殺戮の宴
ガンスが、右手を大きく振りかぶった。
「ふんが~~~~!」
月光を冷たく反射した、人狼の巨大な水晶戦斧が、メイア向かって振り下ろされる。
どごっ!戦斧の一撃が、アスファルトを砕いて道路に大穴を開けた。
だが見ろ。いつのまにか、狼の狙った先に少女の姿は既にない。
ふわり。
あ。ガンスが頭上を仰いだ。メイアが舞っていたのは、空中だった。
人狼の戦斧を紙一重で避けるとそのまま、驚くべき跳躍を見せて彼の頭上に飛んだのだ。
おお。
闇を舞うメイアの両の手に濛々と滾っているのは、狼の腕を瞬時に凍らせた、黒い魔炎。
「おわりだ!」
そう言ってメイアは両の掌をガンスにかざした。
ぼふうう!
メイアの掌底から噴き上がった黒い炎が、一瞬で人狼の全身を包む。だが……!
「がはは!無駄無駄無駄無駄~~!!」
ガンスの高笑い。なんということだ、メイアの『炎』が、人狼の全身を覆った鎧に弾かれ、さらにはその表面に生えた幾本もの水晶柱に吸い込まれていく!
ぶんっ!
人狼がすかさず、左手に生えたもう一方の戦斧を空中のメイアむかって振り払う。
「ちっ!『楯』!」
空舞うメイアがそう叫ぶと……!
がしっ!戦斧が何かに阻まれた。
……マントだった。メイアの体を覆ったマントが、一瞬で黒銀に輝く装甲と化して、人狼の戦斧を防いだのだ。
だが人狼の一撃は強烈。
「うぁああ!」
メイアの体は、そのまま地面に叩きつけられ路上を転がった。
「ばかめ!何のために『キルシエ』を連れて来たと思ってる!」
ガンスが、地面に転げたメイアを見下ろして笑う。
「お前ら『吹雪の一族』の業を封じるためなんだよ~~!」
勝ち誇る人狼。
ああ見ろ。狼の纏った鎧の水晶柱は、メイアの黒炎を吸いこみ、封じて、闇の中でチラチラ不気味に光っているではないか。
「……なるほど……!犬コロなりに知恵を巡らせたか……」
どうにか立ちあがったメイアがひとり呟く。
「だが……!」
メイアが、ガンスを見上げると凄絶に嗤った。
「しょせんは犬!アサハカなんだよぉ!」
少女は右手の指をパチリと鳴らした。
「点火!!」
と、
ごおお!
ガンスの水晶甲冑に封じられて、チロチロと燃えていたメイアの炎が、再び、水晶柱の中で、猛然と燃え上がった。
「な、なにぃいいい!」
驚愕の人狼。
ばりん、ばりん、水晶柱が内側から膨れ上がり、次々と砕けて行く。
人狼の纏った鎧は、キラキラ光る破片と化して、地面に散乱した。
「そ、そんな~!」
後には、斧だけは残った生身のガンス。
「あちゃー、やっぱだめか!あたしの『ランク』じゃメイアの炎は無理!」
キルシエの落胆した声。
「きゃ、きゃい~~~~ん!」
ガンスが、今度こそメイアから尻尾を巻いて逃げ出した。
だが間髪いれず、ぱちり。メイアのフィンガースナップ。
ぼわっ!
狼の後脚から炎が上がり、
「うぐうう!」
ガンスは地面に転げた。
「ほれほれ犬コロ!さっきは調子こいてくれたなぁ~~~!」
メイアが、嗜虐の笑みを浮かべてガンスに近づいていく。
黒衣の少女はガンスを睥睨すると、彼の右手にツと白魚の指を添えた。
そして……
ぶちぶちぶち!メイアが、華奢な体からは想像もつかない腕力で、人狼の右腕から、水晶戦斧を引っこ抜いた。
「うぎゃ~~~~!痛い痛い痛い痛い痛い~~~~!!!」
苦痛に泣き叫ぶ人狼。
「あははははぁー!いい声だぁ~~!」
メイアが、緑の瞳をギラギラさせながらサディスティックに嗤った。
「ガンス!えーい!援護射撃~!!」
みかねて、闇の奥のキルシエが一声。すると、
ぴしん、ぴしん。
闇を舞う桜吹雪の中で、何かが軋んだ音をたてた。
びす!
「うぅ!」
メイアの右肩に、何かが突き刺さった。肩をおさえるメイア。刺さっていたのは、透明な水晶に覆われた、桜の花びら。
ぴしん、ぴしん。
風に舞って、鋭い水晶に覆われた花の弾丸が、メイアめがけて飛んでくる。
だが、
「くだらん!」
メイアが、信じられない力で人狼の巨体を持ち上げると、彼女の正面にかざした。
「ぐぎゃ~~~!」
メイアの楯にされて、全身を水晶針に貫かれて蜂の巣となったガンスが、毛むくじゃらの全身を捩らせて絶叫する。
「無駄だ『花の精』!黙ってそこで見ていろ!」
メイアが闇の奥を睨んで峻烈な一声。
「お前の『仕置』は……後でたっぷりしてやる……!」
少女はそう言って、黒衣を揺らしてニタリと笑った。
「びくっ!!」
花吹雪からキルシエの声。
「じゃ……じゃーあたし帰るから!メイアの『お世話』はよろしくね、ガンス!」
そう言って、キルシエの声が闇に遠ざかっていく。
「こ、こら!キルシエ~~!」
ガンスが絶望の声を上げた。
「ふぅぅぁああァ!どぉしたぁ!その程度かぁ~~~犬コロぉお~~~!!!」
なおも猛り狂うメイアが、頭上に持ち上げた人狼にそう叫んだ。
彼女の右手に、再び魔炎が滾っていく。炎は彼女の手を覆うと、黒く輝く、氷の刃を形作った。
「ぐぐ……!メイア!頭にのるなよ!調子コいてんのはてめーなんだよぉ!」
満身創痍の人狼、なおも不敵にメイアに呻る。
「てめーがバルグル様に引き裂かれる姿!地獄でたっぷり見物してるぞ!」
ガンスの咆哮。
「はッ!地獄で吼えてろ!」
メイアが冷たく一声。次の瞬間!
「魔氷鉄槌!!!」
狼の頭部に、冷たく輝く氷の拳が叩きこまれた。
「ぐがああ!」
ガンスの断末魔。がきっ!一瞬の後、人狼の頭蓋はひしゃげて、粉々に砕けていた。
どさり。
メイアが、事切れた人狼の体をアスファルトに投げ捨てた。
なんという凄惨な光景だろう。
無残に引き裂かれた人狼の体をメラメラ覆って、凍らせ、朽ちさせ、微塵と砕いて行く黒い魔炎の光芒。
その炎の揺らめきの只中で凛冽に光ったメイアの緑眼。口の端を淫らに歪めて冷たく笑う少女の姿は……!
「おお……!メイア様……完全復活じゃ~!」
毛玉を震わせ藻爺が歓声。
「せつな、無事みたいだな……」
メイアが、せつなの方を向いた。
「う……うぅ!」
痛みをこらえて、どうにか路上から立ちあがったせつなは、メイアを見た。
「メ……メイア……!」
せつなは息を飲んだ。
改めて目の当たりにするメイアの変貌。全身を焔模様に覆った艶かしい黒衣。桜の舞う風にたなびくビロードのマント。
緑に光った瞳がせつなをまっすぐに見つめている。
だが、そんな異様な姿なのに、せつなは、自分の顔が火照り、胸の鼓動が速まって行くのを抑えられなかった。
きれいだった。
幼馴染みの姿を見て、そんなふうに思ったのは、初めての事だった。
だが……
メイアが、ツカツカとせつなの目の前に歩いてきた。
そして、せつなから視線をそらして下を向いた。
冷たく整った少女の顔に、禍々しい影がさした。
「か……カツサンド……!!」
メイアが顔を伏せたまま、ボソリとそう呟いた。
「へ………?」
せつなは( ゜д゜)ポカーンだった。




