7-4.待ちくたびれる前に片付けるとしよか
「へ? え、え、ええええ――!?」
突然始まった二人の熱い抱擁&キスの愛情表現に、シオが激しく困惑した声を発した。
驚くのも分かるし、困惑するのも理解する。というか、私も困惑している。
つまりは二人は――そういう関係ということ。いったいいつからそうだったのだろうか。クレアとはずっと一緒にいたつもりだったけれどまったく気づかなかった。
とはいえ。
「シオ、二人を守って」
「は、はい!」
気にはなるものの、今はそちらに気を回していられるほど余裕はない。そう思ったのだけれど、突然ヒュイからの攻撃が止んだ。
正気を失ったはずの視線が部屋の方へと向けられる。私に背を向ける直前、彼と一瞬だけ目が合った。そこに、凶暴さは見られない。まさか。
「こ、のぉ……良くも僕を蹴り飛ばしてくれたな……!
ヒュイ! さっさとそんな子どもを殺してコイツらを捕まえるんだっ!!」
倒れていたアルブレヒトが起き上がりながら喚く。相当に怒り心頭の様子でヒュイに命令しているけれど、シオたちばかりを見ているから状況を分かっていない。
「危険。退避を勧奨する」
「はっ! 何を言って――ヒュイ? どうしたんだい? こっちじゃなくて――ぐぎゃっ!?」
巨大な影がアルブレヒトに覆いかぶさり、不穏な空気を感じ取ったらしいけれどすでに遅い。
ヒュイの拳がアルブレヒトを捉えた。体がまるでゴムボールのように弾み、壁へと叩きつけられるとカエルが潰れたみたいな奇妙な声を上げて動かなくなった。一応は生きているみたいだけれど、放っておくと危険。しかたない。
「アレニア。アルブレヒトを背負って外に」
「え? でもコイツは……」
「今回の件はギルド上層部が関わっている可能性が高い。彼らを裁くためにもアルブレヒトの証言が必要。死なせるわけにはいかない」
最後の一撃はきっと、ヒュイに残った最後の力。アルブレヒトはだいぶ重症ではあるけれど、それでも生きている。もしヒュイの魂が完全に変質していたなら、完全なるモンスターに化していたならアルブレヒトの肉体は原型も無くなっていたに違いない。
そして、もう。
「■■■ォォォ■ッッッ!!」
さらなる変形を遂げる。肉体はさらに膨れ上がって、全身にいっそう人の断末魔が浮かび上がる。顔もヒュイのものでは無くまさに怪物と呼ぶにふさわしいものになってしまった。もう誰の言葉も願いも、彼には届かない。
なので、終わらせる。
「シオ。アレニアとアルブレヒトを守りながら一緒に外へ」
「え、でも……ノエルさんとクレアさんは?」
「私は問題ない。クレアも十分に戦えるし、それにこの戦いに彼女が必要」
「……分かりました。ですけど、気をつけて下さいね?」
「それはこちらのセリフ。ここは深層。油断しなくても死にかねないモンスターが現れるうえに、アレニアだとまだ力不足。でも、今のシオなら――十分戦える」
お世辞でもなんでも無くシオは急激に成長している。元々成長曲線は目を見張るものがあったけれど、この間のロックワームとの一戦以来また一段と強くなった。
もちろん経験という点ではまだまだ不足はある。火力不足も十分に解決できたとは言えない。それでも、たとえAランクモンスターであっても相性次第では十分に負けない戦いはできると思っている。
「だからアレニアとアルブレヒトを任せる。信頼している」
「……ありがとうございます! 期待に応えてみせます」
気持ちが十分に伝わったかは分からないけれど、シオは破顔した。そうしてアルブレヒトを背負ったアレニアの手を引いて、すでに半壊した建物の外へと走っていった。
「優しいなぁ」
ふと横を見ればクレアが胸元から取り出したキセルを吹かせていた。長いキセルを器用にくわえたまま赤い髪を後ろに縛り直して、口元が弧を描いている。
「何が?」
「シオちんに気を遣ったんやろ? いくら異形化したっちゅうても、元は人間やしな。ウチかて人殺しの片棒は担がせたくないしな」
「否定はしない」
以前にエスト・ファジールの連中と殺し合いはしたけれど、今度の敵はヒュイ一人。シオが止めを刺す状況も考えられるし、そもそも私と違ってシオは探索者。人を殺すのが役割の兵器ではないのだから、そういう状況に遭遇しないに越したことはない。
「さてさて。そんなら敵さんもこっちの準備を待ってくれとるみたいやし、リクエストに応えて元祖相棒がお手伝いさせてもらうかいな」
ヒュイはじっと立ち尽くして私たちを見つめていた。鼻息は荒く、目には正気のない敵意が満ちているけれど襲いかかってくることはない。クレアの言うとおり待ってくれているとするなら、まだ根本的なところで彼の魂というのは残っているのかもしれない。もっとも、もう彼を救う手立ては無いのだけれど。
「ウチの武器、持っとる?」
「持ってる」
「さすが。抜け目ないな」
そう言って影から触手が伸びて、クレアに武器を手渡す。ここに来る前に倒した敵が持っていたのだけれど、見覚えがある武器だったので回収してたものだ。たぶん、クレアをさらった時に一緒に盗んでいった物だと推測する。
「おおきに。ンなら、敵さんが待ちくたびれる前に――片付けるとしよか」
「おお■ぉぉ■■■ッッ――!!」
上がった咆哮は待たされたことに対する苦情か、それとも戦えることへの歓喜なのだろうか。それがどちらかを問いただすことは永久にできないけれど、今すべきことは彼を倒すこと。それに変わりない。
完成された肉体が織りなす爆発的な加速力でヒュイが距離を一瞬で詰めてきた。拳を振り上げ、そこまでは同じ攻撃だけれど彼の腕からさらにいくつもの腕が生えていく。
先端が鋭利な刃物だったり、人間の手と同じ形だったりと様々。でもその目的はいずれも私たちを貫くことに変わりはない。
クレアと両サイドに別れて回避。広範囲で彼の拳たちが私たちの立っていた場所に叩きつけられ、そのうちの一本が私のスカートを斬り裂いた。敵の攻撃範囲情報を修正する必要性を確認。回避行動を継続しながらデータベースを上書きする。
「クレア、敵の弱点探索を」
「任されたで!」
先程は頭を吹き飛ばしてもすぐにヒュイは回復した。おそらくは心臓に相当する位置を吹き飛ばしても結果は同じ。推測するに、取り込み融合した魂同士でバックアップを取っており、一部部位を吹き飛ばしても欠損情報を補って回復してしまうのだと思われる。
回復する前に取り込んだ魂分だけ脳や心臓を吹き飛ばしてしまえば倒せはするのだろうけれど、与えられた魂がどれくらいの数なのか分からないし、少なくとも一個や二個ではないだろう。そんな悠長に戦っているわけにはいかない。
「冥魔導はまだ使えへんのか?」
「できるなら避けたい」
前にロックワームを相手にした時に魔素をだいぶ使ってしまった。少しずつ回復はしてるので使えはするけれど、本気で冥魔導を使ってまた大量消費するのは避けたい。
後退しながら、転がっていた武器を拾って敵の腕を斬り飛ばす。これも盗んだクレアの武器なのだろう。凄まじい切れ味だ。でもやはりすぐに修復して何事も無かったかのように私たちをヒュイは追いかけてくる。途中で残っていた護衛の探索者が、彼のおぞましい姿に悲鳴を上げるけれど、幸いにして彼の関心は私たちだけみたいだった。
「了解や! ならもうちょい引きつけといてや! 奴の体がまぶし過ぎて中々弱点が見えへんねん!」
それだけ活力に満ちあふれているということなのだろうか。ともかくもクレアがそう言うのなら、私は役目を全うするだけだ。
後退から一転して前進。伸びてきた触手のような腕を薙ぎ払い、懐に入り込んで首元を一閃。ぱっくりと大きな傷ができてそこから血ではなく、真っ黒な澱みたいなものが噴き出すも、すぐに修復して私を捕まえようとしてくる。
さらに。
「っ……危険を感知」
背後で魔素の揺らぎを感知。バーニアを急噴射して回避すれば、まるで冥魔導のような黒い触手が私のいた場所でうごめいていた。
ヒュイの体がよりいっそう黒くなって、まるで深淵を思わせるほどになる。全身の形が崩れて不定形となり、常に不気味に脈打ってる。その中で赤白い目だけが輝いていた。剣で肉体を斬り裂いてみるけれど、まるで手応えが無い。
「……ぉ……ぉぉぉ……」
すっかり破壊された建物入口の瓦礫を越えて外に出ると、低く苦しげなうめき声を上げて追いかけてくる。足元に広がった黒いシミからいくつもの触手が出てきて、さらに自身の体に取り込もうというのだろうか、両手を私へと伸ばしてくる。
あらゆる角度から触手が私へ迫ってくる。幸いにして比較的広い迷宮へと出たから避けやすくはなったので天井と壁を自由に使い、バーニアを駆使してそれらをすべて回避し、残っていた脚のミサイルを発射した。
着弾。爆発。轟音と爆風、そして熱が吹き荒んでいく。炎と煙に黒い影が飲み込まれていっそう苦しげな声が上がった。
苦しげな声自体はずっと上がっていたけれど、ミサイルを受けた後のそれはどこか声色が違っていた。もしかすると――
彼の様子から弱点らしきものに想像が及んだ時、少し離れて<逸品制作>で観察していたクレアの声が聞こえた。
「分かったで、有効な攻撃が」
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