闇吹雪くメイア
メイアが、苦痛に呻りを上げる人狼の方を向いた。
「狼の血族……『あいつ』の差しがねか……!」
黒衣の少女が、嘲るような嗤いを浮べて人狼向かって一歩踏み出す。
「うぐぅ!」
ビクリと身を竦ませた狼が、メイアから一歩跳び退った。
「……どうした犬コロ?自分より弱い奴にしか手が出せんのか……?」
緑に輝くメイアの瞳が、人狼を冷たく見据える。
「おのれぇ言わせておけばぁ!」
狼が、怒りに歯噛みしながら四つ這いになった。
「あせるな!あせるな!あいつの姿を見ろ!まだ『ヒト』のまんまじゃねーか!」
人狼は自分に言い聞かせるようにそう呻ると、次の瞬間。
ぐるるるるっ!
巨体を大きく震わせて、メイアに飛びかかった。
狼が再び、無傷の左手から爪を伸ばして、メイア向かって打ちかかった。
だが……。
がしり。
目にも止まらぬ早さだった。
メイアの差し伸ばした右手が、細やかな指先が、彼女の数倍にもなる狼の剛腕を、がっしりと受け止めていた。
「す……すげえ……!」
アスファルトを這いながら、メイアの豹変と、異形の闘いを、ただ呆然と見つめるせつな。
「犬コロ!下賤の爪で私を傷付けた罪、その血で購ってもらおうか!」
人狼を睨むメイアの目は冷然。次の瞬間!
ぼおおお。
メイアに掴まれた人狼の左腕が、先程と同様、不気味な黒炎を噴き上げた。
「ぐぅぁあああああ!」
闇夜を裂く苦悶の咆哮。人狼の左手が凍っていく。両腕は、封じられたのだ。
「終わりだな……!」
人狼にメイアが言い放った、だがその時。
ごおお。
冷たい夜風が、聖ヶ丘公園の森を渡って沿道に吹き付けた。
風が散らした桜の花びらが、白に薄桃にひらめきながら、路上で対峙したメイアと狼を包む。
「やめなって『ガンス』!あんたじゃ、敵うワケないじゃん!」
花吹雪の闇の奥から、透き通った女の声。
声の主はどうやら人狼に語りかけているらしい。
「メイア様!油断めさるな!敵は二人ぞ!」
道端から藻爺が叫ぶ!
「『花の精』……!?なんで人狼なんかと……!」
メイアの顔から冷たい笑みが消え、一瞬、戸惑いの表情が浮んだ。
と、その隙をついて!
がきっ!人狼がメイアの手を振り払うと、彼女の脇腹に、凍った左手で鈍い一撃。
「むぅう!」
メイアが、はじめて狼に後れをとった。彼女は脇腹を押えると、人狼から一足跳びで距離をとった。
だが見ろ。ばりん!
メイアを殴り付けた凍りついた人狼の左手が、その衝撃で粉々に砕けて路面に散乱したのだ。
「だからもーやめなってー!」
再び、花吹雪から女の声。
「目覚めたばっかりだって……あいつは魔王衆の『メイア』だよ!もう帰ろうよ~!」
声があきれた様子で人狼に言う。
「えーい!うるさい『キルシエ』!」
『ガンス』と呼ばれた人狼が、忌々しげに花嵐に叫んだ。
「このまま引き下がって、バルグル様に申し訳が立つか!キルシエ!お前の武器を貸せ!」
ガンスが砕けた左手を押さえて吼える。
「しゃーないなーもう……手伝うだけだからねー!」
闇の奥から『キルシエ』が返答。
と……次の瞬間。
ぼふう!花吹雪が、狼の体の周囲を吹き巻いた。
「な……なんなんだー!」
怪事の連続に開いた口のふさがらないせつな。
「これは……!」
黒衣を花吹雪になびかせたメイアもまた、驚嘆の顔。
ぴきぴきぴきぴき……
狼の全身を、冷たく輝く『何か』が覆っていく。
剛毛に覆われたその体躯を、まるで凍らすように包んでいくのは、なんと、透明に光る幾本もの水晶柱!
「水晶甲冑……!ばかな!なぜ人狼がこんな業を……!」
藻爺が、驚愕の声を上げた。
ばきん!ばきん!怪事は続いた。
狼の凍りついた右手から、砕け散った左腕から、何かが生えてきたのだ。
おお。雲間から顔を擡げた月光に白く冷たく煌いているのは、狼の両腕から生じた透明な剛刃。
巨大な、水晶製の二対の戦斧だった。
「ぐるあああああああ!」
猛り狂ったガンスが、月を見上げて吼えた。
「メイア!さっきはやってくれたな!この水晶甲冑!てめーの魔炎で凍らせられるか!試してみやがれ!」
全身を水晶に覆われ両手から戦斧を生やした人狼が、メイアの前に立って怒号を上げた。
「まずい!メイア!逃げろー!」
当社比三倍は強そうになった人狼を見て、ビビリなせつながメイアに叫んだ。
「…………まったく、よく吠える犬だなぁ……!」
メイアが、猛って呻る水晶武装化人狼を見上げると、そう言って不敵に嗤った。




