19.魔物毒抜きチュートリアル(2)
はい。
理解しました。
どうして彼らが幼体を狙うのか、身をもって知りました。
あまりにも理解しすぎたので、ここからはダイジェストでお送りします。
強火でぐらぐらに沸騰させた湯に、ブツ切りにした魔物の肉を投入すること一時間。
弱火でとろとろ煮込む、なんて甘いことは言っていられない。魔物肉の瘴気の濃さは、とろとろ煮込んだ程度ではとてもではないが抜けないからだ。
なので、どんどん沸かしてどんどん蒸発。
水が少なくなってきたら、川の水をすくって入れる。これを、川の水と同じだけの瘴気含有量になるまで繰り返し。だから川の近くにかまどを作る必要があったんですね。
川の水と同じだけの瘴気含有量、というのは、先住民の中のベテラン狩人が蒸気に触れて判断する。鍋に近づき軽く手であおぎ、彼が『よし』と言ったらよしなのだ。
つまり、ベテラン狩人が存在しない私たちの村では、安全マージンを取ってもう少し時間をかけて茹でる必要があるだろう。
なるほど、これは時間がかかる。
これだけ茹でては肉の味も抜けてしまうだろう。そのうえ、当然ながら茹でた水も瘴気の毒を含んでいるため捨てなければならない。
手間がかかるうえに肉の味も落ち、旨味の移ったスープも捨てるとなれば、そりゃあ魔物肉は発展しなかったのも納得だ。
しかもこれで下茹で一回目。
一回目と言うことは、二回目があるのである。
次は茹で上がった肉から骨を外し、繊維に沿って細かく細かく裂いていく。
瘴気は血管を通して肉の奥の奥にまで染み込むため、ブロック肉のままでは十分に毒抜きができないからだそうだ。
なので粉々というほどにまで細かくしてから、再び茹で。同じように川の水を使って、ベテラン狩人が『よし』と言うまではこれを続ける。
そしてもちろん、これで終わりなわけがない。
ここまできて、ようやく川の水と同じくらいまで毒性が抜けただけ。川の水は相変わらず飲めないわけで、つまり次は真水を使って三度目の茹でだ。
粉々の肉を、水を定期的に入れ替えながら茹でること、再び一時間。
ここでもやはりベテラン狩人が茹で状態を確かめる。
水を軽く舐め、舌に刺激を感じなくなったらまたしても『よし』。
これで最後の工程に移行する。
最後の四度目は、私たちが首狩り草と呼ぶ薬草を山ほど入れてひと煮立ちさせる。
この草、先住民の理解によると、瘴気を吸い取る効果があるらしい。だけど首狩り草自体大量に食べるとお腹を壊すし、体積当たりの吸収量も多くはない。だから最後の仕上げに入れるのだそうだ。
なるほど、だからお茶として飲んでも効果があるのね。煮だしたお茶に瘴気吸着成分があって、体内の瘴気を吸って排出してくれているのだろう。
でも、そこまで大量には吸着しないので、有効なのは軽い症状に対してのみ、と。このあたりの理屈のつながりは面白い。
面白いけど、それはあくまで理屈の話。
ひと煮立ちを終え、首狩り草ごと水を捨てたときには、私はすっかり疲弊しきっていた。
「――――――――――――めんっどくさっっっ!!!!!!!!!!!」
ようやく毒抜きを終えた魔物肉を前に、真っ先に出たのは本心である。
日が高いうちに毒抜きの処理を始めたはずなのに、それからだいたい三時間。気づけば、空はすっかり薄暗くなり始めていた。
太陽もすっかり西の端。もう山間へと消えていく直前だ。草原に吹く風も夜の気配を帯び、外套を合わせても寒々しい。未だ半裸の男たちが信じられないくらいだ。
しかも、これでできあがったのが、茹でに茹でてすっかりカスカスになった肉片なのである。
茹でる過程で油も落ちているし、四度も茹でたら旨味もなにもない。最初から最後まで強火で茹でては、肉の水分も飛ぶだろう。
要するに、どこをとっても美味しくなさそう。いくら食べられると言ってもねえ……。
とは思いつつ、食べてみなければわからない。
先住民に頼んだら快諾してくれたので、村のみんなで茹で上がった魔物肉を一口ずつ試食させてもらうことにした。
そういうわけで、いただきます。ぱくっ。
………………。
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う、うむ。うううううううむ。
微妙という言葉さえ使うのが微妙な物体。食べられないことはないけれど、食べ物と呼んでよいのかも少々危うい。
あの男が、『食えるからとわざわざ木の根を齧ろうとは思わないだろう?』と言ったのは、どうやら比喩ではなかったらしい。本当に、なんというか、おがくずをよく煮て食べられるようにしたみたいな食感がする。
味は……味は……まったくないとは言わないけれど、やっぱり茹でこぼす工程でほとんど抜けてしまっているらしい。肉らしい旨味は感じられず、噛み締める中でほんのわずかに、その名残を感じるだけだ。
なにも言えずに試食した村人たちと顔を見合わせていると、横から親切な先住民の中年男性が、もう一皿試食をさせてくれた。
そちらは、魔法発動前に仕留めた幼体の方。こちらは成体とは異なり、真水と首狩り草で一度だけ茹でこぼすだけの処理だったはずだ。
身振り手振りで手渡す彼に、感謝の手振りで答えると、幼体の方もみんなで試食。
ぱくっ。あっ、うま。
いや塩を入れてないから美味しいってわけじゃないんだけど、ちゃんと肉の旨味がある。
というか、一度茹でこぼしているくせに肉の味が濃い。かなり上等な赤身肉だよ、これ。
茹でて味が落ちていてこれって、そのまま食べたらどうなるんだろう。瘴気毒さえなんとかできれば、料理の方でも魔物で一旗揚げられそうじゃない?
うーん……これは確かに、先住民がわざわざ幼体を狙う理由がわかる。魔法発動前後でこうも味に差が出るとは。
しかしこちらは経験不足。幼体を見分けるすべも、魔法発動前に倒す技術も足りていない。
となると、狙うは成体も幼体も関係なく、魔法発動後にできる隙を狙うしかなくなってしまう。
だけどいくら食糧難とは言え、危険を冒して魔物を狩って得られるのが、食べられるおがくずというのはさすがに村人のモチベも上がらない。
ゲームで言うなら幸福度の減少。不満の増加。仕事のボイコット。ついでに栄養価的にも疑問がある。
これなら、危険がない分だけおがくずを集めたほうがまだましなくらいではなかろうか?
ううむ、魔物肉。期待をかけていただけに、この結果は厳しい。
こうなると、いったいどうしたものかなあ……。
「調理と味付け次第で、もう少しはマシになる。時間がないだろうが、そこまで見ていけ」
と思い悩む私に、再び声がかけられる。
どうやら最後のチュートリアルをしてくれるらしい。
夕闇に染まる空の下、男は川辺に背を向けて、私についてくるようにと手を振った。




