お化け屋敷の莉凛
「ここで……!? 『狼男』が襲いかかってきて、それをこいつが『変身』してやっつけた~?」
公園の沿道を歩いて行く二人の少年。それを追いかけ転がる毬藻が一玉。
せつなの説明を聞いて、莉凛と名乗った少年は、あからさまに疑わしげな顔をしながら背に負ったメイアを肩越しに見つめた。
真っ赤な蓬髪に整った眼鼻立ちをしたこの少年は、意識を失って道に転げたメイアを見ても、せつなと違って全くたじろがなかった。
彼女の肩に自分の学ランをやさしく羽織らせると、メイアの体を背負って、少年が言うところの『うち』に向かって、ツカツカと歩き始めたのだ。
「うう……! つったって本当なんだよ! あのUMAを見ろよ……」
少年と自分の器の違いを見せつけられた気がして、何だか面白くないせつなが、口をとがらせながら藻爺を見る。
「ん……? そういやお前」
莉凛も毛玉を振り返った。
「こないだから『うち』の庭先を転がり回ってたけど、喋れるんだったら、一言断れよな。住居不法侵入だぞ」
彼は、半笑いで藻爺にそう言った。
「げっ! ……やっぱりバレとったのか! 『仲間』が多くて、なんだか居心地がよかったんでな。それにしても……?」
藻爺が道を転がりながら、目玉をパチクリさせる。
「お主といい、へたれの小僧といい、なぜわしの姿が……まだ『接界』は始まっていないというのに……」
訝しげな藻爺。
「『へたれ』は余計だっつーの……!」
ますます面白くないせつな。そうこうしているうちに、
「ほれ、着いたぞ。おれんちだ」
莉凛が立ち止まった。
「やっぱりここか……!」
せつなは目を丸くして莉凛の自宅の、厳めしい一文字瓦の数寄屋門を見上げた。
せつなが藻爺を追って辿りついた、『お化け屋敷』の門前だった。
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「今帰ったぞー!」
門をくぐり、草深い庭園を抜けて、ようやく古びた大邸宅の玄関に辿りついた莉凛とせつな。
いつのまにかせつなの頭の上には緑色のコサック帽よろしく、藻爺がちょこんと乗っかっていた。
「坊っちゃま、こんな遅くまで、一体どこをほっつき歩いていたので!」
屋敷で、心配そうに彼らを出迎えたのは、燕尾服に身を包んだ物腰柔らかな一人の老人だった。
「ままっ! いーってことよ閻羅! それよりさ、このねーちゃんが道で行き倒れてたんだ! 看病してやってくれよ!」
莉凛は悪びれた様子もなく、背中のメイアを見ながら、老人にそう言った。
「むむ……! それは一大事。ささ、はやく中にあがりなされ! ですが……」
閻羅と呼ばれた老執事は、単眼鏡に眉を寄せると、せつなの頭を睨んだ。
「坊っちゃま、この帽子に化けた妖怪まで中に入れるので?」
「ぎくぅっ!」
藻爺の全身が緊張で総毛立ち、二倍くらいに膨れ上がった。
「ままっ! いーってこと、いーってことよ! こいつらも訳ありなんだ!」
莉凛は、意に介する風も無く、そう答えてニカリと笑った。
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「……こ、これが着替えって!……お前!これしかなかったのかよ!」
老執事にメイアの介抱を任せて、しばらくしてから何十畳もある表座敷に通されたせつな。
座敷の真中で布団に寝かせられたメイアの姿を見て、せつなは恥ずかしいような、ちょっと嬉しいような気持ちをごまかすように、顔を真っ赤にしながら莉凛にくってかかった。
さっきの戦いでブレザーから下着から、全ての衣服が燃え尽きてしまったメイア。
彼女が今着せられているのは、丈の短いフリフリのエプロンドレス、頭には白いカチューシャの、メイド服だったのだ。
「うちは、女ものはこれしかねーんだ。おふくろもいないしさ」
あっけらかんと答える莉凛。
「そういうわけでしてな」
相槌をうつ閻羅老人。
「う……ぐぐぐぅ……!!」
布団の上であどけない顔をして眠っているメイアの姿を見て、目を覚ましていた時の凶悪さとのギャップに、またも胸がドキドキして来たせつな。
加えて、不意に押し着せられた『メイドさん』という別種の萌え要素に気持ちの整理が追いつかず、ただモンモンとするしかないせつなであった。
「いきなり余計なお世話だったかもしれないけど、俺、冥条莉凛。明日からお前らと同じ学校だ。よろしくな!」
やっとひと息ついたのか、執事の淹れたほうじ茶を啜りながら、改めてせつなに自己紹介をする、燃える髪の莉凛。
「よろしくおねがいいたします」
閻羅老人もまた丁寧に頭を下げた。
「ああ……俺、如月せつな、あいつはメイア……」
そう答えたせつなだったが、何か引っかかった。
『冥条』……? せつなは首をかしげた。どこかで聞いた名前だが、よく思い出せない。
「それより……! お前!」
小さな疑問は、目の前のより巨大な疑問の前にかき消された。
せつなは、座布団からばっと立ちあがると、メイアの周りを心配そうに転がり回る藻爺の体をむぎゅっと踏みつけた。
「おいUMA!!!」
せつなは毛玉をつまみあげると、顔を寄せた。
「一体、メイアに何をしたんだよ! なんであいつが、あんなことに!」
藻爺に詰め寄るせつな。
「知るか! メイア様はメイア様じゃ! 古くからお仕えする我らの主じゃ! なんでここまできて、人の身に封じられているのか……こっちが聞きたいわ!」
藻爺も全身を膨らませて、せつなにくってかかった。
「だいたいお前も、さっきの人狼も、一体なんなんだよ……? それに『魔王』って一体……?」
せつなは、さっきの戦いで怪物達の口にした言葉を思い出して、改めて毛玉をみつめた。
「む……? そうか! ヒトの世のガキは、我らの事を教わっていないのか……」
藻爺の全身の毛がゆっくり収縮していく。
「よかろう……教えてやる……」
藻爺が、話し出した。




