7-2.――敵を排除しろ
「がああああああっっっっっ!?」
中性的な雰囲気のあるヒュイから獣の様な悲鳴が上がり、直後にアルブレヒトは素早く彼の首元に銃弾を撃ち込んだ。
「ヒュイさん……! アルブレヒトさん、貴方って人は……!」
「まあまあ。見てなよ」
クレアへ銃口を戻し、シオの憤りも受け流しながら口笛でも吹き始めそうな様子で、アルブレヒトは倒れて痙攣しているヒュイを観察していた。
やがて彼の体に突き刺さったままだったチューブを蹴り飛ばして外す。すると白目を向いて倒れていたヒュイがむっくりと起き上がった。
「ヒュイ、さん……?」
「下がって」
何かおかしい。ヒュイの様子もそうだけれど、それ以上に変なのは彼の体から感じる魔素だ。普通の人間でも魔素は少なからず内包しているものだけれど、それとは明らかに異なる異常な濃度を感じる。
「う……う、う……?」
ヒュイから発せられるうめき声にも変化が見えた。瞳にも光が戻ったことからどうやら正気を取り戻したらしい。けれど、今度は首と脇腹の傷跡をかきむしり始めた。
「あ、つい……! 熱、い……!!」
傷跡から流れる血で彼の両手が真っ赤に染まっていく。
だというのに。
「うそ……」
「……」
「傷が……塞がった」
ポコリ、と傷口が泡立ったかと思うと血が止まって、傷跡を拭ってしまえばまだ多少赤く汚れてはいるけれど、銃弾で開けられたはずの孔がキレイに無くなっているのを確認した。
さらに。
「ふうぅぅぅぅぅ……!」
相当に熱を持っているのかヒュイが吐き出した息が白く染まり、筋肉が震え始めた。そのまま少しずつ肥大化していき、やがて身につけていた防具が悲鳴を上げて弾け飛び、インナーシャツやズボンがはち切れる。そして――露出した彼の手足には、まるで人の顔のような痣が次々と生まれていった。
いや、おそらくは「ような」ではないのだと推測する。きっとアレは、本当に人の顔。その仮定が正しいとするならば――
「投与したのは、人の魂?」
「ご名答」得意げにアルブレヒトが胸を張ってみせた。「抽出して魔素と融合させたのだけれど、最初はなかなか上手く馴染んでくれなくてさ。その後新しい技術を使って再処理してみたもののずっと使う機会も無かったんだ。でも、さっきふとちょうどいいタイミングだと思ってね」
ペラペラと説明してくれるけれど、ヒュイの変貌した姿は私には不快感しか想起してこない。
少し前にエスト・ファジール帝国の連中と戦った時にも同じ様なことがあった。あの時はカプセル状のものを経口摂取していて、今回は魂の直接投与という違いはあるけれど、いずれも人間の肉体と魂を変質させているという点は変わりない。
ということは、だ。
「過去に、エスト・ファジールに今回と同様の効果のある薬剤を精製したことは?」
「ああ、そういえばそんな事もしたことあったかな? 連中に作り方を高値で売りつけてやった気がする。もっとも、完成度の低い技術ではあったけどね」
「彼らは精霊に近づく薬だと言っていた」
「ふふ、嘘は言ってないよ。精霊と融合させるにも魂の変質は必要だからね」
なるほど。どうやらヴォルイーニで研究されていた技術はエスト・ファジールに回収されたと思っていたけれど、必ずしもそうじゃ無かったらしい。
ヒュイの容姿が私の記憶を刺激してくる。いつかも思い出した記憶。隣のベッドで寝ていた男の子が、何かを投与された途端に異形化し、そして――処分される様子がフラッシュバックした。
ああ、そうだ。そういえばそうだった。その日からしばらくして――私にも何か同じ様なものが注射されたような気がする。薬剤が改良されたからか、私はこうしてまだ生きてはいるけれど、ともかくも私のような人間とも言えない人間を生成するために必要な薬剤なのだろう。
「ヴォルイーニで研究をしてたことは?」
「ヴォルイーニ? あの滅んだ国かい? いや、行ったこともないね」
その言葉が嘘か本当かは分からない。が、本当だと仮定すると、彼はどうやってこの技術を手に入れたのだろう。
疑問は残る。だけれど何はともあれ、この人間をこのまま野放しにしておくのは許容できない。人のくびきから離れた人ならざる人は、私だけで十分だ。
「やる気のようだけれど、さて、進化したヒュイに勝てるかな?」
「何が進化やねん……」
ベッドに繋がれたままクレアが吐き捨てる。私も同感だ。それでもアルブレヒトは自信満々に笑う。そんな彼から目をそらして、私は後ろのシオに目配せをした。
私の視線に気づいたシオは少し怪訝な顔をしたものの、意図に気づいてくれたようで小さく、だけどしっかりと頷いてくれた。
小声で詠唱を口にする。でもまだ発動はさせない。待機状態のまま腕の銃をガトリングモードから十四.五ミリ弾の方へと切り替えた。
「さあ、義務を果たす時だ――敵を排除しろ」
「うぉぉぉあああぁぁぁぁぁっっっ――!!」
アルブレヒトが命令を下した瞬間、咆哮を上げてヒュイが激しく床を蹴った。全身から目視できるほどに濃密な魔素を噴き上げ、モンスターを想起させる赤い瞳が凄まじい速度と迫力で迫ってくる。
「離れて――」
シオとアレニアでは及ばない。直感し、二人を突き飛ばすようにして強引に私から引き離すと、すでに眼前で巨大化したヒュイが拳を振り上げていた。
即座に飛び退く。膨れ上がった筋肉に裏付けされた彼の膂力が床を一気に弾き飛ばし、突風さえ撒き散らす。
拳が私を捉える寸前で回避。銃を構える。だけれども引き金を引くよりも早く、彼の足の裏が目の前に迫っていた。
(速い……)
速いし、早い。身をひねり、後ろに逸し、拳を受け流しながら彼の実力を感じる。単純な速度もそうだけれど異形化した肉体の放つ威圧感とは違って、動きの一つ一つが丁寧で繋がりがスムーズ。それに。
「……」
攻撃が、私が避けた背後の壁やドアを容易く破壊していく。それだけのパワーを持ちながらも彼の瞳は冷静さを失っていない。いささかの興奮は見られるけれど、少なくとも理性はまだ保持しているように見える。
Aクラスの実力を裏付ける技術を持ち、かつ人間離れしたパワーとスピードを手に入れた。手強すぎる相手と言わざるを得ない。
「ふっ!」
相手の攻撃をかいくぐり腹部へ左の拳を突き立てる。義体化されていないけれど、精霊と融合しているおかげで私の一撃も成人男性を遥かに超える力を持っている。が、ヒュイの体は分厚くかつ生物らしい弾力性も持ち合わせていて、多少彼の体が後退したものの明確と言えるほどのダメージは与えられて無さそうだった。
なら。
「――スイッチ」
生まれた僅かな隙を活かして銃口をヒュイの頭へと向けた。すぐさま彼も距離を詰めて襲いかかってくるけれど、それよりも私の方が早い。
低く、腹の底にまで響く振動が伝わる。放った十四.五ミリ弾が狙い通り彼の頭へと命中した。
炸裂し、ぐちゃりと頭が潰れて脳しょうが巻き散らかされる。頭の半分を吹き飛ばされるとさすがに動けないようで、拳を振り上げた体勢のまま前のめりに倒れていった。
頭を吹き飛ばされて生きている生物はいない。精霊の類はどうか知らないけれど、少なくとも人間だろうがモンスターだろうが、この現実世界に肉体を持って生きている限りそれが自然の摂理だ。
だというのに、である。
「っ……!」
「……嘘でしょ」
離れた場所でアレニアがうめいた。口元を押さえ、顔をしかめているけれど無理もないし、私も同じ気分である。
私の脚をヒュイの腕が掴んでいた。さらに空っぽの頭をもたげて、無いはずの瞳が私を捉えた。そんな気がした。
銃口を足元に向けて即座に発砲。弾丸が彼の手首を吹き飛ばすけれど、反対の腕が同じ様に私の脚を掴んで。
「■■■っっっっ――……!!」
私の体を軽々と持ち上げる。振り回され、壁に何度も叩きつけられていく。
「っ、ぁ……」
視界が目まぐるしく回っていき、壁に背中がぶつかる度に臓腑を衝撃が突き抜けていって、やや遅れてから痛みが脳から発せられるのを自覚する。
やがて体が放り出された。自分で飛行する時とは異なる奇妙な浮遊感を覚えた直後に壁を破壊。そのまま乱雑に物が視界を埋めながら転がっていって、最後に重たいコンクリートらしき破片が頭に乗っかってから、ようやく私の体は静止の時を迎えた。
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