2-2.「デート」に集中することにした
シオに手を引かれ、私たちは街を歩き出した。
真冬なので気温はだいぶ低い。けれども曇天の隙間から差し込む日光のおかげで体感では心持ち暖かかった。
最初は震えていたシオの手も、街を進んでいくにつれてその震えは消えていった。お互いに無言で、シオの頬はまだ少し赤く心臓の音はハッキリ聞こえてくるものの、緊張は少し解れたらしい。普段より多少熱を持っていたと推測される私の頬も冷たい空気に晒されて、冷静さを取り戻せたように思う。
「あの……ノエルさんは街のこっち側って来たりします?」
「否定。基本的に私が買い物をするのはギルドのある旧市街側。駅のある新市街方面はほとんど脚を踏み入れたことはない」
シオが会話を切り出してくれたことで、弾むというほどではないけれどポツポツと会話しながらゆっくりと歩いていく。シオの歩き方がどことなくぎこちなくて、緊張のせいかとも思っていたけれど、どうやら私の速度に合わせてくれていたからのようだ。申し訳ない、と謝罪を口にして速度を上げると彼は小さく笑った。
「とんでもないです。今日は僕がエスコートする日ですから。僕が合わせますのでノエルさんは気にせず自分のペースで歩いて大丈夫ですよ」
「承知した。感謝する」
こういうのを気遣いというのだろう。私にはできないことで、彼の人柄の良さが窺い知れる。将来有望な探索者でもあるし、シオならばきっとそう遠くない未来に良い交際相手が見つかるだろう。クレアとアレニアみたいに。
もっとも、その二人はといえば。
「どうしました?」
「……なんでもない」
私たちのずっと後方で、建物の影に隠れながら尾行していた。
周囲からの不審な目を一切気にすることなく私たちの方を窺いつつ時々軽くキスを交わしたり、店のショーウィンドウで飾られた展示を眺めたりしている。あちらはあちらで楽しんでいる様子。しかしながら――
「本当にノエルって着飾るとお人形さんみたい。サーラが溺愛するのも分かるわ」
「せやろ? ウチとロナで目一杯作り上げた芸術品やからな。ホンマはあの上にケモミミカチューシャも着けたかったんやけど」
「それはアンタたちの性癖にしか刺さらないから止めときなさい。まあでも、ノエルならそれも似合いそうだけど……」
「なんや、アレニアも着けてみるか? ノエルに負けず劣らず可愛いアレニアならきっと似合うで?」
「ありがと……ん……あ」
「そういうのは二人きりの時にやってくれるかい?」
――こんな感じなので、一緒にいるロナが時々所在なさげにしていた。
そんな三人につけられていることなど、シオは気づいていないよう。なので、私も彼女らがいないものとして扱う事にして彼との「デート」に集中することにした。
「ふぅ……最初はどないなるか思うたけど、どうやら軌道に乗ったみたいやな」
クレアはアレニアの吐息を頬で感じながら胸を撫で下ろした。
シオがデートコースとして選んだのはいわゆる定番コース。まずは恋人同士が多いショッピング通りの店を散策し、アクセサリーを見て回る。そのうちの一軒でシオが懸命な顔をしてネックレスを選びプレゼントしていたのは、クレアから見てもポイントが高い。
この行動もアレニアがシオに言い含めたものらしいが、それでもシオの性格を考えると実行できたのは称賛に値すると言って良いだろう。
「アイツ……ちゃんとマシなもの選んだんでしょうね」
「大丈夫やろ。ノエルも喜んどるみたいやし」
店の窓に張り付いてノエルの様子を窺いながらアレニアにそう伝えた。ノエルの表情は全くもって無表情であり、見慣れていないとデートに不満ありありで不機嫌極まっている様にしか見えないが、長い付き合いであるクレアには彼女が嬉しそうだと分かった。おそらくは本人も明確に気づいていないだろうが、口元が微かに緩んでいる。
買い物を終え、二人が店から出てくると、通行人に通報されてもおかしくない姿を晒していた三人も物陰に再び身を隠す。そして十分に距離が開いたところで尾行を再開した。
映画館で映画を鑑賞し、見終えた後はおしゃれなカフェでカップルたちに囲まれてランチを食べる。向かい合っているからかシオはずっと浮ついている様子だが、それでも会話を交わしながら無事に食事も終えたようだった。
「あの二人がどんな会話をしながら食事をしているか、実に興味深いね」
「こういう時ノエルの聴力が羨ましいわ」
ノエルの口が開く回数からして会話が弾んでいるとは到底思えないが、それでもシオが嬉しそうなのはアレニアにも分かった。
実質的な姉を自称する彼女としてはシオだけが楽しんでいるのではないかとハラハラしっぱなしなのだが、ノエル検定一級のクレアによればノエルの方も楽しんでいるらしい。アレニアは少し安心した。
やがて二人が立ち上がる。クレアたちも向かいの店で同じ様に食事を取っていたが、クレアとアレニアは二人が店を出るのを見て慌てて会計に走っていった。
「アレニアくんには<鷹の目>があるんだから急がなくてもいいんじゃないかい?」
「アホ! 何言うとんのや!」
「そうよ! シオがノエルとデートできるなんて最初で最後かもしれないのよ! 一分一秒だって見逃せるわけないでしょうが!」
「うん、君らがとても失礼だってのは分かったよ」
「盗聴器でもつけておけば良かった」などとうそぶくアレニアたちを、ロナは呆れた目で見つめた。
幸いにしてノエルたちから離れてしまった時間はそう長くはなかった。店を出た直後の角を曲がったところで二人の姿を認めて安堵し、そのまま尾行を継続する。
ランチの後は再びゆっくりと街を散策していた。ただし、デート開始直後とは違ってシオの表情も自然なものになっていて、会話もスムーズにできている。ノエルは変わらず無表情だがいつの間にかシオの手はノエルに繋がれていて、それを振り払う様子もない。後ろからなので表情が見えるタイミングは少ないが、時々シオを見上げる横顔から判断するに、このデートは順調に進んでいる。三人にそう確信した。
しばらく街や公園を会話しながら歩いて回った二人は、やがて一軒のカフェに入った。暖かな陽光も差し込んでいるからかノエルたちはテラス席の一角を選び、クレアたちもまた向かいの店のテラス席に陣取って観察を継続した。ちなみにクレアたちの席は、陽がまったく当たらずかなり寒い。
「さ、さ、さすがに寒いわね……」
「あー、ウチは焔の精霊に好かれとるからそこまででもないけど、アレニアは寒いかもしれへんな。ほれ、もっとウチに引っ付き」
「あ、ありがと……うわ、本当に暖かい。膝に座るから抱っこしてくれない?」
「構わへんで。むしろばっちこいや」
「そういうプレイは店に帰ってやってくれるかい?」
ロナのぼやきを聞き流し、ホットココアと暖かい焼きたてのシチュー入りパイが届いたところでアレニアは人心地ついた。クレアに抱きしめられ、ココアを胃に流し込みながらもいつの間にか取り出した双眼鏡を覗き込み、ノエルたちの一挙手一投足を見逃すまいと情熱を燃やし続ける。
「しっかし……ノエルはまったく表情変わらないわよね。本当に大丈夫なの?」
「ははっ。確かに変化は乏しいから分かりにくいね。でも毎日彼女を見てると、意外と表情豊かだって気づくよ」
「そうかしら……とてもそうは思えないけど」
「まあ毎日顔を合わせてたらって感じやな、そこは。せやけど心配せんでエエ。ここに来る途中からシオをチラチラ見る回数が増えてたやろ?」
「うん。やっぱりアレってシオのこと意識してきてるって判断していいの? ノエル検定一級のクレア様?」
「判断してオーケーや。ま、本人に自覚は無いやろし、たぶん気づいても明後日の方向に考察が突進してくやろけどな」
ノエルには愛し愛されても良いという感覚がまったくと言っていいほどない。誰かから好かれることも、誰かを好きになるということも自分にはあり得ないと無意識に信じ込んでいて、むしろ愛し愛されてはいけない、と思考に制限さえ掛けているフシさえある。
ここまでシオが示した好意も、単なる好意以上には自覚していないだろう。ひょっとしたら、他の人とデートするための予行演習をしているくらいに考えているかもしれない。それくらい彼女に根付いた感情は根深いものがある。
「……マジで?」
「たぶんやけど、可能性は高いで? まあ、こないなんは周りが言葉で伝えても伝わらへんもんやしなぁ」
自身を兵器であると称し、人間に少しでも近づきたいと思っているにもかかわらず、まるで人間になることを拒否しているような矛盾したノエルの思考と行動。その呪縛を未だにクレアも解けていない。
シオにはぜひ彼女を解放してあげてほしい。クレアはそう切に願いながら陽光の中で向かい合う二人を優しく見守るのだった。
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