猛り立つ闇吹雪
「『接界』が始まる……って?」
メイアと相対していた莉凛が首を傾げて藻爺を見下ろす。
「待てよ毬藻のじっちゃん。呼び水になった『剣』は、このねーちゃんが壊したって……そう言わなかったっけ?」
「『ねーちゃん』じゃない! 私はメイアだ!」
憮然とするメイアを脇目に藻爺に尋ねる莉凛。
「感じるのじゃ。この一月の間、ヒトの世で削がれていた我が魔力が、急速に増していくのを……」
藻爺が毛玉を膨らませて答える。
「十年前の戦いでに砕け散った、強烈な魔気が、鬼神の爪の欠片が、再びこの地のどこか一つ処に集まって、復活を果たそうとしておる……!」
毛玉は緑の繊毛を震わせて再びメイアに向き直った。
「メイア様! いま再び、『人間界』と『魔影世界』との境界が、崩れ去ろうとしております! メイア様のお目覚めも、魔の者達の襲撃も、その前兆……」
飛び跳ねながらそう言う藻爺に、
「ああ、わかっている藻爺。さっきの連中はバルグルの配下。奴らもまた、力を取り戻している……」
メイアの瞳が緑に光る。
「バルグル! 奴には色々聞きたい事がある! 『接界』のはじまりも、私の魂がヒトの身体に在るのも全て、何か理由があるはずだ!」
メイアが、自分の両手を見つめながら、静かに、だが毅然とそう言った。
「相手はバルグルだけではありませぬぞ! メイア様!」
なおも昂った毛玉が跳ねる。
「十年前の接界に興味を惹かれた他の魔王達もまた、この機に乗じてヒトの世に顕われ始めておるのです!」
憤懣やるかたない藻爺の声。
「奴らは……! 吹雪の国だけでは飽き足らず、女神の戒律を破り、人間界までも手中にせんと……!」
悔しげに震える毛玉。
「……面白い! 鬼神の爪が復活するというのなら、再び私の氷で封じるまで! 己が分を弁えずに世を乱そうとする者は、たとえ魔王衆といえど容赦はせぬ!」
メイアの両手から、蒼黒い魔気が漂う。
「この闇吹雪くメイアが、片端から喰らい尽してやろう!」
巨大毬藻を足元に従えたメイド服の少女が、表座敷の天井を見上げて敢然と叫んだ!
「……あの~、盛り上がってるところ悪いんですが……」
メイアに踏みつけられて畳に潰れていたせつなが、ようやく何とか立ち上がると、息も絶え絶えに二人にそう言った。
「僕、もう帰ってもいいっすかねー? 明日も学校だし……」
メイアに殴られ、首を絞められ、蹴られて、踏み潰されたせつな。
もういやだ。早く家に帰ってプレステやって寝たい……!
心のいろんな部分が折っぺっしょれた彼が、卑屈に笑いながらメイアにそう尋ねると……
「なん……だと……!」
メイアが緑の瞳をギラリと光らせて、せつなを睨んだ。
「ひぃいいい! ごめんなさぁい!!」
たちどころに土下座して、畳に額を擦りつけるせつなに、
「そうだな、せつな。もう帰るか! 明日も学校だしな」
メイアが、あっけらかんとそう言った。
「あ……あえ? でも帰るってどこに……?」
畳から顔を上げて唖然とするせつなに、
「あたしはあたしン家、おまえはおまえン家だろ? 何を言っているのだ?」
あきれ顔でうっすらと笑うメイア。
「……というわけだ、莉凛、ご老人、世話になった!」
そう言って莉凛と閻羅老人に会釈するメイア。
「ねーちゃ……メイア、元気になったみたいで何よりだぜ! また明日な! でも……」
莉凛が、燃える髪を揺らしながらメイアのメイド服を矯めつ眇めつ。
「そのなりで、夜道は危ないんじゃねーか? タクシー呼ぼっか?」
気遣う莉凛に、
「要らぬ心配だ、私は魔王。それに……」
メイアが、唇の片端を歪めると、右手の指をパチリと鳴らした。
ぼおおっ!!
黒炎が、メイアの全身を覆う。
炎に覆われ、クシャクシャと縮れ、崩れたメイド服は、メイアの体に密着すると、まだら模様に彼女の体を覆いながら、ウネウネその姿を変えていった。
「ふぉおおおお……」
息を飲むせつなの前で、メイアを覆った黒炎が消える頃、今や彼女が身にまとっているのは、心なしか闇色を深めた聖痕十文字学園のブレザーだった。
「ああ……! メイドさん……!」
ホッとしたような、少し残念なような溜息を洩らすせつなを尻目に、
「ご老人、そこの鞄を!」
さっきの戦いでもどうにか無傷で残った自分のスクールバッグを閻羅老人から受け取るメイア。
彼女がバッグのサイドポケットから取り出したのは、自分の携帯だった。
ピッ! プルルルル…… プルルルル……
メイアが携帯から発信。
「あー、兄貴? うん、あたし……ごめん! 今から帰るから! うん、ごめんマックでエナちゃん達と大事な話が……うん、お夕飯は冷蔵庫の奴を温めてよ! じゃあまた……うん、ほんとごめん、すぐ帰るから!」
どうやら兄のナイトに電話しているらしい。
「へ……?」
せつなは、またしても( ゜д゜)ポカーンだった。




