5-4.この場を離れたく無い
「何か用?」
振り向けば、セイがおしとやかな様子で半壊した倉庫に入ってきていた。
おそらくは彼女も何らかの精霊と融合した存在。油断できないので、いつでも冥魔導を発動できるようにしておく。
「申し訳ありませんが、トリーお姉さまを解放して頂けませんこと? 普段のトリーお姉さまの言葉に従うのなら、勝者が敗者をどうしようと自由ではあるのですけれど」
「わ、私はまだ負けてねぇっ……!」
「誰がどう見ても情けない敗残者ですわ。あれだけ大口叩いておいて。それで、お返事ははどうでしょう?」
「不可。彼女には聞きたいことがたくさんある。もちろん貴女にも」
睨みを利かす意味でたくさんの黒い矢を展開し、切っ先をセイへと向けてみる。どちらかというと、トリーよりもセイの方が色々と知っていそうな雰囲気はあるけれど、二兎を追えば一兎も手に入らないというような言葉もある。欲は出さない方が賢明だと思料する。
そう思っていたのだけれど――
「そうですの。でも――これを見ても同じことが言えますの?」
セイが軽くお辞儀をして一歩横に動く。
するとそこにあったのは巨大な球体だった。雲間で覗く欠けた満月の光が天井の隙間から差し込んで、球体のテクスチャが幻想的にも見えてくる。
穏やかな月光によってあぶり出されるその球体の中に、アレニアが閉じ込められていた。さらに。
「シオ……」
未だ意識を失ったままの彼がいた。
球体の表面はふわふわと柔らかに変形し、どういう原理かは知らないが水のような液体で形成されているように見える。中は空洞になっているらしくアレニアの様子を窺う限りだと呼吸等生命活動に問題は無さそうだけれど……
「……、……! ……!」
アレニアが何かを叫も音はまったく遮断されてしまっていて、私の聴力を以てしてもアレニアの声はまったく届かない。拳で水の壁を殴りつけてもふよふよと表面に振動が走るだけ。さらに手持ちの銃を放っても弾は分厚い水の膜に受け止められて破るには至らない。
このような魔導は知らない。できたとしても、かなりの精密な制御が要求されて高度な部類に入るはずだ。が、セイもまた精霊と融合した――おそらくは水精霊――存在だとすると、こういった芸当も可能と思料する。
「お二人を拘束させて頂きましたわ。ああ、一応申し上げますと、お姉さまのその腕の銃弾でも解放は難しいかと。水で構成されてますから、単にできた孔を埋めるだけで事は済みますもの」
「理解した。説明感謝する」
しかしこうなると、状況は一変したと言わざるを得ない。
単純に戦闘だけでならトリーとセイ二人を相手にしても切り抜けることは可能と判断。けれど、現在は二人を人質に取られた状態。セイが感情的に二人を傷つける可能性は低いと推測するものの、逆に言えば有効と判断すれば冷徹に傷つけたり殺したりもすると思われる。私としても下手な行動を選択はできない。
実際。
「……っ!? ……、……!」
セイが意味ありげに微笑むと、アレニアが苦しげに口元を押さえた。口から気泡が吐き出されていき、アレニアの表情が悲壮なものに変化したのが分かる。数秒だけその状態が続くと、手を口から離して水の壁にもたれるようにして大きく肩で息をし始めた。
器用にも中の水を制御して、アレニアを溺死寸前まで追いやったらしかった。一方でシオにはまったく様子に変化がないことから、敢えてアレニア「だけ」脅しに使ったことに、セイの強かさと狡猾さが推測できる。
「要求は、なに?」
「ひとまずは、トリーお姉さまから降りてくださいますか?」
彼女の要求に従い、またがっていたトリーから降りる。トリーはすぐに私から離れて起き上がり、ギリ、と歯をむき出しにした。戦闘中から理解していたけれど、セイと違ってどうやら彼女は感情的なタイプだと再認識した。
「感謝致しますわ。それで要求ですけれども、黙ってワタクシたちに付いてきて頂けますか?」
「何処へ向かう予定? 私は店の経営者。無断で何日も店を開けるわけにはいかない。計画の提出を要求する」
「それは教えられませんわ。けれど、嘘を言ったところでお姉さまには無駄でしょうから伝えておきますと、もう店へと帰ることは叶わないと思ってくださいませ。もっとも、お店の方はもう一人の方がいらっしゃるので問題ないとは思いますけれども」
確かに経営的には問題ないと私も思料する。しかしだからと言って、素直に頷ける話ではない。
「要求を拒否した場合のリスクを」
「先程お見せしたとおりですわ。賢明なお姉さまなら十分に理解できたことかと」
つまりは、いつでもシオとアレニアを殺すことができると言いたいのだろう。それは事実であり、二人の生殺与奪を握られている現状、ここで戦闘を仕掛けたところで解放までに二人とも容易に殺害されることが想像に難くない。
そこでセイがパンッと手を叩いて明るく声を発した。
「さ、というわけで! 三人で帰りましょう! 他のお姉さまたちもみんな楽しみにしていますわ」
くるりとセイが踵を返す。けれども、私の脚は動こうとしなかった。
「……おい。テメェも状況分かってんだろ? さっさと来いってんだ」
「……」
分かっている。私が今すべきことは、大人しく付いていってシオたちを解放してもらうことだと。この場をやり過ごし、解放後に自力で脱出することも可能。少なくとも可能性だけはあるし、そこまで勝算がないわけでもない。
それが最も合理的な思考であり、それを選ぶべき。なのに――それを私は選ぶことができずにいた。
(私は――)
この場を離れたく無い。合理的でも論理的でもないけれど、今ここを離れてしまえばもう二度と戻ってこれない、そんな予感がした。
シオの無事が最優先。そう理解しているのに、離れがたい。たとえ彼が無事であっても、会えなくなる事を想像するとこの上なく辛くなる。この感情が何なのか良く分からない。だけど、一つ確かなのはこの気持ちに抗うことが私はできないということだ。
「良いんですの? ワタクシとしては二人をこのまま窒息させても一向に構わないのですけれど?」
「……それは困る」
「なら――」
「まあ待てよ、『六番』」
私が葛藤していると、ここでトリーが前に進み出た。セイを制し、私を上から見下ろしてきた。
「相手が行きたくねぇっつってんだ。ならここは――力づくで無理矢理にでも連れて行くしかねぇ。そう思わねぇか?」
「……はぁ」
ニヤリと笑ったトリーを見て、セイは思わずため息を漏らした。彼女が何を目論んでいるか理解した模様。私もトリーが何を求めているか分かった。戦時中にも似たような事を言った人間がいたのを覚えている。
トリーとしては、私に負けた――本人は認めなさそうだけれど――ままでは引き下がれないと思考したものと推測する。だからといって、人質を取られて抵抗できない私を叩きのめして何の意味があるのかまったく理解が及ばない。が、妹であるセイも止めるつもりはないらしい。
「壊したらダメですわよ? それと、手短に終わらせること。それなら見なかったことにしますわ」
彼女のストレス発散道具となることが確定した模様だ。だけれど、自らの意思で私はここを離れることを選べないし、人質のシオが傷つくよりは断然良い。むしろこれで良かったのかもしれない。
そんな事を考えていると、左頬を強かに殴打された。成人男性よりもずっと重たい私の体が、簡単に私の体が転がっていった。
「まだだ。こんなもんじゃ済まさねぇからな?」
そこからトリーによる暴行が始まった。立ち上がった端から殴り倒され、蹴られ、踏み潰される。暴行される箇所も顔から腹部まで様々。風魔導によって生身の部分をあちこち切り刻まれ、今日のためにクレアたちが準備してくれた服が裂けて流れ出した血液で赤く汚れていく。
私は抵抗することなく、ただ耐えた。倒されれば起きて、起きれば倒されて、と繰り返し、けれどやがて義足も破壊されて倒れるしかなくなる。
「寝てんじゃねぇよ」
頭が踏みつけられる。すでに全身に激痛が絶え間なく走っているが大丈夫、私は大丈夫。まだ、死にはしない。
(生きてさえいりゃ何だってできる。可能性はゼロじゃねぇ)
エドヴァルドお兄さんの言葉がおぼろげになってきた意識の中で蘇る。そう、死にさえしなければ、いつかチャンスはやってくる。生きてさえいれば、また。
(シオに――)
会いたい。
思考がそこまで達したその時、一際強い衝撃に襲われて意識が途絶えたのだった。
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