謎の巨大マリモ
きんこんかんこーん。
放課を告げる鐘が鳴った。
「うー寒みー!」
聖痕十文字学園中等部の校門を出たせつなは、ブレザーの襟を押さえながら、一人家に向かって歩きだした。
満開を迎えた街路の桜も、どうどうと吹き抜く花冷えの風に早くも薄桃の花びらを散らしつつある。
いつもならコータや他の友達と、公民館に寄ってモンハンやトレカで遊ぶのだが、今日はなんだかそんな気分ではなかった。
せつなは携帯をチェックする。
すぐ近所で殺人事件が起きたというメイアの話は本当だったようだ。
そして、今朝この目で見た路地を転がる毛玉……絶対に錯覚ではなかった。
うなじがチリチリする。
何か、おかしな事が起き始めてる。
そんな予感に、彼は恐ろしいような浮き立つような、妙な高揚を覚えていた。
ぼふっ!突然、せつなの背中を何かが叩いた。
「せつな君、朝はごめん!変な話しちゃって……誰にも言わないどいて……」
振り向いた彼の前には、スクールバッグを両手で持ったメイアが立っていた。
「いや、もうそれはいいから……」
メイアから目をそらすせつな。
「それよりさ、朝見た『あれ』……まだ、その辺にいねーかな……!」
商店街を歩きながら、そう言いかけて、せつなは驚きのあまり言葉を失った。
……いた。
ころころころころ……
夕刻、買い物をする人でにぎわう聖ヶ丘商店街。
落日に赤黒く染まったその道の真中を堂々と、朝方見た奇怪な毛玉がコロコロと転がっていくのだ。
「イナイ、イナイ、ドコニモ……イナイ……」
せつなは耳を疑った。毛玉が、喋っている。
イナイ、イナイとしわがれた声で、確かにそう言いながら、道行く人の足元をジグザグによけながら二人から遠ざかっていく。
「せ……せつな君!あれって、朝の……!」
メイアも、商店街の真中で生じた怪異に気付き、驚きに目を見開いている。
「ん……!」
せつなは妙な事に気付いた。
何かおかしい。毛玉は商店街を行く人達の足や、自転車のホイールにぶつかり、弾みながら道を転がっていくのに、誰もそれを気にする様子が無いのだ。
「俺達以外には、見えていない?」
せつなが、ふらりと歩きだした。
「メイア……追っかけるぞ!」
せつなはメイアに一言かけると、毛玉を追って走り出した。
「ちょっと、せつな君!まって!」
メイアもせつなを追って駆け足。
二人は商店街の人の波を縫いながら、徐々にそのスピードを速めて行く奇怪な毛玉を追いかけた。
日が落ちた。
深々と冷え込む夜の聖ヶ丘公園。
「イナイ、イナイ、ドコニモ……イナイ……」
滑り台やブランコをよけながらブツブツそう言って闇の中を毛玉が転がっていく。
せつなは、街路樹や遊具の影に身を潜めたりしながら、『それ』を尾行していた。
毛玉は、せつなとメイアの事など気にもしてない風だから、そんなことをする必要は無いのだが、まあなんか気分だ。
「今回の『事件』、ぜってーあいつが関係してるはずさ、あいつの『基地』を突きとめないと!」
せつなは根拠のない確信を胸に、寒さで鼻水をすすりながらそう言った。
「せつな君……明日も学校でしょ。もう帰ろうよ!」
せつなの鞄をひっぱる弱気のメイア。
「うーん……いいってメイア、先に帰ってろよ……」
せつながぞんざいにメイアをあしらいかけた、その時、
「……ちょっと待ってくれ」
せつなが、目を見開いた。
毛玉の『行先』がわかったのだ。
聖ヶ丘公園の緑地を見下ろす荒れ放題の大邸宅。
『お化け屋敷』だった。
「……まずい!つかまえないと!」
せつなが、反射的に遊具の影から飛び出した。
荒れ放題で無人とはいっても、人の家の敷地内だ。忍びこんでまで『あれ』を追うのは抵抗がある。
それに……せつなも屋敷の柵ごし見たことがある。あの草深い『庭園』に紛れこまれたりしたら……?
今、『捕獲』しなければ!
「でーーい!お縄につけー!」
せつなは、『お化け屋敷』の門前の毛玉に、そう叫びながら突進した。
「ん~?」
街灯に冷たく照らされた門前で、毛玉の緑の繊毛がピクリと動いた。
やっと、せつなに気付いたらしい。だが、その時には、
がばっ!
せつなは毛玉に飛びかかり、そのフサフサの全身を両手で押さえつけていた。
「な、なんなんじゃ~!」
毛玉がくぐもった声でそう叫んで、せつなの手の中で暴れ始めた。
「おとなしくしろってUMA!もう学名は決めてっぞ!」
暴れる毛玉を必死で押さえながら、せつなが毛玉に言う。
「お前は『キサラギダイオオマリモ』だ!いいだろ!」
せつなが、得意げに毛玉に言い放った。
「ふ……ふざけんな!勝手に変な名前をつけるな~~!」
なおも抵抗して暴れ続ける巨大毬藻。だが、小柄なせつなの腕力にも抗しきれないらしい。その力が徐々に弱まっていく。
「やったぞー!メイア!つかまえた!」
メイアに向かってせつなが鼻高々。
「せつな君……!大丈夫?」
メイアも遊具の影から立ちあがって、せつなの方に歩いてきた。
「ん……『メイア』……様!?」
そう言って、毛玉の動きが、ぴたりと止まった。




