8-1.報告を聞かせてちょうだい
「『四番』から報告が届きました」
部屋の隅に置かれた間接照明、それと床いっぱいに広がる魔法陣。明かりと呼べるものはそれくらいの薄暗い部屋だが、少女は淀みの無い手付きで持ってきた紅茶のポットを傾けた。
カップに注がれ、芳しい香りがゆっくりと部屋に広がっていく。誰もいないソファの前にカップとケーキを置くと、少女は直立して部屋の主がやってくるのを待った。
部屋の主――ヴェネトリアはしばらく無言で自身の机で何かをしていたが、やがて一つ小さなため息をついて顔を上げ、縛っていた後ろ髪を解いた。
真っ白な彼女の髪をかきあげ立ち上がる。ゆっくりと振り向き、床からの光に照らされて彼女の美しい右顔、そして火傷でただれた痛々しい左顔が少女へと向けられた。
「ありがとう。今日はケーキかしら? ふふ、嬉しいわ。私はこれが大好きなのよ」
「はい。先日『七番』から作り方を教えてもらいましたので作ってみました。お口に合うと良いのですが」
「大丈夫、自信を持ちなさいな」
紅茶で口を湿らせると、ヴェネトリアは皿のケーキをフォークで丁寧に割った。一口大に切ったそれを口に運ぶと、美しくもどこか老練さを感じさせる表情が緩み、少女はホッと安堵した。
「美味しいわ。そういえば、『あの子』も甘いケーキが好きだった」
ヴェネトリアは瞑目し、想いを馳せる。少女は母たる女性のその行いを邪魔しないよう気配を消し、視線を机の上へと移した。
机の上には毛糸の塊。糸が伸びて、その先には作成途中の小さな編み物があった。どうやら帽子のようだが、サイズは子ども用に見える。ヴェネトリアお母様はよくああした編み物をしているが、果たしてそれは誰に渡しているのだろうか。
「さて――それじゃ報告を聞かせてちょうだい」
少女は知らず集中して編み物を見つめていたようで、ヴェネトリアの声で我に返り自身を恥じた。お母様を前にして集中を切らすなど、言語道断。内心で自身を叱りつけながら、少女は居住まいを正した。
「はい。『四番』の報告に依れば、コード00による力の行使を再度確認。十分に使いこなしていること、また暴走などは見られず存在そのものも安定しているとのことです」
「つまり、未だ『鍵』の素質は十分にあるということね?」
「そう考えて差し支えないかと」
報告を聞き、ヴェネトリアは微笑んで懐から葉巻を取り出した。少女が火を点け、香りをゆったりとした動作で味わっていく。
「ただし、『器』には亀裂と推測されるほころびが確認されたとも報告を受けております」
「程度は?」
「儀式に支障が出るほどのものではないと」
「承知したわ。焦るほどではないけれど、悠長にしてられるほど時間的猶予も無いということかしら」
「同意します」
ヴェネトリアは目を閉じ、静かに考えにふけった。
お母様はいつも正しい道を選ばれる。それを導き出す思考にノイズを与えてはならない。彼女が声を発するまで少女は静かに待った。
「――『四番』には引き続き監視をさせて。ただし、わずかでも変化が見られればすぐに報告するように伝えてちょうだい。それと、各研究担当には少しスピードを上げるよう指示を。必要な物があるならすぐに申請するよう言い添えなさい。ただ、あくまで私が求めるのは着実な成果。軽率な行為は慎むよう徹底させて」
「承知致しました。『妹』たちに伝えて徹底させます。また各国にも支援を高めるよう圧力をかけます」
「そうして。でもやり過ぎはダメよ? 首をすげ替えるのは簡単だけど、新しい人間になると私たちとの関係にも綻びが生まれてしまう。それは避けなければならないわ」
「肝に銘じておきます。
それと、同じく『四番』からです――アルブレヒト・ゴルトベルガーの処分が完了した、と」
「そう」
素っ気なくヴェネトリアはその報告に応じた。だがその態度が「四番」そのものに対するものではないことを少女は知っていた。自分たちの「母」は誰に対しても厳しく、そして優しい。そこに分け隔てはない。その証拠にヴェネトリアは、「四番」への労いを口にした。
「伝達時にあの娘にはお疲れ様、と言い添えてちょうだい。ついでに、そうね……何がいいかしらね。何かプレゼントを送ってあげようかしら。あの娘をイメージした専用の武器なんてどう思う?」
「ただでさえお母様からの贈り物であれば、彼女も大喜びするはずです。ましてそれがお母様手ずから作成したものとなれば、感涙間違い無いでしょう」
「なら急いで材料を準備しなきゃいけないわね」
ケーキを食べてしまい、カップが空になると少女が二杯目を注ぐ。ちょうどいい熱さの紅茶に再び口をつけながらヴェネトリアは頬杖をついた。
「アルブレヒト。あの子も優秀だったのにねぇ。処分しないといけないなんて残念だったわ」
「仕方ありません。如何にお母様に心酔していようと、彼は限度を見誤りました。再三の警告を無視した挙げ句、計画に支障をきたしかねない暴走は命を以て償って頂くしかありません」
「頭は良いけど子どもみたいな個性だったわ。だからこそ可愛かったんだけど……まあ、いいわ。必要な技術も確立してくれたからもう用済みではあったし。残してくれた詳細なレポートがあれば、彼ほど優秀じゃなくても後継の人間が上手くやってくれるでしょう」
切り捨てるのにちょうどいいキッカケだったわ。そう最後に冷たく吐き捨てると「ごちそうさま」とカップをテーブルに置いた。
少女が食器類と一緒に部屋を辞して一人になる。ヴェネトリアは頬杖をついたまま目を細め、そして立ち上がって自身の机へと向かった。
「時間的猶予はない、か……」
引き出しを開けて写真を取り出す。そこには笑顔で笑う白い髪の女性らしき姿、それと無邪気に笑う男の子が写っていた。ただし女性の顔の部分は焼け落ちてしまっていて、他のところも黒く焦げてしまっている。
「ここまで生き残ってることだけでも想定以上だものね。でもお陰で計画を早められそう。孝行な『娘』だわ」
独り言を漏らしながら写真を優しい眼差しで見つめ、そっとまた引き出しにしまう。そしてどこか遠くを見つめながらヴェネトリアは語りかけた。
「時は巻き戻せない。けれど失ったものは取り戻せる。
あと少しよ。だから……もうちょっとだけ待っててね。お母さんから会いに行くから」
お読み頂き、誠にありがとうございました!
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>




