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トカゲと散歩  作者: *ファタル*
本編4森の中へ
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第130話 ヒーリの証言 (クルビス視点)

「うん。ちょっと、喉を潤そうね~。」



「どうぞ。お水ですよ。ゆっくり飲んで下さいね。」



「リード隊長っ。あ、ありがとうございますっ。」



 緊張しながら受け取って、ヒーリは水に口をつけた。

 もう自分で身体を起こせるのか。長の術式には頭が下がる。



「長。ありがとうございました。ヒーリは…。」



「うん。もう大丈夫だと思うけど、念のため数日は北の医務局で様子を見ようね。」



 長の言葉に室内の空気が軽くなる。

 誤解されがちだが、この方は確実なことしか言わない。治療に関してはもちろんのこと、深緑の森の一族の長として自分の言葉の重さを良く知っている方だ。



 長がこう言われるならもう大丈夫だ。

 ヒーリもホッとした顔をしている。



 調書はいつ取れるのだろうか?

 リードを見ると、軽く首を横に振った。今日中は無理そうだな。許可が下りてから…本部で調書を取ると、詰め所に記録しておくか。



 リードに了解の印として軽く頷き、ヒーリを落ち着かせるために離れることにする。

 俺がいては楽に出来ないだろう。



 ギュッ



 俺が離れようとすると、ヒーリが俺の左手の指をつかんできた。

 懐かしいな。小さいころはよくこうして俺の指を握って後をついてきたものだ。



「兄ちゃん。どっか行くの?」



 弱弱しく聞いてくる。

 しかし、話を聞く許可は下りていないしな。軽くなだめて、休ませるか。



「この部屋にいる。傍にいるから、今はゆっくり休め。」



 俺の言葉にホッとした顔をして、ヒーリの手から力が抜けた。

 心細いんだろう。周りを見渡して、祖父さんを見付けてギョッとしてたしな。怒られるとでも思ってるのかもしれない。



「うん。でも、あの、銀色のお兄さん大丈夫?」



 喧嘩相手のか?ルシンの兄だったわけだが、元気そうだったな。

 手が出たといっても、殴り合いになったわけじゃないしな。



「…大丈夫そうだった。」



「そ…う…。よかった…。俺、よく憶えてないから、心配で。」



「憶えてない?」



 あれだけ殺気立って組み合ってたのに、憶えてないのか?

 思わずリードを見るが、リードも驚いている。



「じゃあ、どこまでなら憶えてるのかな~?治療の参考にするから、出来るだけ詳しい時間とか思い出してね~。」



「長っ。」



「大丈夫だよ。ディー君。記録玉用意してくれる~?

 それに、こういうことは忘れないうちに聞いといたほうがいいよ~。後でだと、あやふやになっちゃうからね~。」



 長の言葉にシードを振り返ると、すぐに頷いて記録玉を取りに行ってくれた。

 ただでさえ、自分の体験したことを事実そのまま話すのは難しいというのに、ヒーリは術にかかっていた。記憶が混乱することは十分にありうることだ。



 …正直、助かった。無理をさせるつもりはないが、情報を集めるなら早い方がいい。

 西にまだ被害者がいるかもしれないしな。



「えっと…。憶えてるところ…。」



 ヒーリが懸命に思い出そうとしている。

 記憶をたどっているのか、軽く上を向いて視線を動かしているが何かを見てるようには見えない。



「待たせたな。持ってきたぜ。」



「あ、シード副隊長だ。」



「よお。ちっとはマシな顔になったな。」



「あ、はい。ご迷惑おかけしました。…そうだ。ヘビの一族の…。」



「お。ちょっと、待ってくれよ。…っしゃ。いいぜ。何思い出した?」



 シードが記憶球を持って来たのを見て、ヒーリが何か思い出したようだった。

 ヘビの一族が関係してるのか?シードもそう思ったのか、口調は軽いが、目が鋭くなっている。



「…朝、起きれなくて。あ、俺、寮に住んでるんですけど、工房の先輩たちが治療所に運んでくれて、その時に、ヘビのおじさんと話したんです。

 最初は大変なことになったって先輩たちと言ってて、それが俺が個立ち前だって話になって、心配だなっていってくれて、俺の顔を覗き込んだんです。

 そしたら…。」



「…そしたら?」



 長がゆっくりとした口調で聞く。

 いつもと違う、どこまでも静かな声だ。



「目…が、赤くなって…。…その後、なんでか外を歩いてて、でも、身体が上手く動かないから走ることは出来なくて。

 そのうち、北地区にいるってわかって、クルビス兄ちゃんのとこに行けば帰り道がわかると思って。」



 そこで、ヒーリが俺を見る。

 俺を頼って北に来たのか。



「でも、なかなか守備隊の本部がわからなくて、じゃあ、詰め所に行こうって思って。

 その時に銀のお兄さんとぶつかって、…でも、俺、その時、なんかムシャクシャしてて…。」



 ヒーリの言葉がだんだん小さくなっていく。

 首を傾げながらその時のことを思い出そうとしてるようだった。



「俺…あ、手、手…を出して…。何て事を…あいつに、隊士になれなかったけど、がんばるって、言ったのにっ。」



「…君のせいじゃないよ。」



 魔素の乱れかけたヒーリにルシンが声をかける。

 顔が強張っているな。自分の時のことを思い出しているのか。



「そうだよ。ちょっと、そのヘビのおじさん?っていうのが怪しいね?調べてもらおうね?

 他に思い出したことある?」



「え…と、あ、なんかクルビス兄ちゃんがすげー怒ってて、そっからは…。

 気が付いたら、真っ暗なところに1つでいて、怖くて、誰かいないか声をかけたけど、誰もいなくて…。

 俺、泣いちゃって。恥ずかしいけど、どうしたらいいかわかんなくて。そしたら、長様の声が聞こえて、明るくなって、ここにいたんです。」



 …俺に怒られたところしか憶えてないのか。では、詰め所についてからの記憶は無いと言うことだな。

 それに、泣いていた…ハルカやルシンの言った通りだ。2つからも話を聞かなくては。



 ヒーリの証言を聞き終わって、長が頷く。

 それを見てシードが記憶球の記録を止めた。


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