第99話 ハルカのいた場所 (クルビス視点)
しばらくは前に進むだけだったが、やがて、ポムの木以外の木の割合の方が増えてきた頃、ハルカがぽつりと言った。
「あの、たぶん、この辺りだと思います。私が最初にいたの。」
この辺りか。祖父さんもハルカの話を聞いていたみたいで、周囲を見回していた。
俺も周辺も含めて魔素を見てみるが、特に気になる場所はなかった。ここに来るまでも周囲を確認しながら来たが、魔素のゆがみや変質した部分は見つかっていない。
もう少し先まで行ってみるか?
俺がそう考えている間に、祖父さんが傍にきていた。
「ハルカ。こちらに来た時、何か変わったことはなかったかな?景色が曲がって見えたとか、音が聞こえたとか。」
「いいえ。何も。仕事に行く途中で一歩踏み出したら森の中にいたんです。思わず後ろに何歩か戻ったんですけど、何も変わりませんでした。振り返っても前を見ても空間に亀裂やゆがみは見られませんでしたし。」
「そうか…。」
祖父さんの質問にハルカは淡々と答えた。具体的に聞いたことは無かったが、先に自分でやれる確認はしていたようだ。
そこから、森にいる事実を受け止めて森の中を進んできたのか。彼女の豪胆さには感服する。
「あ。聞こえたといえば、当たり前かもしれませんが、鳥の声が聞こえました。離れた場所からだったみたいですけど。ピーって高い鳴き声でよく通ったので覚えてます。」
ハルカが思い付いたように話した内容に俺と祖父さんは顔を見合わせた。
確かにこの森には鳥が何十種類か住んでいる。だが、ポムの木があるためか、この辺りは獣が近寄らず、森の端の方に比べてかなり少ない。その少ない種類の中に高音で鳴く鳥はいなかったはずだ。
低いもしくは濁ったような声で鳴く種類ばかりなので、ポムの小道に見学に来た子供たちは、その声と薄暗い森の印象に不気味だと怖がるらしい。
その不気味な声はほとんどの種族に不評らしく、ポムの小道に近い住宅は格安だと以前聞いたことがある。
だから、ハルカの言ったことはおかしいということになる。だが、彼女を見ても魔素にまったくゆらぎはない。彼女は真実を言っている。
ハルカの耳が利かないのは確認済みだ。その彼女が聞こえたなら、ポムの小道からそう離れていないだろう。ますます、おかしい。
「ハルカが聞こえたなら、ポムの小道の近くだろう。あの辺りに高い鳴き声の鳥はいないはずなんだが…。」
俺が言うと、祖父さんとハルカが驚いた顔をする。祖父さんはハルカの聴音可能域の狭さに、ハルカは高い鳴き声の鳥がいないことにだな。
もし、ハルカが聞いたのが鳥の声ではないとすると…。
「盗賊の合図か…。ますます面倒なことになったな。」
「ええ。無許可の切り株もおそらく…。」
祖父さんが頭に手をあてて言うのにうめくように答える。まったく、こんなことなら、ハルカにもっと詳しく聞いておくべきだった。
まあ、ハルカの状態がぎりぎりだったから、魔素にばかり注意していたしな。彼女が話すままにしていたのは、俺とリードだ。今さら言っても仕方ない。
おそらくだが、あの無許可の切り株もその高音を鳴らした奴らと関係があるだろう。
ポムの木は薬にも獣よけにもなるため、非常に高く売れる。そのため、無断伐採が後を絶たないんだが、木1本というのは珍しい。普通は枝1本程度だ。
詰め所には隊士がいて、橋のところには基本的に見張りが立っている。あの橋は、無断でわたるものが出ないように、音が鳴りやすい作りになっているから見落としはないだろう。
それに、木1本も運ぶ程の数で集まってたら気付かないはずはないしな。
となると、運んだ先は、深緑の森の一族の里…か?
祖父さんを見ると、軽く頷いた。祖父さんも同じことを考えたんだな。嫌そうな顔をしている。
「後で、メルバのやつに話しておく。この件は俺が預かる。いいな?」
「了解しました。」
祖父さんが深緑の森の一族の長に話してくれるというので任せることにする。
深緑の森の一族の里は守備隊の範囲外だ。種族間で起こった問題は各一族の長が対応する。俺にはまだ資格がないからな。
ハルカを見ると、自分の言ったことが思わぬ事態を引き起こしたことに不安そうにしていた。
大丈夫だ。気にしなくていい。むしろハルカのおかげで、問題がわかったんだぞ?
ハルカに微笑むとホッとしたように肩の力を抜いたので安心する。
その様子を確認してから顔を上げると、祖父さんが呆れたような顔をしていた。
何かあったんだろうか?




