メイアの目覚め
「メイア様が、御自身の魔力を尽して放たれた魔氷の一撃で、『鬼神の爪』は砕け、融合しようとしていた二つの世界、『人間界』と『魔影世界』は、再び元の姿に還っていった……」
藻爺がせつなに言った。
「だが、吹雪の塔の頂上から闘いの成り行きを見届けた我らは、最後の最後で愕然とした。力尽きたメイア様が、落ちていくその先には、急速に縮んで、消えていく『接界点』があったのじゃ。メイア様の御身体は『接界点』のその先、人間界に消えていった……」
藻爺が呟く。
「それが、十年前のことじゃ……。なぜ、魔王衆バルグルがメイア様を邪魔してまで『接界』を望んでいたのか、今でも良く解らぬ。なぜなら、バルグルもまたメイア様を追うように『人間界』に姿を消してしまったからじゃ……」
藻爺が震える。
「以来十年、メイア様を失った吹雪の国は、他の魔王達に蹂躙され、引き裂かれた……。メイア様をお慕いする我ら臣下は『人間界』に逃げのびて、身を潜めながら、メイア様を探し求めたのじゃ」
藻爺はメイアを見た。
「人間界? だって、さっき『接界』は防いだって……?」
首を傾げるせつなに、
「うむ。『鬼神の爪』が砕けた後も、世界は完全に元に戻ったわけではなかった。吹雪の塔の周辺の各所には、二つの世界を繋ぐ幾つもの小さな『綻び』が残ったままになったのじゃ。我等はその綻びを通じて、人間界に逃げのびた……」
藻爺が答える。
「だが、メイア様を探し当てることの難しさに、ヒトの世に出た我ら臣下は絶望した。人間界に出た我等の力は『魔影世界』に居た時の数百分の一に削がれ、互いの力を認識する『魔気』も、遥かに弱まってしまうのじゃ。これでは到底、メイア様を探し当てる事など叶わない……。我らが諦めかけたその時、再び『あれ』が始まり、メイア様が、御姿を顕したのじゃ!」
昂る藻爺。
「でも待てよ! メイアは、俺が知ってた時から、もうずっと、『この世界』の人間だったんだぞ! 今更魔王なんて……?!」
納得のいかないせつなに、
「おそらくは十年前、メイア様の魂が、この世界の人間の肉体に宿ったのじゃ。理由は解らぬが……?」
藻爺もまた毛玉を傾げた。
「十年前のあの時……あの時から先の事は、あたしも記憶が曖昧なのだ……」
ふと、せつなの背後から、静かに語りかけて来る声が在った。
「……メイア!」
振り返ったせつなの前で、俯きながらそう言ったのは、いつの間にか目を覚まして布団から半身を起したメイアだった。
「闇の中で微睡みながら気がつくと、あたしの魂はこの異世界の人間の肉体と、分ちがたく結びついていた……」
メイアが澄んだ声で、誰にともなく訥々と呟く。
「あたしは、半分眠り、半分目覚めながら、この世界での『メイア』の生活と……」
メイアが顔を上げた。
「せつな、お前を見ていた……」
メイアが緑色の瞳で、せつなを、まっすぐに見つめて、そう言った。
「メイア……!?」
せつなの胸の鼓動が高まる。顔がカッカと熱くなる。
と、その時……!
「どわ~! なんだこれは~!」
メイアの悲鳴。今になってようやく、自分の体を包むメイド服に気が付いたのだ。
「ふ、ふふ……吹雪の魔王たるこのあたしに、こんな服を……! せ~つ~なぁ~!!」
ばっ! メイアが布団から跳ね上がると怒りに燃える目でせつなを睨んだ。
「でっ!? ちょまっ! メイア! 違う! 違うんだ!」
事態の恐ろしさに気付いたせつなが、ジリジリとメイアから後ずさりながら、必死に弁解するも……!
がきっ! 次の瞬間には、フリフリのエプロンドレスから伸びたメイアの脚が、せつなの鼻面に強烈な飛び膝蹴りをかましていた。
「ぶごわぁ~~~~!!」
鼻血を撒き散らしながら畳を転げるせつなの、その背中を、
むぎゅっ!
メイアの素足が容赦なく踏みつけて、せつなを畳に擦り付けた。
ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり!
「メイア! 違う! 濡れ衣だって! 俺じゃないんだ~!!」
せつなが、助けを求めるように閻羅老人の方を見上げる。
だが、燕尾服の老人は何も知らないかのように、シレッとせつなから目をそらした。
……こ、このジジイ!!
せつなは愕然とした。
絶対に自分の趣味に決っている『メイドさん』などという趣向をメイアに押しつけておいて、この老人は全ての責をせつなに負わせようとしているのだ。
「う……ぐぐぐぅ……!!」
閻羅老人の狡猾な策謀に歯噛みしつつも、メイアの仮借ない踏みつけの前に、ただジタバタするしかないせつなであった。
みしみしみし。せつなの肋骨がおかしな音をたてはじめた。
……やべ……死ぬかも……
せつなが、ぼんやりそんなことを考え始めた、その時。
「まーまー、ねーちゃん! こいつも悪気はなかったんだ! 許してやってくれよ!」
莉凛が、まるで自分は関係ないかのようにメイアにそう言うと、彼女を制してせつなから彼女を引き剥がした。
「お前はだまっておれ!!」
びしゅっ!怒りの収まらないメイアが莉凛を向くと、彼の顎むけて瞬速のジャブをかました。だが……
ばしっ!メイアの放った目にも止まらない突きを、莉凛が片手で受け止めた。
「あたしの突きを受けた……! お前はいったい……?」
そういって緑の目を丸くしたメイアに、
「冥条莉凛。明日からお前と同じ学校なんだ。いきなり喧嘩はよそうぜ!」
そう言って莉凛はニカリと笑った。
「くっ!」
渋々拳を下ろしたメイアの前に、
「そんな事よりメイア様!」
藻爺がメイアの前に転がり出て言った。
「闘いにお備えくだされ! 再び『接界』が始まろうとしております……! この地にも、既に何人もの『魔王衆』が集って来ておりますぞ!」




