックスできるのであれば歓迎したい。だけど。
「迷宮は危険」
「分かってるって。どうせBクラスライセンス持ちと一緒じゃないとここまで来れないし。ルール破りまでする気はないから安心して」
「ガキやないんやし、無茶せえへんならウチとしては止める気はあらへんけど。ま、彼氏のシオちんがなんて言うやろな」
アレニアとイチャイチャしているクレアに話を振られ、シオが困ったように私とサーラを見る。するとサーラが私の横に来て――頬にキスをした。
「っ……」
「ふっふっふ……」
サーラが勝ち誇った顔を浮かべ、向かいにいたシオの顔が歪んだ。私をじっと見つめ、それからハッとすると急に顔を真っ赤にして背けた。
「羨ましい?」
「べ、別に羨ましくは……あり、ます……」
消え入りそうな声でシオがぼそっとそう漏らした。
なるほど、彼の望みは理解した。シオは、ずっとこうしたかった。答えが分かったのならば悩む必要はない。
「ん? なんです?」
手招きするとシオが近寄ってくる。それから屈むように伝え、ちょうど私の正面に顔が来ると――今度は私からシオの口にキスをした。
「っ……!?」
「え……?」
「愛情表現」
軽く唇に触れただけ。たったそれだけ。なのに、私の方もなんだか胸の奥が暖かくなってきた。
(そう……これが愛おしいということ)
人間が抱く最も偉大な感情。それが理解できたのかもしれない。ならまた一歩、私は人間に近づけたのだろうか。そう考えると嬉しさも込み上がってくる。
そしてこの気持ちを教えてくれたのはシオ。ならば彼に心からの感謝を伝えなければ。そう思って少しのむず痒さを覚えながら顔を上げた。
するとそこには――熟れ過ぎたリンゴみたいになったシオの姿があった。
「シオ?」
「もしもーし、シオ君?」
動かないシオの鼻頭をサーラが軽くピン、と突っついたその途端。
「ふびゃああああぁぁぁぁっ!?」
シオは鼻血のシャワーを盛大にぶちまけて倒れたのだった。
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