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4.冬の村を見て回ろう【狩猟編】(2)

 もちろん、これは悪魔崇拝でもなければ邪教の儀式でもない。

 そもそも邪教の定義とはなにか――と言いたくなるけれど、とにかく怪しいものではない。


 はじめに結論を言うと、これらはすべて夜間の獣対策なのだ。


 村を魔物の狩場にすると決めたとき、問題になったのは夜のことだ。

 柵が壊れている以上、基本的にこの村は魔物が侵入し放題。昼間であれば目視で魔物の侵入を確認できるし、いざとなれば護衛の誰かが誘導をかけ、予期せず村に入った魔物を追い払うこともできる。


 だけど、夜になるとそうはいかない。

 夜は基本的に獣の時間。夜目の利かない人間は、魔物に手も足も出なくなる。


 暗闇の中では、魔物の誘導はできない。魔法の爆発を予期し、建物の陰に隠れることもできない。魔法を防いだとして、仕留めるための武器の向き先も定まらない。

 ただでさえ、魔物は難しい相手。夜間の狩りは不可能であると言えた。


 こうなると、夜間に村に残ること自体が得策ではない。

 魔物の侵入は防げず、魔物の撃退もできず、なすすべもなく魔物の餌食になるだけだ。


 しかし、だからと言って夜間の村を完全に放棄するわけにもいかなかった。


 人気のない無人の村など、魔物にとっては良い隠れ家。

 夜間に侵入されて家々に隠れられなどしようものなら、翌日に村を訪れる狩人たちが危険に晒される。

 それでも一体や二体なら対応も考えられるけれど、群れで村を占拠されてはもはやこちらにはどうすることもできない。いずれ魔物が村を捨てるまで、黙って待っている他になくなってしまう。


 ならばどうするか。

 これは非常に悩ましかったけれど、一般的な害獣対策でしのぐことにした。


 アーサーの話では、魔物が村まで下りてくるのは瘴気発生のピーク時で十日に一度ほど。これは瘴気によって魔物が活性化して、人里を恐れなくなるからだ。

 つまりこれは、逆に言えば『ピーク時以外は人里を警戒する』ということ。本格的な冬になり、瘴気が特に濃くなる時期までは、魔物は一般的な獣と同じように扱うことができるはず。


 もちろん、それでも迷い込む獣というものはいる。

 だけど害獣対策を重ねれば、侵入の確率を減らすことはできるのだ。少なくとも、なにもしないで村を離れるよりは、ずっと。




 さてここで問題です。

 野生動物が嫌がるものとはなんでしょう?


「人間! 人間!!」

「自分より強い獣?」

「…………大きな音と……火、でしょうか?」


 はいみんな早かった! 全員正解!!

 正解ではあるけれど、手段として採用したのは最後の二つ。

 大きな音と、火――――の、気配である。


 村の周囲に巡らされたロープと木片、金属片。これは魔物狩りにも使う鳴子である。

 ただし、魔物狩りの際は馬に引っかからないように高く掲げているものを、夜間の間は低い位置まで下ろしている。

 目的は、魔物が引っ掛かった際に騒音を立てさせるためだ。


 突然大きな音が立てば、普通の獣は逃げて行く。あるいは鳴子が壊れているか否かで、村に魔物が侵入したかどうかの判断にもなる。

 壊れているようならば地面に残る足跡を確かめ、魔物の向かった先を推定。もしも村の中に向かっているようであれば、あらかじめ警戒をしておけるのもメリットだ。


 そして火。

 鳴子の奥をよくよく見ると、少々奇妙なものがあることに気付くはず。


 大きな鍋に、吊り下げられたなにかの塊。黒い煙は主に鍋と塊の双方から立ち上り、同時に焼け焦げるきつい臭いもそこから漂ってきているとわかる。


 これがなにかと言えば――――なんだろう……?

 煙と臭いの発生装置とでも言うべきか。なんかその……そういう感じのものである。


 具体的に言うと、鍋の中には獣脂で作ったハイパー粗悪な蝋燭が詰まっている。

 この獣脂は魔物狩りの副産物。毒抜きが難しい脂を、ほとんどそのまま蝋燭に転用したものだ。


 びっくりするほど粗悪品なので、燃やすとびっくりするほど煙が出る。

 鍋に入っているのは、蝋燭の形を保てないほど不純物が多いせい。肉片もろくろく取り除けていないので、あたり一面鼻が曲がるほどの焦げ臭い獣臭に満たされる。


 ダメ押しで、ぶら下げられているのは魔物の皮だ。

 蝋燭の火で炙られて、これもまたきつい煙と獣臭をまき散らす。


 獣は火を嫌うもの。だけど現在の薪不足の村において、一晩中かがり火を焚く余裕はない。

 たとえかがり火を焚く薪を用意したとて、そのためには薪を足すための夜間の番人が必須。もしも魔物が火を恐れずに侵入して来た時には、翌日その番人の死体が上がっているだろう。


 そこで、村の狩人たちと知恵を絞って編み出したのがこの装置。

 余りがちな獣脂と、衣服には使えない端材の毛皮、それから物置で見つけた無数の糸。これらを組み合わせた新兵器である。


 人間さえもたまらず逃げ出す、不完全燃焼悪煙悪臭発生装置。

 名前を付けるなら――そう。地獄の燻煙装置、その名もバルサン!!


 ………………ネーミング的に大丈夫なんでしょうかね、これ。

 ま、まあバルサン(仮)ということで。


 ちなみにこれ、魔獣の脂を使用しているので当然ながら燃やせば瘴気も出る。

 こんなの村で焚かれたら人間はひとたまりもないけれど、そこは無人の廃村だ。どうせ人間なんていないのだから、思いっきりやれるというものである。


 蝋燭ならば焚火よりも長持ちするし、火が消えても煙は残る。煙が消えても、臭いはそれよりさらに残る。

 さすがに朝になると煙もほとんど消えているけど、臭いが残っているなら上々。普通にしているよりは、魔物の接近を減らすことができるだろう。


 これに鳴子を加えれば、平時の魔物であればほとんど近寄っては来ないはず。

 実際、今に至るまで魔物の侵入報告を聞いていなかった。




 …………えっ、平時以外の魔物?

 平時以外の魔物は…………知らない…………。




バルサン含む燻煙剤は、単なる煙ではなく殺虫作用のある煙なのだそうです。

単なる煙に殺虫作用はない……。

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