不吉な影
「……ねえ、さっきのあれ、何だったのかな?」
せつなと並んで早足のメイア。
「わかんね!UMAか、ドッキリか……それよりさ」
せつなが尋ねる。
「ナイト兄、あそこで何してたんだよ?他にもお巡りが沢山来てたしさ!」
「わからないけど……多分『あれ』だよ」
答えるメイアの顔は暗い。
「『あれ』って、まさか通り魔の!?」
せつなは驚いて彼女の方を向いた。
今月に入ってから、もう三件目になる市内の連続通り魔殺人。
その四件目がこんなに近所で……!せつなは何だかうすら寒い気分になった。
「犯人、まだ捕まんねーのかな?指紋とか証拠とかあるんだろ?」
メイアに聞いても詮ない事だが、そう言わずにいられなかったせつな。
「それは……兄貴からは絶対に言うなって言われてるんだけど……」
メイアが目を伏せて小声になる。
「『犯人』は人間じゃなくて『野犬』なんじゃないかって……」
「野犬?」
せつなは首をかしげた。
きんこんかんこーん。
始業を告げる鐘が聞こえた。
「やば!遅刻だ!」
せつなとメイアが走り出した。
二人は、私立『聖痕十文字学園』の厳めしい校門を駆け足でくぐった。
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どうにかこうにか、2年C組の教室に駆けこんだせつなとメイア。
「あら~二人とも、今日もなかよく遅刻ギリギリなんだから~~」
前の席に座る風紀委員の炎浄院エナが、眼鏡を光らせながら意地悪く二人に言った。
西安達ヶ原の大地主、炎浄院家のお嬢様だが、本人は微塵もそんなことを感じさせない真面目な佇まい。ルーズな事が我慢できない性分なのだ。
「うっさいなー!今日は仕方なかったんだよ!」
言い訳がましく着席するせつな。その時。
「やっべー!間に合った!セーーフ!」
学ランを肩に羽織った時城耕太が、慌ただしく教室に駆けこんできた。
せつなの親友だが、これまたせつなに輪をかけたボンクラ。万年遅刻大王の名をせつなと争う、学年の『双璧』だ。
「こ……コータくん……!」
エナが困った顔で彼から目をそらした。
「こらっ!お前はセーフじゃねーだろ!」
教卓からコータの襟首をひっ捕まえたのは、担任の緋川七瀬。
飄々とした物腰の美術教師だが、生徒のサボり、遅刻には鉄拳も辞さない『武闘派』だ。
「で~~!す、すんませーん!」
ナナセに締めあげられて涙目のコータ。
「コータくん……かわいそう……」
エナは、いたましそうな顔で、伏し目がちにコータを見ていた。
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昼休み。教室でせつながコータとだべっていた。
「なにしろ、検死しようにも『遺体』は、ほんのチョッピリしか残ってないんだってさ!」
コータが焼きそばパンを食べながら、嬉しそうに話している。
「衣服や持ち物もズタズタにされてて、被害者の身元を確かめるにも苦労してるんだって!!警察は『野犬』の仕業だと思ってるらしいけど、いるか~?そんな犬?」
親友の話を聞きながら、せつなは嫌そーな顔でほうじ茶をすすっていた。
朝方きいたメイアの話は、半ば公然の話として学校中に広がっているらしい。
「コータ、もうわかったからその話はやめろって。あとメイアにも話すなよ!」
せつながコータを制した。
この手の猟奇話はコータに負けず大好きなせつなだったが、近所で実際にこんなことが起これば暗い気持にもなる。
その上、今日も宿題忘れの件で、担任のナナセにたっぷり絞られたのだ。
「だいたいコータ、今の話、一体誰から聞いたんだよ?」
眉をよせていぶかるせつなに、
「今のって…『野犬』の話?ああ、メイアだよ」
コータが牛乳を飲みながら、あっけらかんと答える。
「あいつの兄貴、刑事だろ。何か知ってるんじゃないかと思って昨日聞いてみたんだ。誰にも言うなって言われたから、誰にも言うなよ!」
あちゃ。せつなは椅子からずりおちた。
コータに話したという事は、学年の全員に話したのと同じことだ。
「それよりさ、知ってるか?例の『お化け屋敷』に誰か引っ越して来たんだってさ!」
『お化け屋敷』?せつなは眉をひそめた。
聖ヶ丘の中腹に構えられた大邸宅だ。
もう何十年も誰も住んでいない、荒れ放題の通称『お化け屋敷』。
長野の大富豪が東京に構えた別邸だと、まことしやかに言う者もいるが、本当のところはよくわからない。
あそこに人が……せつなのうなじの産毛がかすかに逆立った。
何かが、気になった。




