4-3.これで終わりだ
(ここで実践するとは思わなかったけれど――)
ノエルと肩を並べて戦う。その目標を胸に、シオは魔導の勉強を進めていた。練習では確実に魔導の正確性と威力が上がっているが、実践は初めて。不安ではある。しかし武器も防具も無い以上今頼れるのは自分の体術とこの魔導だけだ。
倉庫の影から躍り出る。黒服たちが一斉に銃を構えるが、それよりも早くシオは魔導を口にした。
瞬間、無数の刃が吹き荒れた。黒服たちを覆うように空気の層が作り上げられ、その中で鋭い突風が彼らを斬り刻んでいく。
「くぅ……!」
浅くだが無数の傷が男たちに刻まれる。難易度の高い広範囲風魔導だが、シオの実力だとそこまでの威力は無い。皮膚を浅く切り裂くその程度だ。
しかしシオにとっては都合が良かった。迷宮のモンスターではないし、敵を殺したい訳では無い。威力よりも今は相手に接近する、その時間が欲しかった。
「何故だ……何故新人に毛が生えた程度のガキが……!」
対して、黒服の一人は驚きの声を禁じ得なかった。
彼らが知っているシオは、このような魔導を使えない。せいぜいが牽制に使える程度の単純な風魔導だけだったはずだ。
何かがおかしい。黒服たちを束ねる立場の男はそう感じた。今しがたの体捌きもそうだ。とても駆け出しを卒業した程度の探索者の身のこなしではない。
彼らにとってシオはまだB-3クラスの探索者で認識が止まったままだった。年齢を考えればそれでも十分上等で、ギルドの管理が固かったのもあるが、B-1クラスにまで昇格しているなどと思ってもおらず、情報の更新が行われていなかった。それほどシオの急成長は破格だった。
程なく風が止んだ。男たちはそれぞれ相応に場数を踏んだ者ばかりだったが、それでも威力が軽いとはいえいつ終わるか分からない苦痛に耐え続けていれば、止んだ瞬間にふと綻びができる。
そこをシオは突いた。
気が緩んだ男たちの意識に空白が生まれ、そして彼らが気づいた時には、すぐ目の前にシオが潜り込んでいた。
「しっ!」
鋭く息を吐き蹴り上げる。狙いすました一撃は男の顎を刈り取り、意識を一瞬で奪い取る。
息をつく暇もなく別の男に接近し、拳を腹部へと叩き込む。相手の顔が下がったところで、シオは顎めがけて拳を横に思い切り振り抜いた。
「うおぉぉぉぉっっっ!!」
「組み付けっ! 相手は一人なんだっ! 抑え込んでしまえば――」
飛んだ指示を一人が忠実に実行しようとする。しかしシオは、背後から飛びついてきた黒服をするりとかわす。そのまま背後から膝裏を蹴りぬき、相手が膝を突いたところで頭を蹴り飛ばして卒倒させた。
「このっ……!」
「……、――っ」
左右から警棒が振り下ろされる。バックステップでシオはそれを回避するも、二人の黒服は追撃の手を緩めない。息の合った攻撃と鋭い踏み込みで追い込んでいき、それでもシオは的確に防御しながら反撃のタイミングを窺っていく。
冷静に、冷静に。シオは言い聞かせ、頭の中でノエルの戦う姿を思い描く。勢いに任せて動きそうになる体を抑え、周囲と相手の動きを観察しながら思考を止めない。
やがて、シオは敢えて一歩を踏み出し――その素振りだけを見せた瞬間、敵がそれまでと異なる動きを見せた。
隣接していた二人が左右に分かれる。そこに隙間ができる。
その瞬間、シオの頭に「死」が過った。迷わずナイフを懐から取り出し、振るった。
同時に、銃声が鳴り響いた。冬の曇天のせいですでに暗くなっているが、その中でもシオの瞳は音速で迫る小さな弾丸を捉えていた。
すべてが遅くなる。引き伸ばされた時間の中でシオのナイフが弾丸を叩いた。弾丸の軌道は逸れ、シオの頬をごく浅く斬り裂いてから後方へ転がった。
「なっ!?」
時間が加速し、男の驚愕が響く。それには耳を傾けず、シオは頭の中で再び魔法陣を思い描いた。
「うあっ!?」
まばゆい閃光がほとばしり、暗がりに慣れた男たちの瞳を焼いた。白魔導で作り出した単なる閃光で、初級中の初級魔導だがシオに適正があったのかその光量は甚大だ。特にシオの直ぐ側にいた両脇の二人は至近距離で光を目に入れてしまい、完全に視界を潰されてしまった。
一方は目を押さえて悲鳴を上げ、もう一方は闇雲に警棒を振り回す。当然、そんなものに当たるはずはなく、シオは落ち着いて一人ずつ意識を刈り取っていった。
「あと――」
一人。
誘拐実行を主導した、今しがた発砲した男をシオは落ち着いた目で見据えた。そして脱力したように体を前に倒すと、一瞬で加速した。
男もまた瞳を光で焼かれていたが、かろうじて視界は戻ってきているようだった。鈍い反応ながらも銃を向け発砲する。だが定まらない照準はシオが何もしなくとも勝手に逸れていき、かすりもしない。
「――……」
「くっ……!」
やむなく男もまた銃撃を諦め、腰の警棒に手を伸ばした。しかし手がそれを掴む前に、見えない刃が男の腕を深く斬り裂いた。
「がっ……!」
「これで――」
男の目の前でシオが、声を残して消えた。ぼやけた視界のまま左右に視線を巡らし、遅れて自身に被さる影に気づき上を向く。
雲間から月がわずかに覗いていた。まだ宵の口ゆえに光量は乏しいが、それでもハッキリと月の存在を確認し、それを覆い隠すようにシオが跳躍していた。
「終わりだァァァァッッッ!!」
加速した拳を振り抜く。渾身のその一撃は、男の側頭部を強かに打ち抜いた。
男が地面を激しく転がっていき、やがて倉庫の壁にぶつかって止まる。男は動かない。シオも拳を振り抜いて着地した姿勢のまま。今しがたまでの騒がしさが一転して、うるさいくらいの静寂が支配した。
そこに今更ながらシオの激しい呼吸音が混じった。戦闘の終わりを実感したからか、ようやく心臓が激しく鼓動を始め、凍えるような寒さにもかかわらずシオの全身から汗が一気に吹き出した。
「……良かった、生きてる」
つぶやき、視線を自身の腕に落とす。かすり傷は幾つもあるけれどたいした怪我はしていないようだった。銃弾に斬り裂かれて一張羅がダメになったのはショックだが、生きてさえいれば幾らでもお金は取り戻せる。それよりもノエルとの約束を破らずに済みそうだ。そちらの安堵の方が勝った。
とはいえ、だ。
「そうだ、あの人から話を聞き出さなきゃ……」
黒服たちは何者なのか。どこの国のどの組織が何のためにシオを誘拐しようとしたのか。正直なところ疲労感ですべてが面倒くさくなってはいるのだが、ここで見逃せばまたやってくるに違いない。そう言い聞かせて重い体をなんとかシオは動かした。
先程自分が殴り飛ばした黒服へ近づいていく。倒れた拍子に頭も打ったかもしれないが、少なくとも死んではいないようで規則正しく胸が動いていた。少しホッとしながらもシオは男の目を覚まさせようと手を伸ばしていき――そして猛烈な怖気を覚えた。
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